第21話 暗中模索
「うーん、どうしたことやら……」
椅子に座って腕を組んでいる俺は、机に広げられている真っ白なメモ帳を睨み思わず唸る。
金曜日の夜。明日の
この一週間、みんなとの会話の中でなにかヒントがないか注意深く耳を傾けたり、
そんな収穫状況なので当然妙案が浮かぶはずもなく、谷山対策は暗礁に乗り上げている。
加えてあと二週間で夏休みに入るという現状が、俺をさらに焦らせる。
本来夏休みは課題こそあれど膨大な時間を確保できる貴重な長期休暇だ。しかし平井の場合はテニス部のエースであることと、三年の引退が目前となるため夏休みは多忙を極めることになる。大会はもちろん、それに備えるための練習試合や通常の練習と、もしかすると今よりも時間に余裕がなくなるかもしれない。
そうなっては当然動き出しが遅れ、有力な競合相手の台頭や谷山に新しく好きな相手ができる可能性がぐんと上がる。
恋路の手助けを引き受けた手前、そんな事態になるのは意地でも避けたい。ただ、現状では突破口を見出す手がかりすら手もとにないのだ。
苦しい状況に思わず眉間にシワが寄る。
どうすれば谷山に平井を意識してもらえるんだ?
答えの出ない問いを脳内で繰り返しながら、まっさらなら手帳を見て嫌気が差し天井を向く。ふと眉間に細く滑らかな指がそっと触れて、
「すごい顔してるね、おにーさん」
「そうか? まあそうだろうなあ……」
「そんなに悩むなら恋愛相談断れば?」
「途中で投げ出すのはポリシーに反する。それに、俺が手を貸したいって思って引き受けたことだし」
「だとしても、人のために悩みすぎじゃない?」
由夢は両手の親指でマッサージをするように眉間を指圧してくる。由夢なりのねぎらいの気持ちなのだろうか。
「悪いとまでは言わないけど、入れ込みすぎだと思うよ」
「たしかに、入れ込んでる自覚はある。きっとこれが平井以外からの恋愛相談なら、そもそも受けていたかも怪しい」
「そんなに平井さんが大切なの?」
「……友だちだからな、平井は」
優等生としてではなく、
友だちだと思えるから、平井の期待に応えたいし背中を押してやりたい。
「少し前まで友だちの定義とはって悩んでたクセに」
「いいだろ、俺が友だちだって思えるんだから」
「おにーさん、キャラ変わってない? そんな熱血系だった?」
「熱血系かどうかは知らないけど、まあ本当の俺はこんなだったってことじゃないか?」
もしくは、自分の欲求を取り戻した反応とか。なんてな。
「ま、俺のことは今はどうでもいいよ。今は恋愛相談のほうが大事だ」
机に向き直り手帳のページをめくる。そこにはこの一週間で得た谷山に関する情報が乱雑に記されている。
ただ、何度見返しても閃きを生むほどの力はなかった。
「なあ、由夢だったらなにかいいアイデアは浮かぶか?」
ダメもとで由夢に意見を聞いてみると、一瞬めんどくさそうな表情を浮かべてから由夢は手帳に視線を移す。
「……谷山さんのことをまったく知らないからなんとも言えないけど、恋人の条件が『支え合える』ってことなら平井さんに甲斐性を感じるか、支えたいって思えるような一面を見せることじゃない? まあこれだけ線で囲ってるし、おにーさんも思いついてるとは思うけど」
「まあなぁ」
やっぱり、恋人の条件にフォーカスして考えたほうがいいのだろうか。
「たとえば谷山さんの元カレとか好きだった相手がいればそのタイプから逆算できると思うけど、いないの?」
「あー……それで言うと俺、告白されてる」
「は?」
手帳に視線を落としていた由夢がバッとこちらを向けて口をあんぐりと開ける。
「なにそれ、月曜日にそんなこと聞いた記憶ないんだけど?」
「あ、ああ。そうだな、言ってなかったと思う」
あのときは平井から恋愛相談を受けたことと、その相手が幼馴染みであり同じグループのメンバーであることくらいしか話していなかったと思う。まあ話の流れ的に実は俺その子から告白されたんだよね、なんて言う必要なかったし。
由夢は
