第22話 作戦会議

 土曜日の昼下がり。学校からそう遠くない距離にあるファミレスで軽食を摘まみながら俺は平井ひらいを待っていた。


 しっかり睡眠を取れたおかげか昨晩よりは思考がすっきりしていて、朝のうちに大まかではあるが方向性が見えてきた。とはいえ情報が足りない事実は変わらないので、是非とも平井の幼馴染み知識を頼りたいところだ。


 あわよくば超有益な、それこそ切り札になり得るような情報がぽろっと出てくれると嬉しい。


 まあ、そんな都合よくはいかないだろうけどな。


 昼飯代わりのポテトも食べ終え手持無沙汰になった俺は持ってきていた単語帳で勉強を始める。


雅也まさやー! ワリィ待たせたな!」


 それから程なくして体操服姿の平井がやって来た。肩にかけていたラケットケースを壁際に追いやり、正面のソファーに座る。


「さっそく作戦会議――といきたんだけど、先に昼飯頼ませてくれ。もうお腹ぺこぺこでよお」


 そう言って平井はメニュー表に目を通しベルを鳴らす。やってきた店員にミックスグリルとライスの大、そしてフライドポテトを注文した。


 相変わらずよく食べるなあ。まあ半日とはいえしっかり部活してきた直後だしな。


 店員が去ると平井は水を取ってきて、一気に半分ほど飲み干す。


「ソフドリはよかったのか?」


「ああ。普段そんなにジュース飲まないし、夏休みに試合たくさんあるから今の内から調整しとかないとなんだ」


「そこら辺はしっかりしてるんだな」


 これでもエースだからな、と平井は得意げに胸を叩いた。


「で、本題についてだけど、どうする? 食べ終わるまで待っててもいいけど」


「んー、時間もったいないし始めようぜ。ということで雅也、司会進行よろしく!」


「わかった。それじゃあまず俺がこの一週間で得た情報から」


 俺は火曜日の放課後のことや、それ以降で探りを入れて入手した情報を伝えていく。もちろん、俺が谷山たにやまに告白されたことは濁して。


「ま、有力なのは恋人の条件と素直に向かってこられるほうが好感が持てるってことくらいか」


「なるほど……ってことは雅也に恋愛相談してるオレって、もうすでにヤバかったり?」


「さすがに問題ないと思うけどな。涼香すずかが微妙な反応したのって第三者に仲介してもらった件だから」


 そう言うと平井は「そ、そうだよな」と安堵したように胸を撫でおろす。


「とはいえ、具体的にどのラインまでなら第三者の関与が許容できるのかはわからないから、具体的なアクションは直正なおまさひとりでやったほうが確実だとは思う」


「おう、それは問題ないぜ。雅也に相談はしたけど、お膳立てまでお願いするつもりはハナからなかったからな」


 心配はしていなかったが、まあ平井ならそうだよな。


 そんなところで平井が注文した料理が届く。平井は「いただきます」と手を合わせてからフードファイターさながらの勢いで食べだす。


「でだ。改めて共有するが、直正の恋路の課題は大きくふたつあると見てる。ひとつは恋人の条件をクリアできるか。もうひとつは、幼馴染みという認識を超えて恋愛対象として見てもらえるかだ」


「んぐ……なるほど、そうだな」


 口に放ったハンバーグを飲み込んで平井はうなずく。


「恋人の条件って、相手が好きってのと支え合えそうって思えるかだったよな」


「ああ、少なくとも俺が聞いたのはそのふたつだな。前者に関しては、高二になった今でも仲良くできてるから、程度はどうであれ好きか嫌いかで言えば好きだろうから大した問題はない。ただ問題は」


