第18話 練習相手と
午後もどこか緩い空気のまま授業は終わり、あっという間に帰りのHRが始まった。それもすぐに終わり帰り支度をしていると、真っすぐに
「なあ
「久々だな。特に用事はないし、問題ないぞ」
二つ返事で答えると平井は「助かる!」と言って肩を叩いてくる。
「そんじゃ早速行くか!」
「おう、っとその前に」
俺はスマホを取り出してLINEを起動し、
するとすぐに既読がつき、立て続けに返信が入る。
『わかった』
『待ってるね』
なんとも淡泊で由夢らしい返信を確認してからスマホを仕舞う。
果たして待ってるというのは帰りをなのか、それとも『おやすみ』をなのか。どっちもなんだろうなあ。
平井とのテニスは、体力的に疲れはするがいい気分転換にはなるのでそんな『おやすみ』する必要はないと思うんだが。それは由夢の知る
まあそれでも俺は構わないけどな。
「なんかあったか?」
「いや、家族に帰り遅れるって連絡しただけ」
「あー、たしかに必要だな。そんじゃ行くか!」
「ああ」
俺はクラスメイトたちに挨拶を投げてから、平井と一緒に教室を後にした。
すっかりお馴染みとなってしまったテニスコートに到着すると、先に集まっていたテニス部の面々が俺を見てまたかといった表情を浮かべた。
すんませんね、部外者なのに。
本来ならあまり好まれないのだろうが、顧問の先生から信頼されているおかげでメインの練習の邪魔にならなければ好きにしていいと容認してもらっている。まったく、優等生様々だ。
少しして部員が集まり、アップを開始する。その間、俺は部活に邪魔する謝意として、簡易ネットを組み立てたりフェンスを設置したりして練習用のコートを整備する。
それが終わったら体を傷めないようストレッチをして体をほぐしていく。
ちなみにここまで来る途中で今日呼ばれた理由を聞いたが、どうやら夏休み入ってすぐ練習試合があるそうで、それに合わせて試合形式の練習の割合を増やすことになったのだとか。そうなると手が空く時間が増えるので、待ち時間を有効活用すべく俺を誘ったとのこと。
本来は試合しているところを見るのも練習だそうなのだが、平井の場合見てあれこれ考えるより体を動かしながら都度課題に取り組むほうが上達するらしい。
横目でテニス部が基礎練を開始するのを見ながら、俺も軽くアップをして平井から借りたラケットでスイングを確かめる。ふと隣からカシャン、カシャンとボールが金網を揺らす小気味いい音が聞こえてきた。
スイングを確認してから黙々とネットにボールを打ち込んでいると、部長のかけ声が響く。どうやら今からゲーム練を始めるようだ。
転がってきたボールをラケットですくい上げてコートに目を向ける。ちょうど手前のコートで平井が試合を始めるところだった。
主審のコールを聞くに、サイクルを意識してツーゲームマッチで回されるようだ。
「うおっしゃー! いくぜー!」
平井の球速のあるフラットサーブから試合が始まる。スパンッと爽快で力強い音を立てて放たれたボールはサービスコートを跳ねてあっという間にベースライン――コートの一番後ろの線まで伸びた。
その速さと意外な正確さに、素人ながらやはり平井はテニス部のエースなんだと感じさせられる。
平井の強烈なサーブから始まったことと、まだ相手が温まっていないのかボールに反応しきれていなかったため、終始このゲームは平井が優勢で幕を閉じた。
負けた部員は主審を担い、勝った平井は絶好調と言わんばかりのほくほく顔で出てきた。
「よし、それじゃあ練習相手頼むぜ雅也!」
「今試合終わったばかりなのに元気だな」
「たったのツーゲームだからな。大会じゃ最低でも三倍はやる。この程度でへばってたら一回戦で敗退しちまうぜ」
「まあそりゃそうか」
練習前の会話もそこそこにして、俺と平井はラリーを始める。
さすがにゲーム練のときほどスピードはないものの、それでも平井の