「なにそれ、めっちゃめんどくさい構図じゃん」
「ははは、俺もそう思う」
由夢に同調するとジト目で睨まれた。茶化す場面ではなかったらしい。
「……じゃ、もう平井さんをおにーさんみたいに優等生にすればいいんじゃない?」
「それは無理だな。平井はテニスに全振りしてるタイプで勉強は高校に進学できたのが奇跡かってくらいからっきしだし、普段の言動も
「つまり、テニスだけが取り柄のバカってこと?」
「今の話だけだとそうなるな……。いや、いいところもたくさんある」
下のきょうだいの面倒を見ていること、実は意外と気配りができること、ムードメーカーでいつもグループやクラスを盛り上げてくれること。それらを話すと由夢は「ふぅん」と発する。
「ま、おにーさんの主張はわかったけど、それで谷山さんはこれまで
辛らつだが言いたいことはわかる。実際そのことが一番の懸念点ではある。幼馴染みとしての認識が強すぎて平井を異性として見れないのではないかと。
「たとえば、由夢にきょうだい同然に育った異性の幼馴染みがいたとして、どんなことがあったら異性として意識するようになる?」
「わかんないし想像つかない」
「そんなご無体な」
「だってそれ、人によって変わるでしょ。聞いてる限りじゃ私と谷山さんじゃそこの感性違うだろうし。あと、私は色恋沙汰の経験がないから」
「それで言うと俺も恋愛経験ないけども」
「そんな当事者でもない二人が知恵寄せ合ったって大した案出ないでしょ。というかもう寝たら?」
「う……けどアイデアくらい見つけないと……」
「おにーさん、時間見たら?」
ふと由夢が机の上を指差す。その先にあったのは卓上時計だ。時計は零時過ぎを指している。
「ってもうこんな時間⁉」
「そ。明日、というか今日の午後に予定あるんでしょ。もう寝たら?」
たしかに、明日の作戦会議を寝不足で臨むのは得策とは言えない。
「わかった、寝るよ」
「よろしい」
そう言って由夢は先にベッドに寝転がる。どうやら一緒に寝るようだ。監視の意図もあるかもしれないが。
電気を消して由夢の隣に横になる。
「おやすみ、おにーさん」
「ああ、おやすみ」
そう返して目を閉じて――しかし思考が止まらず眠気が襲ってこない。寝返りをして姿勢を変えても、どこか心が落ち着かない。
この感じ、経験がある。高校受験の間際や一年のころの定期試験前にこんな風に寝つけないときがあった。
ふとまぶたを開けると、由夢と目が合う。
「やっぱり眠れないんだね。そんな気してた」
どうやら由夢は俺が寝つけず藻掻いているところをずっと見ていたようだ。
そういえば由夢は寝つきが悪いと言っていた。もしかすると雰囲気や気配のようなものも感じ取れるのかもしれない。
「なんか、こういうとき寝る方法ある?」
「とにかくリラックスするとかかな。アイマスクとかしてみたら?」
「たしかに、それいいな」
由夢の提案を受け入れて、一度起きてからアイマスクを取ってベッドに戻る。なんとなく選んだのはラベンダーの香り。
袋を開けて装着すると、すっかり慣れた香りが鼻孔をくすぐる。徐々に目元が暖められて、ゆっくりではあるが体の筋肉が弛緩していくような感覚を覚える。
これならしばらくすれば寝られるかもしれない。そう思っていると不意に後頭部に手が当てられて引き寄せられる。アイマスクが柔らかなもので押しつけられた。
「特別に、私の心音も聞かせてあげる」
「……っ!」
一瞬抵抗しようと考えるも、目が見えない状況で動いて怪我をさせてもと思い断念する。
ほんと、気軽にこういうことをしないでほしい。心臓に悪い。
胸中で由夢に対して文句を言いながら、俺は目を閉じる。とくん、とくんという穏やかな鼓動に耳を傾け、俺は気づけば意識を手放していた――
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あとがき
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