第26話 もしや?

 木曜日。途切れる気配のない雨音に耳を傾けながら、俺たち二年二組は体育館に来ていた。


 本来ならグラウンドでの授業の予定だったが、早朝からご覧の通りの雨脚のため急遽体育館での運動に変更となったのだ。


 体育館の前後を区切るネットを張り、男子はバスケ、女子はバドミントンを行うことに。授業ではあるが先生もこの雨で気分が下がっているのか、もはや自由時間のように空気が軽い。


 とりあえず男子のほうは適当にメンバーをシャッフルしながら5on5のミニゲームを行うことになった。うちのクラスにはバスケ部がいないので、本当にお遊び感覚のゲームになるだろう。


「お、最初は雅也まさやとは敵かあ。オレ、バスケは得意じゃないからできれば雅也に任せたかったんだけどなあ」


 ゼッケンを着た平井ひらいが、眉を下げながらため息をこぼす。


直正なおまさは繊細な動きとか無理だもんなー。ま、俺は運動全般が苦手だから雅也におんぶに抱っこでキャリーしてもらうぜ」


 初手はチームメイトになった根谷ねやは平井に肩を組みながらこちらにサムズアップしてきた。


「そんな頼りにされるほどじゃないんだけどなあ」


 二人からのやけに高い評価に苦笑しながら、俺はチームメンバーによろしくと声をかけていく。そしてほどなくして最初のゲームが始まった。


 平井チームに身長百八十の柔道部がいたためジャンプボールを取られてしまう。ちゃっかり跳躍力もあるからトータルの高さはえげつない。


 あまりゴール下でボールを持たせたくないなあ。こっちのメンツだとブロックできないし。


 ボールはまず平井に渡った。テニス部のエースだし、ムードメーカーだから勝手に任せやすいと思ったのだろう。しかし本人も言っていたとおり平井はバスケが苦手だ。どのくらい苦手かというと、


「う、うおー!」


 ベタンベタンと、まるで手鞠でも突くかのように手のひらでボールを地面に叩きつける。


 よっぽどの不器用でもなければ授業で何度かやれば指の腹でボールを突けるようになるはずだが、平井はよっぽどに分類されるタイプの人間だった。


「マジか! 平井ほんとにバスケ苦手なのかよ!」


 まるで老人のように腰を曲げて必死にボールを突く平井の姿に、敵からそんな悲鳴が聞こえてきた。


「言ったろ! オレはテニス以外はマジでムリなんだって!」


「しょうがねえ、こっちはパスで回してくぞ! 平井こっち!」


 まあ、俺含め経験者が少ないしパス中心になるのは当然だろう。これぞお遊びバスケだ。


 とはいえ男子の半分は運動部だし、平井と違って他スポーツもそれなりにできる運動神経がいいやつもちらほらいるのであまり気を抜けないのだが。


「よし、じゃあ俺たちはなるべくゴール下にボール回されないようパスコース塞いでくぞー」


 そう声をかけると味方から「おー!」と元気のいい声が返ってくる。


 互いの作戦が筒抜けの状態で始まった試合は、当然ながらあまり大きな動きはなかった。


 俺たちはそう簡単にパスカットはできないし、相手もシュートポイントまでパスを回せず膠着状態が続く。


 このまま攻守固定で0対0で終わるのはさすがに味気ないなあ。


 勝つにしろ負けるにしろもうちょっと動きがほしい。そう考えた俺は悟られないようゆっくりと移動してあえて柔道部へのパスコースを空けた。これでパスを出しやすくなっただろう。


 あとは俺の反射神経がよければカットできるし、悪ければほぼ確で点を取られる。まあそしたら今度はこっちボールで始められるから、攻守は逆になるしそれでもいい。


 さあ、どのタイミングで出す。


 すぐに反応できるよう意識を集中させ、次の瞬間、空けていたスペースにボールが飛んでくる。


「っせぇい!」


 力の限り横に飛んだ俺は、なんとか片手でボールを弾く。


「なっ⁉ 今の反応、わざと空けやがったな⁉」


「ふっ、ここはひっかかるほうが悪いと言っておくよ」


 予想以上にいいリアクションをもらえ少しだけ頬が緩む。テストの山が当たったときといい、思いどおりに事が運んだときは形容しがたい優越感が込み上げてくる。


 俺が弾いたボールは運よく根谷に渡る。しかし根谷に対して素早く平井がプレスをかけにいった。


「うおー! ボール返してもらうぞ幸助ぇ!」


「運痴とテニスバカで取り合っても醜いだけだっつの」


 根谷はそう言って俺にパスを出す。幸い体勢は立て直したものの、俺の前にはすでに二人待機しており、正面突破はできそうにない。


「じゃ、こっちもパスで回させてもらうか」


 俺は右サイドにいた味方にパスをして前に出る。正面にいたうちのひとり、サッカー部がついてきた。


「雅也! そのまま行ってくれ!」


 俺のパスを受け取った味方はすぐにこちらへパスを返してくる。さあ、今度は一対一だ。これなら俺の数少ない切り札が使える。


 ドリブルで抜けようとする俺に対し、サッカー部はしっかりと俺とゴールの間に割り込むようにしてコースを塞いでくる。互いの選手がコート内で入り乱れるという点でサッカーとバスケは同じだから、守備の基本をしっかり押さえているな。


