第19話 恋愛相談

「恋愛相談に、乗ってくれないか?」


 さっきまで賑やかに聞こえていたはずの雑多な音たちが、平井ひらいの相談に静まり返ったかのような錯覚を覚える。


 今年の俺は、恋愛関与の相でも出ているというのだろうか。谷山たにやまに告白されて、田村たむらに説教したら恋愛指南を頼まれて、そして今度は平井からの恋愛相談。


 というか、


「田村の件のときも言ったけど、そういうことなら幸助こうすけのほうが適任な気がするんだが。彼女持ちだし」


雅也まさやの言いたいことはわかるんだけどよ、その、オレなりにいろいろ考えて雅也のほうが適任だろうなって思ったんだ。幸助が参考にならねえってことじゃないんだけど、ケースが違うというか」


「ま、相手が幼馴染みだし、たしかに幸助とは状況も課題も違うからな」


「そうなんだよ――え?」


 うんうんと頷いたかと思えば、ピタリと平井は固まる。


「な、なんでスズだってわかったんだ? オレまだなにも言ってないぞ?」


「そりゃわかるだろ」


 平井とは一年のころから同じクラスなのだから、ある程度の交友関係は見ていればわかる。異性で特に仲がいいのは幼馴染みである谷山と、いつメンである丹生にう佐伯さえきの三人。ほかはタイミングが合えば全然話せる、みたいな距離感だ。


 俺が見ていないところとなるとテニスをしているときか完全なプライベート時間。後者はさすがになにも言えないが、前者の時間であれば平井はまずテニスに集中している。関係を持つ可能性があるとすれば、ガヤの女子のほうから声をかけることくらいだ。しかしそれだと平井が恋愛相談してくるような状況になるとは考えられない。例えば告白されたとしても、平井なら自分ひとりで返事ができる。


 そんで、俺が適任ということはいつメンの内の三人。この中で誰が一番可能性が高いかといえば、幼馴染みの谷山だろう。


 それに、そのほうが昼休みの平井のリアクションも、このタイミングで恋愛相談を持ちかけてきた理由も納得できる。


 昼休み。別のクラスの女子が谷山に声をかけてきた。要件はクラスの男子に会ってやってほしいというもの。谷山は了承したものの俺たちの前ではっきりと告白されても断ると宣言した。


 そのとき、平井は明らかにホッとしたような様子を見せた。あれは介入しづらい話題が終わって安心したんじゃなく、谷山がポッと出の男子と付き合わないとわかったゆえの態度だったのだ。


 そんな推測を要約して説明すると、平井は再び口をぽかんとして「すげえ」と漏らした。


「一瞬でそこまで頭が回るのか。やっぱ雅也ってヤベーな……」


「まあ、クセづいてるからな、あれこれ考えるのが」


 優等生を演じていて、今のように相手の要件を汲み取ったり、『わからない』という不確定要素を極力減らしたりしているうちに自然と養われた。


 まあけっこう疲れるからやりたくないんだけど、言葉どおりクセづいているので、もはやオンオフの切り替えが自分ではできなくなっている。


 そんなことはさておき。問題は平井の恋愛相談だ。


 俺自身、受けてやりたい気持ちはある。ただ、相手が谷山というのが、少しばかり気がかりだ。今は友だちのように振舞っているが、例えば俺が平井の恋路を協力していることを知ったとき、谷山がどう動くかがまったく読めない。


 最悪なのは、俺が原因で谷山が平井から距離を置いてしまうことだ。どういう理屈だとなるが、恋は理屈じゃないってのを世の前例が教えてくれている。


 俺ができるのは普段の言動から推測するだけで、当然だが実際に思考を読めるわけじゃない。だから相手が感情的になったときの行動はまったく予想がつかないし、適切に対処できる保証もない。


