第33話 あられもない姿

 放課後。俺はいつメンにことの一部始終を説明した。


 あらかじめ知っていた丹生にうはノーリアクションで、それ以外のみんなはまさしく絶句と言い表しても過言でないほど驚いていた。


「マジか、雅也まさやテニスで直正なおまさに勝ったの⁉」


「え、反応するのそっち?」


 根谷ねやの第一声に思わずみんなして苦笑する。


「あーでも、それはあたしも驚いたよ。平っちっていろいろダメダメだけどテニスだけはめっちゃスゴいもんね~」


「だけ、と言うのはあれですけど、たしかに平井ひらいさんはお強いですからね」


 いつメンで平井の試合の観戦に行ったことがあるからか、丹生と佐伯さえきが根谷に同調する。


 う、うーん……いや、やった俺も大番狂わせだとは思ったが、重要なのはそこじゃなくね?


 そう考えたものの、おそらくは平井や谷山たにやまの気持ちを慮っているのだろう。こういう、不用意に人の感情に踏み入ろうとしない優しさが少し心地好い。


「いやあ、マジで雅也強かったぜ。去年のインハイより苦しかったわ」


「えー! そんなに名勝負だったならあたしたちも呼んでよー! スズっちだけ観たのズルいー!」


 丹生は谷山に抱きついたかと思うと、抗議をするように胸元にぐりぐりと頭をこすりつけた。谷山は「あはは」と苦笑しながらぽんぽんと丹生の背中を叩く。


「言っとくけど、トータルで2ゲームしかやってないし、今日正直を倒すためだけに作戦立てて、そのうえでギャンブル要素もあってだな……」


「勝つか負けるかわかんないからハラハラして見行っちゃうんじゃん! 今度あたしたちの前でもよろしくね! マサっちの本気も観たいし!」


 あまり期待させてもと思って注釈したが、丹生は余計にテンションを上げた。


 スゥ……この夏休みでいい感じに忘れてもらうか。


 1ゲームでやっとだったのに、1セットとか戦える自信がないからな。だから平井も期待のこもった眼差しを向けてくるんじゃない。


 なんて話していると、不意に平井のスマホから着信音が鳴った。


「やべっ、もう顧問来てるって! そんじゃオレ部活行ってくるわ!」


 内容を確認した平井は大慌てで荷物を取り教室を出ていった。それに合わせて俺たちも解散することにした。


 揃って校門まで出るが家の方向もありすぐに丹生、根谷、佐伯と別れ気づけば谷山と二人きりになっていた。


 少し前なら無意識に気まずさを覚えていたかもしれないが、今はない……と思う。


「それで、直正のことはどうするんだ?」


 信号を待っている間に谷山に尋ねる。


 けっきょく昼休みはそこまで話すことができず、さっきの時間でもみんなが、そして平井がいたので聞くことができなかったのだ。


 谷山は頬に人差し指を当てて「んー」と唸る。


「正直ね、なーくんのことは良いとは思うの。先週の体育で助けられたときはドキッてしたし」


 けどね、と谷山は続ける。


「この休みで考えたんだよね。もし私となーくんが付き合うようになって、なーくんがテニスや下の子を疎かにしちゃったらどうしようって」


「それは、ないんじゃないか?」


「うん、私もそう思う。けど、私は恋の厄介さも知ってるつもりだからさ。私は楽しそうにテニスをするなーくんも好きだし、なーくんのきょうだいも自分のきょうだいみたいに思ってるから……私のせいでそれを壊すのが怖いんだ」


 なるほど、そういう考えもあったのか。


 たしかに恋は盲目と言う。幸い、根谷や田村たむらと俺の周りには理性的なやつらが多いため頭から抜け落ちるが、とはいえ恋愛のよくない側面の話だってそれなりに聞いている。


 だから平井がそうならないとも言い切れないが、俺は信じたいと思っている。


 なにより平井は俺と似て不器用なところはあるが、何かにかまけて別の何かを疎かにするとは考えられない。


 勉強だって苦手だが、教えれば真剣に取り組んでくれる。


 得手不得手がはっきり別れているだけで、平井自身は真面目で真剣で、とてもいいやつだ。


「なら、それをちゃんと直正と話したほうがいい。いや、むしろ大切に思っているなら話すべきだ。俺みたいに拗れる前にな」


「……そうだね、うん」


 谷山はハッとしてから、ゆっくりとうなずいた。


「そうだね。お出かけの約束は復活したから、そのときちゃんと話してみるよ」


「ああ、そうしてくれ」


 それからは他愛もない話題に花を咲かせて、しばらくして俺たちは別れた。


 ひとりになってから、そういえば田村になにも伝えてなかったの思いLINEで結果だけ送っておいた。どうせ今は部活中だろうから返信はないたろ。



   ◇   ◇   ◇



 帰宅した俺は部屋に荷物を置いてから着替えを取り脱衣所に向かった。


 平井とのテニスでシャツはもちろんスラックスまでしっかり汚れているので早く洗濯する必要がある。


 ついでに風呂掃除して体も洗ってしまおう。そう考えながら脱衣所のドアを開けると──


「!?!?!?」


「? あぁ、おかえり、おにーさん」


 ちょうどそのタイミングで由夢か風呂場から出てきた。服を着ているので、もしかすると掃除をしてくれていたのかもしれない。


 だけど、だけどだ。


「な、なんて格好してるんだ……っ!?」


「なんてって、ただの制服のシャツだよ。どうせ着替えるから掃除で濡れても平気でしょ」


「っ~、そうかもしれないけどさぁ……!」


 自供のとおり、由夢は制服らしい半袖のワイシャツを着ている。


 しかしシャツは濡れて張りついており、下に着ている黒のキャミソールがハッキリと透けていた。


 問題はそれだけではない。由夢はなぜかスカートを履いておらず、そのせいでシャツの裾から濃紺の下着がちらりと姿を覗かせているのだ。


 なんでスカートだけ脱いでるんだとか、せめてドアの鍵をかけろとか、言いたいことは山ほどあるが由夢のあられもない姿に言葉が出ない。


 心なしかさっきから顔が熱い。


「てか、おにーさんの制服すごい汚れてるね。土汚れだし、洗濯する前に軽く手洗いしたら?」


「それはするけども!」


 なんで由夢はこの状況で平然としてられるんだ。


 掴みどころのない価値観に困惑していると、由夢はおもむろにシャツのボタンを外し始めた。


「ってなにしてんだ!?」


「だって濡れちゃったし、早く着替えないと風邪引いちゃうでしょ」


「そうだけど! なんで俺がいる前で脱ぎだすんだよ!」


 俺は大慌てで脱衣所を出てドアを閉めた。


「いいでしょ、べつに減るもんじゃないし」


 ドアの向こうから由夢の声が聞こえてくる。


「ホント、羞恥心どうなってんだよ……」


「そうだ。おにーさん先週言ってたよね、私が疲れたら労ってくれるって」


「え? ああ、そうだな」


「それじゃ、お風呂上がったらお願いしようかな。連休はおにーさんに協力して、今日は気を利かせてお風呂の掃除もしてあげたし」


「わかった。お手柔らかに頼む」


 そう言ったタイミングでドアが開く。グレーの部屋着に着替えた由夢は、俺を見上げて蠱惑的に微笑んでみせた。






==========

あとがき


お読みいただきありがとうございます!

本作はカクヨムコン10に参加していますので、「面白かった!」「続きがきになる」という方はぜひお気軽に下の♡や作品のフォローお願いします!

また感想もいただけると励みになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る