第28話 俺にできること、俺がしたいこと
気づけば俺は家の玄関に突っ立っていた。記憶はないが、いつの間にか帰宅していたらしい。
目を閉じて帰宅するまでのことを思い返す。
あぁ、そうだ。俺は二人が去ったあと教室に戻って、そのまま帰ってきたんだ。クラスメイトと話した気がするけど、そのときは優等生モードで対応していたはず。
こんなときでも無意識に優等生として振る舞えたのは我ながらさすがとしか言えない。
ふとスマホを取り出すと二件のメッセージが入っていた。
『ねえマサっち、スズっちの様子がおかしかったんだけどなにか知らない?』
『なあ
送信元はそれぞれ
二人は事情を知らないはずなのに、俺ならなにか知っているのではと思ったらしい。
まあ実際は知ってるどころか元凶なんだけどな……。
二人からのメッセージに思わず乾いた笑みがもれる。
今は返信する気力もないため、LINEは開かずにスマホをポケットへ仕舞う。
「帰ってきたと思ったらぼーっと玄関に突っ立って、どうしたのおにーさん」
その声に顔を上げると、
「……ただいま」
「うん、おかえり。とりあえず、おいで」
抑揚のない、けれど優しさの
部屋に入るなり由夢はベッドに上がり、両手を広げてくる。
俺は服を着替えることも億劫に感じ、誘われるまま由夢の腕のなかにふらりと倒れ混む。すると由夢に優しく抱擁された。
ほのかに香る甘い匂いとじんわりと伝わってくる由夢の体温に少しだけ心が落ち着く。
こんなこと普段なら絶対に考えないのだが、今だけはずっとこうしていたい。
「それで、なにがあったの?」
しばらくして由夢が尋ねてくる。
「あー、そうだな……」
少しか考えて、俺はすべてを話した。
不注意から
そしてそんな状況を招いてしまった自分の短慮に対する嘆きをすべて吐き出す。
「そっか、そんな大変なことがあったんだね」
おもむろに頭を撫でられる。慈しむような穏やかな手つきに感情が溢れ出しそうになった。少しだけ目頭が熱くなる。
由夢の優しさに触れて、より一層自分に不甲斐なさを覚えた。
「あぁ……俺がもっとしっかりしていれば……」
平井の言ったとおり最初からすべて話しておけば、平井に呼び出されたときに万が一のことを考えて場所を移動していれば。そんな後悔ばかりがぐるぐると脳内を巡る。
あぁくそ、由夢に気づかされたはずなのに、平井の恋路を応援するってことに思考がよりすぎて視野が狭まっていた。どうして俺はこうなんだ。
冷静になればなるほど自分の愚かさに腹が立つ。
「もういいんじゃない? どうせ他人の気持ちを完璧に知ることも、コントロールすることもできないんだから」
ぽつりと由夢はそうこぼした。
先ほどまでの優しい雰囲気から一転して、由夢の声音がわずかに
「どれだけ私たちが相手に気を遣っても、相手が私たちを慮ってくれるとは限らない。それどころか私たちが傷ついても、寄り添おうなんてしてくれない」
ふと、由夢の肩が震えてることに気づく。
きっとこれは、実際に由夢が体験したことなのだろう。だから由夢は人との関わりに頓着しなくなった──いや、しないように決めたのだろう。これ以上傷つかないために。
そしてきっと、由夢が何度も俺に忠告してくれたのは、俺に同じ
「結局、自分を守れるのは自分だけなんだよ」
由夢はあのときと同じ言葉を口に出す。
「だから、私と一緒におやすみしよ。他人のことなんて気にせず、ずっと二人で」
俺の背中に回された腕の力が強まる。まるで
ああ、その提案はなんとも魅力的だ。他人の機嫌を伺わず、煩わしいことを全て取っ払って気ままに過ごせれば、たしかに傷つくことはないだろう。
だけど──
俺は由夢の肩に手をおいて体を離す。
目が合うと、まるで俺の気持ちを悟ったかのように由夢は眠たげな瞳に呆れの色を覗かせる。
「他の誰でもなく、俺が嫌なんだ。二人にあんな顔をさせたまま手を引くなんて、俺はできない」
そう言うと由夢は露骨な態度でため息をこぼす。
「じゃあ、どうするの。おにーさんから距離を置くことを選んだ二人に、なにができるって言うの」
「なにができるかなんて今はわからない。けど、意地でも円満解決してやる。由夢も言ってたじゃないか、俺は頑固だって」
グッとサムズアップすると由夢は額に手を当てた。
「……仮に今回は解決できたとして、そんな生き方をしてたら優等生を演じてた時よりもストレスを抱えることになるよ。傷つくことも絶対に増える」
せっかくの提案を無碍にしたというのに、それでもなお由夢は俺の身を案じてくれるらしい。
あぁ、やっぱり由夢は優しいな。だからこそ、由夢が俺にそうしてくれるように、俺も誰かに寄り添いたいと思える。
「じゃあその時は、今みたいに由夢が俺を癒してくれ。そのための『おやすみ』だろ?」
「はあ……それじゃ私の負担が増しそうなんだけど。私はあくまで無理のない範囲でやってあげてたんだけど?」
「なら由夢が疲れたら、その時は俺が由夢を癒すよ。抱き枕でもなんでもなってやる」
あまり評判はよくなかったが膝枕だってしてもいいし、どんな要望にもできる限り応えてみせよう。
「俺が疲れたら由夢が癒す。由夢が疲れたら俺が癒す。なんか永久機関みたいじゃないか?」
茶化してそう言ってみせると、由夢は一際大きくため息を吐いた。
「ばかじゃないの、まったく」
由夢はベッドに勢いよく倒れてから「好きにすれば」と吐き捨てた。
ここまで主張が真っ正面からぶつかったというのに部屋を出て行かない由夢に思わず苦笑する。
「ああ、好きにさせてもらうよ」
俺はLINEを開き
谷山は場を用意すれば話を聞いてくれるだろうが、平井は直情的だからきっと簡単には話し合いに応じてくれないだろう。
しかし中学のころからの付き合いで運動部のエースという共通点を持つ田村なら、なにかいいアイデアを出せるはず。そう信じたい。
二人は気持ちを整理したいなんて言っていたが、きっと夏休みはこのままだろう。
そんな長いこと待ってられるか。俺が撒いた種だ、責任を持って俺が解決してやる。
できることはわからない。けれどそれが俺のしたいことだ。
==========
あとがき
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