第25話 ボーイズトーク

 水曜日の昼休み。週の折り返し地点ということもあり経過報告も兼ねて俺は平井ひらいと二人で学食に来ていた。


 俺はコロッケ定食を、平井は唐揚げカレーの大盛りを頼んで、出入口からそれなりに離れた密集地帯の席に着く。


 壁際の席より少し混雑したところのほうが周囲の会話の声で俺たちの声が紛れると考えたからだ。実際の効果は定かではないが。


「で、感触はどうよ」


 じゃがいもの甘さが際立つコロッケを飲み込んでから話を切り出すと、ちょうどカレーをすくうところだったスプーンをぴたりと止めて平井は唸る。


「正直、よくわらねー」


「まあ、そうだよなあ」


 もともと距離が近いのが主な原因だろうが、谷山たにやまの反応はなんというかわかりづらいのだ。


 加えて平井を褒めるときのニュアンスが「さすがお兄ちゃん」みたいな感じで、やはり幼馴染み感が拭えない。


 恋愛対象として見てもらうには幼馴染みの域を脱する必要があると考えていたが、この三日間だけでも現実的じゃないように思える。


 もう少し俺に色恋のノウハウがあればまた変わった見方もできたのだろうが、今更嘆いたところですぐに身につくわけでもない。


 俺自身が恋愛したことないとないのは仕方ないにしても、これまでリスク計算で人の恋愛相談や恋バナを避けてきたのがこんなところで裏目に出るとは。今はただ過去の自分が恨めしい。


「それに、月曜は日直って仕事があったけど、それがなくなったら手助けするようなことってあまりないし、なんていうかきっかけがムズい!」


 平井は悔しそうに唇を噛むと一気にカレーとライスをスプーン三杯も口に掻き込む。


 それもまた大きな課題のひとつだった。


 学校生活において、そもそも力仕事などが発生する機会はそうそうない。それこそたまにあるノート回収や移動教室等や体育の授業で教師に機材運びの手伝いを頼まれたときくらいだろう。そして今週で言えば月曜のノート運びしかなかった。


 例えば平井と谷山が二人とも運動部ならもう少し機会が増えたかもしれないが、谷山は部活に所属していないからそんな機会はない。


 そのため谷山を手助けして頼り甲斐を見せるという俺と平井の作戦は、正直言ってあまり機能していなかった。


 いっそ告白すれば否が応でも意識せざるを得ないだろうが、そのとき「ごめんなさい」と即答されたら一巻の終わりだし、現状の関係値から考えるとその場で了承されることもないのでこの方法はハイリスクローリターン。