ラリーが長くなるとどんどん調子づいているのか、次第に平井の球威が鋭くなっていく。それに対し俺はどうにか平井の土俵に上がるまいと、球種やコース選択で平井を振り回すように立ち回る。
「あ、今日
「ほんとじゃん、久々に見たわ~。相変わらずテニス部じゃないのに上手くない?」
ふとそんな外野の声が聞こえてくる。と同時に、ゲームを観戦しているはずのテニス部の面々から鋭い視線が飛んできた。
「くそっ、佐々木が来たときばっかキャーキャー言いやがって。もっと俺たちも持てはやしてくれよ……!」
そんな怨嗟の声が耳に届き思わず苦笑する。しかしその気が緩んだ一瞬、平井の強烈なショットがコートギリギリに沈んだ。
二度地面を跳ねたボールがフェンスにぶつかってコロコロと転がった。
立ち止まると途端に足に疲労を感じる。ラリーしていた時間はおそらく十分くらいのはずだが、三十分強ランニングしたときと同じくらい息が乱れる。
長距離をペース配分考えて走るのは問題ないが、やはりこの短いスペースでストップ&ダッシュを繰り返すのは負荷が大きい。
きっと、まともに練習してるテニス部員ならこの程度じゃ疲れないんだろうなあ。
「いやあ、やっぱ雅也上手いなあ。ずっと苦手なとこ突いてくるし、最高のラリー相手だぜ!」
ボールを拾いながら呼吸を整えていると平井が声をかけてくる。
「ただの帰宅部に、テニス部のエースの練習相手はなかなか荷が重いって」
「そういっていつも受けてくれるの、ホント助かるわ。というか雅也ならちゃんとやれば大会の上位も夢じゃないと思うぞ?」
「お世辞はいいよ。それにそこまでするつもりもないから」
俺が平井とのラリーについていけるのは、入学当初から付き合わされているから、つまり一年強もの練習で対平井が身についているからだ。それでも予測や勘に任せて噛み合わせているところが大きい。
そもそも俺はここまでテニスをやるつもりはなかった。最低限、舐められない程度にどのスポーツもできるようになっておきたいと思っただけだ。
それが入学してすぐ平井に声をかけられ体験入部に付き合うことになり、意地で平井にしがみついていたら、いつの間にかこうなっていた。
今さら練習相手を辞退したいとは思わないが、これ以上ガチるつもりもない。気分転換にするくらいがちょうどいいのだ。
そうこうしていると部長が平井の名前を呼んだ。コートがひとつ空いていて、どうやらもう一度平井の番が回ってきたらしい。
「よし、じゃあまた行ってくるわ!」
「おうおう。俺は少し休憩しとくわ」
それから一時間ほどが経ち、もうすぐ十八時になろうかという時間。部活はまだ続くようだが、俺としては家のこともあるし、シンプルに疲れたのでそろそろ帰りたい。
そのことを伝えると平井はきょろきょろと辺りを確認してからそっと耳打ちしてきた。
「わかった。ただその前にひとつ頼みがあるんだけど、いいか?」
「いいけど、力になれるかは内容によるな」
そう答えると平井はうなずいてから、親指で遠くの手洗い場を指す。どうやら他の人には聞かれたくない内容のようだ。
要望どおり場所を移動する。ちらほらと生徒の姿は見えるが、よほど大声を出さなければ届く距離ではないだろう。
「それで頼みって?」
「その、だな……」
珍しく平井は言い淀む。
平井は良くも悪くも素直なやつだ。隠しごとは苦手だし、なにか頼みごとがあるなら率直に伝えてくる。
そんな平井が言い淀むような内容。少なくとも、簡単に解決できるようなことではないだろう。
しばらく葛藤した様子の平井は、大きくため息をついて脱力するとまっすぐと見つめてきた。そして、
「恋愛相談に、乗ってくれないか?」
==========
あとがき
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