 今この瞬間でざっと考えてみても、俺が関与するリスクのほうが高いように思える。


 だけど、平井のことは応援してやりたいよなあ。


 ……まあ、悟られないよう俺が気を配ればいいか。


「わかった、その頼み引き受けるよ。ただし直正なおまさ、言動には注意してくれよ。お前はわかりやすいし、特に相手はお前を誰よりも知ってる涼香すずかなんだから」


「おう! それは任せてくれ!」


「というか、改めて考えると逆によくこれまでバレなかったな」


「まあ、オレ自身よくわかってないけど、つい最近まであまり意識してなかったからかもって考えてる」


 聞くとどうやら、昔から谷山に対しては一定の好意があったとのこと。ただその好きがなんなのかまでは考えてこなかったらしい。


「高校に上がってからは周りもそういう話題が増えてきてなんとなく考えたことはあったけど、なんていうかこう、付き合いが長いからあまりピンとこなかったんだよな」


「そりゃ、家ぐるみで仲がよくてきょうだい同然に育ってきただろうからな」


「そうなんだよ! でもスズがいろんな男子から告白されてるって話を聞くようになってからなんというか、モヤモヤしてな……」


「なるほど、それで自覚したと」


「そうだな。それと、近くで幸助や田村が上手くやってるのを見て触発されたのも、たぶんある」


 まあ、身近に成功例がふたつもあれば俺もって気持ちになるよな。ただでさえ危機感を覚えているんだから。


 少し脱線してしまったかもしれないが、とりあえず平井が今になって行動を起こした理由は充分理解できた。しかし、


「幼馴染みってのが、苦労しそうだなあ」


 しかも現時点で関係値がけっこう深い。平井もそうだったように、谷山も平井のことをどこかきょうだいのような存在として思っている可能性は充分にある。


 その認識を超えて恋人になるのは、おそらくゼロから関係を築くより難しいだろう。


「そうだよなあ。オレもそれはなんとなくわかってたから雅也を頼ったんだ」


「俺はそんな万能じゃないんだけどな。まあ、とりあえず一回しっかり時間使って作戦を練らないとな。時間が確保できそうなタイミングあるか?」


「それなら今週の土曜が顧問の都合で午前練だけになってる」


「それじゃ土曜の午後に作戦会議だな」


「おお、わくわくする響きだな!」


 作戦会議なんて言葉だけで目をキラキラと輝かせる平井に思わず苦笑が漏れる。


「それじゃ今日は帰るわ。残りの練習も頑張れ」


「おう! 今日は付き合ってくれてサンキューな!」


 サムズアップする平井に手を振って、俺はグラウンドを後にした。



   ◇   ◇   ◇



 帰宅したのは十八時過ぎだった。もう一時間ほどで母さんも返ってくるだろう。


 平井とテニスをしてけっこう汗掻いてるし、風呂掃除したついでに体も洗うか。


 なんてことを考えながら荷物を置くために部屋に入ると、ベッドで由夢が寝ていた。いつものように寝転がっているという意味ではなく、入眠していたのだ。


 規則正しく寝息をたてていて、それに合わせて胸部がわずかに上下している。


 なんて無防備な――と思ったけど、べつにこれまでも無防備ではあったか。


 ふと、今のうちにこれまでからかわれた分なにか仕返しでもしてやろうかと考えが浮かぶ。


「……すぅ、すぅ」


 しかしあまりにも気持ちよさそうに寝ているので、邪な企てははばかられる。


 まあ、後でバレて余計にイジられるほうが面倒だし放っておくか。


 なるべく物音を立てないように荷物を置き、衣装ケースから着替えを引っ張り出して風呂場に向かった。


 脱衣所をとおり風呂場の折れ戸を開けると、むわっと心地よい熱気が肌を撫でた。どうやら由夢が先に風呂を掃除してお湯を張ってくれていたたようだ。


 遅れる理由は書いていなかったはずだが、気を遣ってくれたのだろうか。


 せっかくの厚意だし、ありがたくいただいておこう。



 体を洗い湯を張り直してから部屋に戻ると、由夢は起きてベッドの上で女の子座りをしていた。


「おかえり、おにーさん」


「ただいま。風呂ありがとな」


「ま、暇だったし。それにおにーさんがいつ帰ってくるのかもわからなかったからね」


 そう言ってから由夢はおいでと言わんばかりに両手を広げた。


 なんとなく無視して由夢の隣に腰かけると、非難するような視線を向けられる。


「今日は素直じゃないおにーさんか」


「べつに日によって変わってるわけじゃない」


「まったく」


 由夢はため息をつくと膝立ちになり俺の背後に移動してくる。


 なにをするつもりだと警戒していると、突如背中に柔らかい感触が当たり、後ろから腕を回された。いわゆるバックハグのような構図だ。


 慣れない状況にドギマギしていると、後頭部にちょんとなにかが当たる。鼻だろうか?


「すんすん……いい匂いだね」


「風呂入ったばかりだからな。というかにおいを嗅ぐな」


「いいでしょべつに、私が気にしてないんだから」


「なんかハズいからやめてくれ」


「わがままなおにーさん」


「そう言われるのは釈然としないな……」


「それで、今日はなにがあったの?」


 由夢に後ろから抱きしめられたまま、俺は今日の放課後の出来事を由夢に話す。


「おにーさん、テニスできるんだ」


「ほどほどな」


「にしても、恋愛相談なんてまた面倒なことに首突っ込むね。おにーさんって実はMの人?」


「なんでそうなる。俺はただ、俺が平井あいつの背中を押してやりたいって思ったから、受けるって決めたんだ」


「ふぅん。優等生としてじゃなく?」


「あぁ」


 むしろこれまでの俺なら、どうにか折り合いをつけて断っていたと思う。ただでさえ拗れやすい色恋沙汰で、人間関係も複雑。いくらいつメンとはいえ、手放しで応援はできなかったと思う。


「けど、それでも俺は手伝ってやりたいって思った。由夢が俺の足を無理やりに止めてくれたおかげで、そう思うようになった」


「……なんで余計にめんどくさい方向にいくかなぁ」


 はあ、と背後で由夢がため息をこぼす。


「さあ? もしかしたらそういう性分なのかもな」


 それか、田村の件が思っていた以上に影響を与えてくれたのか。まあそこら辺はどうでもいい。俺がやりたいと思った、そのことを今は大切にしたい。


「ま、おにーさんがいつでも泣けるように私の胸は空けておくよ」


「そうならないと思いたいなあ」


 頭をちらつく数々の課題に、俺は由夢の言葉が現実にならないことを胸中で静かに祈った。






==========

あとがき


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