 ただ足でボールを扱うサッカーと手でボールを扱うバスケとではやはり感覚が違ってくるのだろう。なかなかボールを奪いづらそうにしている。


 それでも埒が明かないと思ったのか、サッカー部はスッと左手を伸ばしてきた。


 俺はそれをロールターンで避けながら内側に侵入し、追いつかれないうちにシュートを放つ。


 ボードに当たったボールはそのままリングの内側に落ちていった。


「っしゃ――」


『キャー!』


 嬉しさのあまりガッツポーズを取りそうになったところで、女子たちの黄色い歓声に気圧される。


 びっくりした。思わず引っ叩かれたみたいに体が傾いた。


「くそっ……! かっこよかったのは認めるがこんな反応理不尽だ……!」


 おかしい。ゴールを決めたというのに、味方から怨嗟の声が聞こえてくる。


「雅也ってテニスもできるしバスケもできるんだよなあ。ズルい!」


「そうだそうだ! チートだぞチート!」


幸助こうすけは味方のハズだよな?」


 平井に同調してブーイングを飛ばしてくる根谷に、俺は思わず苦笑した。


 その後は終盤に高身長からブロック不可のシュートを決められてしまい、最初のゲームは同点で終わった。



   ◇   ◇   ◇



 それからメンバーをグーパーで無作為に交代しながらゲームを回していき、気づけば最後のゲームが回ってきた。


「最後の最後でようやく雅也とチームかあ」


「なんか巡り合わせがわるかったな」


 ということで最終試合は平井とチーム。まあ、だからといって特にコンビネーションプレーがあるわけでもないのだが。


 さすがに一時間弱続けてゲームをしていたので大体の面々はすっかり動けるようになっていて、初めのほうの試合に比べて攻守の移動が激しくなった。


 それに加え、


「くらえ必殺スリーポイントォ!」


 相手のやたら運動神経のいい帰宅部がスリーを放つ。そのシュートはきれいにリングを抜けネットに擦れ心地いい音を鳴らした。


 このように、大胆なプレーも増えてきた。決まれば敵味方関係なくテンションが上がるし、外れたらそれはそれで茶化す種になる。


 ちなみにこの帰宅部は今のを含め四回スリーを決めている。トライ回数は体感だと三倍以上だが、だとしてもバスケ部本業じゃないのによくこれだけ決められるものだ。


 負けじとこちらのチームも素早いパス回しから俺が中に切り込んでシュートを決めたり、帰宅部を倣ってスリーを打ったりしていい試合になっていた。


 接戦の状態が続き、気づけば残り三十秒ほど。そのタイミングでボールを受け取ったのはあの帰宅部だった。


 ここで決められたら勝敗が確定する。そう感じた俺は無理やりに詰めた。しかし帰宅部は後ろに飛んでスリーを放つ。


 たしかフェイダウェイと言ったか。帰宅部のくせにそんなテクいことまでやってくるのか。


 みんなして放たれたボールを見上げる。ボールは空中に弧を描きながらゴールへと向かい――しかしリングに思いっきり弾かれた。


 さすがにフェイダウェイでのシュートまで一発で決めるほどの実力と運は持ち合わせていなかったらしい。


 そのままコートを出るか味方の誰かがボールを掴めば、最後はこっちのラストアタックで終われそうだ。


 なんて考え、ふと気づく。


 リングに弾かれたボールの先に、シャトルを拾いに来た谷山たにやまの姿があった。


 男子がバスケをやる都合、女子側にボールが飛ばないようネットを張っていた。しかしそのネットは完璧に体育館を遮れるわけではなく、壁際に数メートルほど隙間がある。


 谷山がいたのはまさしくそこだった。


「危ないっ!」


 男子の誰かが叫ぶ。


 その声に顔を上げた谷山はボールを見て「きゃっ」と声を上げ咄嗟に両手で頭を守ろうとする。


 このままだと当たってしまう。そう思った瞬間だった。


「――っどっせい!」


 全力で駆け出した平井が間一髪のところでボールを弾いた。ボールは体育館の壁に跳ね返り、近くにいた根谷の足元に転がる。


 どさっと床に倒れる平井。次の瞬間、男子からは「おー!」と。女子からは「きゃー!」と声が上がった。


 平井は両手で体を起こし起き上がるとしゃがんだままだった谷山に手を伸ばす。


「ギリセーフだったな」


「う、うん。ありがと、なーくん」


 谷山は差し出された手を取ってゆっくりと起き上がった。


「直正、手はケガしてないか?」


 俺は慌てて駆け寄って声をかける。


「ん? ああ、思いっきりビンタしてやっただけだから突き指とかもしてねーよ」


 平井は平気だと言わんばかりにボールを叩いた左手をグーパーと動かしてからサムズアップした。


「わ、わりい。俺が無理にスリー打ったから……」


 そうしているとシュートを放った帰宅部がやってきて、平井と谷山に頭を下げた。


「ううん、あれはタイミングが悪かっただけだから謝らないで。それになーくんが守ってくれたおかげで私はケガしてないし」


「そうだぞ。ちなみにオレもケガしてないから気にするな」


「あ、ありがとう……!」


 ふう。一瞬ヒヤッとしたけど、大事にならなくてよかった。……ん?


 ふと、谷山の顔が少し赤くなっていることに気づく。しかもなぜかちらちらと平井のほうに視線を向けては離してを繰り返していた。


 そういえば、根谷は意図していなかった行動で彼女の心を掴んだという。


 これは……もしや?


 そんな予感を覚えながら、午前最後の授業が終わった。






==========

あとがき


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