「「はあ」」


 ふと、俺と平井のため息が重なる。


 今週はあと二日。そして三連休を終えたら一学期最後の週だ。猶予はあるように見えて、現状の感触としてはもう少し時間がほしいところ。


 こうなるなら、多少怪訝に思われてももう少し込み入った話も聞いておけばよかった。


 そんな後悔を胸にコロッケをひとかじり。美味しい。



「――あ、雅也まさやー、直正なおまさー。こんなところにいたのか」


 どことなくお通夜のような空気が流れていると、不意に聞きなれた声が聞こえてくる。


 見ると弁当を持った根谷ねやが近くまで来ていた。


「あれ、幸助こうすけ今日は彼女のメシじゃなかったのか?」


「そうだったんだけど、彼女に急用が入っちゃってさ。そんで教室戻ったら二人は学食行ったって聞いて来たんだ」


 根谷は俺の隣に座ると風呂敷を広げて弁当箱を開ける。


「で、なんか暗そうだったけどどうしたんだ?」


「いやあ、世の世知辛さを味わってたところだよ」


 馬鹿正直に答えるわけにもいかないので適当にはぐらかしてから平井に『余計なことは言うなよ』とアイコンタクトを送る。


 ちょうど唐揚げを頬張っているところだった平井はあまりピンと来ていない様子でうなずいた。わかっていなさそう。


「なにがあったんだ……。まあ深くは聞かないけど」


 そう言って根谷は卵焼きを口へ運ぶ。


 根谷の弁当のおかずはどれも一口で食べられるように切られていて、ふと彼女と食べさせ合ったりするのだろうかと邪推が浮かんだ。


 根谷のタイプならとてもしそうだし、普段根谷から話を聞いている限りだと彼女のほうも満更じゃなさそうま気がする。


 ふと、根谷からなにかいいアイデアが得られないだろうかと考えが浮かぶ。


 まだ付き合って二ヶ月ほどではあるが平井にとっては先輩でお手本だ。しかも根谷のほうからアプローチをしかけていたみたいだし、けっこう参考になるかもしれない。もちろん、彼女との関係性の違いは考慮する必要があるが。


「なあ、幸助は彼女にどんな風にアプローチしたんだ?」


 そう尋ねると幸助はむせた。脈絡がなさすぎて動揺させてしまったか。


「な、なんだよ急に」


「いや、思えばこういう話って聞いてなかったなって思ってな。もちろん、イヤじゃなければだけど」


「嫌じゃないけど……なんというか、改まって話すのは恥ずかしいな」


「そう言われると余計に気になるぜ。な、雅也!」


「おう。ほら、今日は女子はいないんだし、洗いざらい話してみろよ」


 根谷はしばらく唸ると箸を弁当の縁に置いて、机に肘をついた状態で顔の前で手を組む。


「そこまで期待されるようなことはないけども。最初のうちは趣味とか好きなもの聞いてそれを試してみて共通点を作ったり、芸能人の話題からなんとなく好きな異性の要素を聞いて彼女の好みに合わせたりしたな」


「今でも覚えてるわー。幸助がイメチェンしてクラスのみんなすげえ驚いてたよな。オレもめっちゃ驚いた!」


「ほんとになあ。ま、メガネだけ変わってないけど」


「うちの彼女、メガネフェチだからな」


「俺、付き合う前のあのエピソード好きだわ」


「お、あれだよな? 幸助がコンタクトにしたときの」


「そうそう」


 これは一年のときの話だが、根谷はイメチェンの中で一度コンタクトに変えたときがあった。そのときは彼女がメガネフェチということは知らず、ただネットに転がっている情報を参考に脱メガネを試したらしいのだが、


『メガネじゃ、ない……』


 と言って彼女は膝から崩れ落ちたらしい。あまりの反応に根谷が訳を聞いて、そこで初めてメガネフェチが発覚したそうだ。


「俺は特にこだわりなかったんだけど、あのときの反応はビックリしたなあ」


「だろうな」


 目の前で膝から崩れ落ちるとか、どんな状況でも驚くだろう。


 しかし、今のところあまり平井の参考にできそうな情報はなさそうだ。うーん、話の方向を変えてみるか。


「あとは……そうだ、彼女側の決め手がなんだったのかって聞いてたりする?」


「お! 彼女が幸助に惚れた理由か? すげえ気になる!」


「一応、俺も気になって聞いたことあるんだけど」


 平井はわずかに赤くなった頬を指先で掻く。


「俺としてはそのつもりはなかったというか釈然としないんだけど、去年の冬一緒に下校してるときに彼女が足滑らせてさ、慌てて支えたんだけど勢い余って転んじまったんだよ。それがきっかけらしい」


「えー! めっちゃかっこいいじゃん!」


「そ、そうかあ? 思いっきり転んだし、めっちゃ恥ずかしかったけど」


「でも、彼女を支えようとした結果だろ? 恥ずかしがることじゃないって」


 素直に感想を述べると根谷の顔やさらに赤くなっていった。


「ええい! この話は終わりだー! そろそろ予鈴も鳴るしさっさと食べ終わるぞ!」


 照れ隠しか根谷はそう言ってご飯とおかずを豪快に口へ掻き込んでいく。


 その姿に俺と平井は顔を見合わせて苦笑した。


 しかしそうか。


 けっきょくは相手の感情の問題だし、そういう意図しないことがきっかけになることも充分にあるよな。


 いいアイデアはもらえなかったが、根谷の馴れ初めを聞いて少し心が軽くなった。






==========

あとがき


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