「支え合えそうって思われるか、だよなあ。正直オレは自信ないぜ。なんせテニス以外はダメダメだからな、オレ」


 はあ、と深刻そうに平井はため息をこぼす。


 たしかに平井は勉強ができないし、素直で直情的だから大人っぽさとは正反対だ。しかしだからといってテニス以外に取り柄がないかと言われれば、俺は違うと断言できる。


「そんなことない。直正は下のきょうだいの面倒しっかり見れてるし、意外と気配りもできてる。言うほどダメじゃないぞ」


「雅也ぁ……ありがとよお」


 今にも泣きだしそうな声でそう言うと、雅也はポテトの皿をこちらにすすっと押して促してくる。


 雅也が来る前に充分食べたが、ありがたく受け取っておこう。


「まあ課題と言ったけど、条件を満たしているかどうかなんて涼香本人にしか判断ができないから、満たしていると信じながら都度できることをしていこう」


「おう! じゃああとは、恋愛対象として見てもらえるかってことか?」


「ああ。そして残念だが、これに関してはなにもアイデアが浮かばない」


 まずもって俺は色恋沙汰にまったく関わってこなかったし、恋愛感情を抱いたこともない。だから正直、人を好きになる感覚がピンと来ないのだ。


 しかし、だからといって白旗を上げるわけにはいかない。


 唯一参考になりそうなのは、谷山から告白されている俺だ。ご丁寧に理由まで理由まで教えてもらっている。


 曰く頼りになるし、落ち着いていて余裕があるから安心できるとのこと。


 とはいえ安心感があるから恋愛対象になるのかと言えばそこは怪しいので、口に出していない基準もあるだろう。


 ただ、今知る由のないことについて悩むのは不毛なのでいったん切り分けて考える。つまるところ平井に安心感を覚えてもらえば、確実に進展につながるはず。


「……長男としての頼もしさをもっと前面に押し出せれば、可能性はあるか?」


「けど、それならもっと早く意識されてもよくないか?」


「たしかになあ」


 平井と谷山はきょうだい同然に育ってきた。聞くところによると、幼稚園のころからずっと一緒だったらしい。であれば、もっと早い段階から魅力に感じられてもおかしくないはずだ。


 いや、待てよ。


「もしかすると、涼香はその甲斐性が自分に向けられることすら考えにないのかもしれない」


 繰り返しになるが、平井と谷山はきょうだい同然に育ってきた。であれば、平井の下の子たちも同じなのではないか。


 これまで平井のきょうだいの話が挙がったときを思い返すと、谷山も平井の下の子たちを相当可愛がっている様子だった。もしかすると、平井のように谷山にも長女の自覚のようなものがあるのかもしれない。


 それゆえに、平井の甲斐性が向けられるのは当然下のきょうだいであって、自分に向くとは微塵も考えていないのではないだろうか。


 そんな根拠のない推測を話すと、平井はあごに手を当てて考え込む。


「……たしかに、ちびっ子といるときのスズはやたら自分のことをお姉ちゃんって言ってるな」


「だから下の子の世話をしてるところを見せるんじゃなくて、涼香に甲斐性を向ければ意識するようになるかもしれない」


「なるほど……でもどうやって?」


「まあ、なにか困ってることがあれば手を貸す、とかかな。力仕事とか、直正のフィジカルが役立つような場面なら男らしさも見せられて一石二鳥かもしれないな」


「はあ、なるほどなあ」


「ま、これに関してはマッチポンプをするわけにもいかないし、そのときがきたらすぐ動けるよう準備しておくといいだろうな。ちょうど来週涼香の日直が回ってくるし、活躍できるようなことが起こるかもしれない」


「任せろ! チャンスボールを待つのはテニスで慣れてるからな、得意だ!」


「それは頼もしいな」


 なんて話しているうちに、すっかり平井が注文した料理は姿を消していた。


「じゃ、方針としては涼香に直接頼もしいところを見せていくって感じで問題ないな。あとは露骨すぎないアピールもいいかもしれない。よく聞くし」


「露骨すぎないアピールって、具体的には?」


「さあ?」


 再三になるが、俺は恋愛経験がない。だからそこの絶妙なラインとか一切わからないし、かといってネットに転がっている信ぴょう性の定かでない情報を吹き込むつもりもない。


 そんな意図で両手を上げて首をかしげると、平井は「なんだそれ」と笑ってみせた。


「なんていうか、そういう雅也見てると親近感湧いてくるわ。いつも完璧だし」


「俺はそんなできた人間じゃないけどな」


 そう言うと平井は「冗談きついぜ」と苦笑した。






==========

あとがき


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