第27話 虚しさ
金曜日の放課後。HRも終わり帰り支度をしているとLINEが届いた。相手は
内容を見ると、話したいことがあるから中庭に来てほしいとのこと。まるで告白でもされるのかという文面だ。
まあ恐らく恋愛相談に関することだろう。もしかすると、なにか進展があったか?
昨日の体育の時間。危うくこぼれ球が
そのとき谷山はいつもとは違う、ほんのわずかに乙女っぽい表情をしていた。お礼という建前で谷山からなにかしらのアクションがあってもおかしくない。
ま、推測もこのくらいにして平井の口から聞くか。
答え合わせをするべく、俺はまだクラスメイトで賑わう教室を後にした。
中庭に向かうと平井がベンチに腰掛けまっていた。俺に気づくと平井は立ち上がりまるで小学生かのようにブンブンと手を振ってくる。
教室から出た割りには全然人通りの多い場所にいるのな。
あまり人に聞かれたくはないが、幸いこのタイミングは人通りがほとんどないからまあいいだろう。
「お待たせ。で、話したいことって?」
「おう、よく来てくれた。実はだな……」
平井はきょろきょろと辺りを見渡してから耳打ちするように小声で言う。
「スズからデートに誘われたんだ」
予想通りながらも事の急さと恋路の進展の嬉しさに「まじか」と半ば反射的に声が出る。
「ま、デートってのは誇張気味だけど。昨日のお礼に夏休み空いてる日にお出かけしようって言われてさ」
「いや、それは充分デートだって。よかったじゃんか」
「そ、そうだよな! けど、ボール弾いたくらいでデートに誘われるなんて思ってもなかったから想像以上にびっくりしてる」
なるほど。平井はあのときの谷山の顔を見ていないのか。それとも谷山が上手く切り替えたのか。
ともかく、あの赤面を見ていないのならたしかに脈絡が急すぎて驚くだろう。平井の視点だと、自分のアプローチの感触はなかったのに授業中の事故を防いだだけでデートに誘われたんだもんな。
もしかすると恋って、意図しないからこそ生まれるのかなあ。まあ前例は二件しか知らないんだけど。
そうだ、今度
「なあ雅也、どんな格好で行ったらいいと思う?」
「それは行き先によるなあ。ただ
「あー、それなんだけど、たぶん八月の二週目以降になると思う。八月の一週目に大会あってさ、それに備えて今月は練習試合も入ってるし大会の前の週は時間も伸ばしてやるから時間確保できないんだよな」
「なるほどなあ。そんじゃ大会終わった直後に服でも選びに行くか?」
「おっ、いいのか⁉ 雅也が手を貸してくれるなら百人力だぜ!」
「あんまり服選びに使わないだろ、その表現」
突っ込むと平井は「そうか?」と首を傾げた。
「でも、雅也に恋愛相談してホントによかったぜ」
「そりゃどうも。っつっても俺はほとんど力になれてなかったけどな」
けっきょく俺が関与していないところで進展があったので、俺っていらなかったのでは? と、つい考えてしまう。
しかし平井は「んなことねえって!」と言って俺の肩を力強くバシバシと叩いた。
「っと、オレそろそろ部活行かねーとだわ」
「おっけ。まあなんか相談とかあったら気軽にLINEしてくれ」
「おう! 雅也のほうも先輩の話が聞きたくなったらいつでも連絡してくれよな」
最近は言ってこないなと思っていたが、どうやらまだ期待していたらしい。その時があればすぐに連絡しよう。
話も終わりベンチから腰を上げて俺は校舎へと戻る――そのときだった。
中庭から渡り廊下に戻ったところで、柱の陰にいた谷山と目が合う。
「なっ、なんでスズがここにいるんだ……⁉」
平井もすぐに谷山の存在に気づき、驚きのあまり後ずさりをしていた。
「……ちょっと指切っちゃって、絆創膏もらいに保健室に行こうとしてたところ。けど二人の話し声が聞こえて、教室を出てったときの様子も気になって、つい聞いちゃった」
「あ、あー、そうなのか。えっと」
一応、話の中で谷山の名前は挙げていなかったはずだ。しかし聞いていたタイミングによっては、内容から自分のことだとわかるかもしれない。
そのことには平井もすぐに気づいたようで、どう声をかけるべきか困惑していた。平井の性格を考えると、ちゃんと告白をして想いを伝えたかっただろうし。
不審な挙動をする平井に、谷山は「大丈夫」と言って優しく微笑みかけた。
「気持ちは嫌じゃないから。それに、今すぐ結論を出すつもりもないから」
その言葉に平井は「そ、そうか」と安心したように胸を撫でおろした。
しかし反対に谷山はその笑顔に陰を落とす。
「……でも、そっか。だから雅也くんは最近前みたいによく話しかけてくれるようになったんだね。私が告白したあとから少しだけ態度がよそよそしくなってたから、元どおり友達に戻れたんだって思って、嬉しかったんだけどな」
左腕を抱き寄せ、谷山は目を伏せる。
「私を振った、罪滅ぼしのつもり? それでまんまとなーくんのこと気になっちゃってるし、私ってちょろいね。雅也くんには敵わないなあ」
「待ってくれ、そんなつもりは……」
ない、と言い切れるのだろうか。
たしかに俺は平井を応援したいと思ったから協力することに決めた。けれど無意識に谷山への罪悪感が、贖罪の気持ちが働いた可能性は否定しきれない。
言葉に詰まった俺を見て、谷山はつらそうな表情に笑みを
「ごめんね、いじわるな言い方しちゃった。わかってるよ、雅也くんに悪気はないって。だからこれは私の気持ちの問題。この気持ちに折り合いをつけないと、ちゃんとなーくんに向き合えないから……」
谷山はそう言って平井に目を向ける。
「ごめんねなーくん。お出かけの約束、一回なかったことにさせて。ちゃんと気持ちを整理したいから。二学期には、元どおりにするから」
ごめん、と最後に吐き出して谷山は保健室とは反対の、教室のほうへ急ぎ足で去っていった。
まだ校内には生徒も教師もいるはずなのに、俺と平井のいるこの空間だけ隔離されているかのように静寂に包まれる。
まるで俺の胸を蝕む虚しさを表したかのような静寂が、俺の短慮を責めるかのように胸を絞めつけてくる。
「……なあ、スズに告白されたって、ホントか?」
沈黙を破ったのは平井だった。
「……ああ。一ヶ月前くらいに」
答えると平井の表情がくしゃりと歪む。その顔の奥にどんな複雑な感情が渦巻いているのか、俺には推し量ることはできなかった。
「なんでそれ、先に言ってくれなかったんだよ。いや、わかるよ。雅也のことだし、オレを傷つけないためとか、いつもみたいにいろいろ考えたんだろ?」
平井は唇を噛みしめて「でもよ」とつぶやいた。
「オレはそんなことじゃ傷つかねえし、雅也を恨んだりしないって、そう信じて話してほしかった」
「直正、俺は――」
「ワリィ、オレも気持ちを整理する時間がほしい」
呼び止める間もなく、平井も谷山のように俺の前から去っていった。
ひとりぼっちになった俺は、平井を引き留めようと上げた手をゆっくりと下ろす。
遠くからグラウンドを走る野球部のかけ声が聞こえてきた。
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