第15話 休日の日課
土曜日。いつもどおり五時に目が覚めた俺は、軽く体をほぐしてからスポーツウェアに着替え、スマホを入れたランニングポーチを身につける。平日は軽い筋トレくらいしか時間が取れないため、休日は必ず朝から走るようにしているのだ。
天候によっては断念しないといけないこともあり、特にこの時期は雨が多く筋トレのみになることも度々あるのだが、幸いにも今日は晴れている(この時間だとまだ日は出ていないけど)ので問題ない。
筋トレだけでも体は鍛えられるし運動不足にはならないが、やはりランニングもしたほうが気分がスッキリする。
文武両道な優等生であるために始めたことだけど、案外俺は体を動かすことが好きなのかもしれない。心に余裕を持てるようになってから、ふとそう思うことも増えてきた。
とはいえ運動部に所属したり本格的に体を鍛えたりするまではいかないが。
「――っと」
「おはよ……おにーさん」
キッチンに寄って水分補給をしてから玄関に向かうと、部屋から出てきた
由夢はまさしく寝起きといった様子で、くすんだ青色のパジャマを着ており髪には寝癖がちらほら立っている。
ふと、由夢や開いたドアの隙間からかすかにラベンダーの香りが漂う。
「悪い、起こしたか?」
「べつに、眠りが浅かっただけだからおにーさんは今からランニング?」
「ああ」
うなずくと由夢はあくびをしながら「ふぅん」とつぶやく。
「私もついていっていい?」
「俺は構わないけど……なんで急に?」
「べつに、興味本位」
そういうわけで由夢がついてくることになった。五分後、由夢はジャージ姿になって戻ってくる。
「ちなみに聞いておくけど、どれくらい動ける?」
「わかんないけど、たぶん人並み」
……念のためジョギングで様子見するか。
◇ ◇ ◇
「はぁっ……はぁ……っ」
家を出て三十分。由夢の息は割りとけっこう乱れていた。
まだ軽くストレッチをしてジョギングしかしてないんだが、長距離走をしたあとくらいの疲弊っぷりだ。
なんとなく予想はついていたが、ぜんぜん体力ないな。どこが人並みだよ。
あまりの虚偽申告に思わず内心で苦笑する。
とりあえず、由夢はそろそろ休ませたほうがいいな。
「近くに公園があるからそこでいったん休憩するぞ」
「……っ」
由夢は疲労困憊といった表情でうなずいた。どうやら返事をする余裕もないらしい。
公園に到着すると少し歩いてから由夢をベンチに座らせて、自販機で水を買う。水を渡すと由夢は呼吸を整えながら「ありがと……」と言って受け取り、ちまちまと水を飲む。
「少しは落ち着いたか?」
「……うん、ありがと。お金は帰ったら渡すね」
「いいよこのくらい。……にしても、よく人並みとか言えたな」
「反論できないね……。動かなすぎて、ここまで体力が落ちてることにも気づかなかった」
「体育の授業とか、そもそも体力テストあったはずだろ」
「授業も体力テストも、疲れない程度に手を抜いてたから」
「なるほどなあ」
思えばクラスの女子も、大半は疲れた様子が見られなかった。おそらく真面目にやっていたのは
男子でも文化部や運動が嫌いな男子は手を抜いていたし、まあ仕方ないと言えば仕方ない。
しかしそうなると、なおのこと由夢がついてくると言い出した理由がわからない。まあ、追及するようなことでもないけど。
「とりあえず由夢はもう休んどけ。俺はもう少し続けるから」
と言ったものの、さてどうするか。
本当ならジョギングは数分でそのあとはずっと走っているのだが、この状態の由夢から離れるのは少し怖い。
この辺りは治安がいいほうではあるが、だからといって絶対に不審者が出ない保証はない。ついてくると言ったのは由夢だが、由夢の安全を守るのは俺の役目だ。
とりあえずランニングはナシ。公園内でできそうなことは……。
少し悩んで、ラインタッチをすることに決めた。幸か不幸かこの公園はそこそこ広いにもかかわず、ブランコと砂場しかないので結構なスペースが開いている。そのため往復ダッシュをするのにちょうどいい。
体感で三十メートルくらいの間隔で線を二本引き、軽く足首を回してから開始する。
片方の線からスタートし、全力で走る。もう片方の線に着いたら折り返してもといた線に戻る。それを十往復したあと体を休めるためにジョギングを一往復挟み、もう一度全力ダッシュを十往復行う。
ランニングに比べてスピードを出すし切り返しがあるので負荷が強いが、これもたまにはいい。
ただひとつ困るのは、その辺に転がっていた石で線を引いただけなので、折り返しのたびに足で線を消してしまうことくらい。全力で走っているので気を抜くと普通に線を超過してしまう。いや、問題ではないんだけど。
それからしばらく。けっこうな疲労感と覚えた俺は往復ダッシュを切り上げた。徐々に走るスピードを落としてクールダウンをしながら、ポーチからスマホを取り出して時間を確認する。
時刻は六時二十分。まあ普段と変わらない時間だ。
呼吸が落ち着いたのを確認してから、俺はベンチに向かった。
「お疲れさま」
由夢の隣に腰かけると、俺が買った水を差し出される。それは由夢が口をつけているものだ。
一瞬間接キスを気にしたが、由夢にからかってくる様子はないし意識したほうが負けな気がして「ありがとう」と言ってから水を受け取る。
「いつもこんな運動してるの?」
「いや、往復ダッシュは今日が初めてだな。いつもは周辺を一時間くらい適当に走ってる」
「よくそこまでするね。アスリートでも目指してるの?」
「目指してないよ。ただ、これくらいやっとかないと運動部に手も足も出ないからな」
「おにーさんってそんなに好戦的だったんだ」
「なんで喧嘩の話になるんだ。普通に体育の授業とかクラスマッチの話だよ。というかからかってるだろ」
「バレた?」
由夢は舌を見せかすかに笑う。
「ったく。と、もういい時間だし帰るか」
「そうだね。……これは、明日は筋肉痛かな」
「由夢は三十分ジョギングしただけだろ」
それで筋肉痛になるレベルなら、もはや日常的に運動したほうがいいレベルだ。
明日の由夢の様子を見て、マズそうなら平日も朝のジョギングをするように提案しよう。
なんてことを考えながらすっかり明るくなった住宅街を由夢と歩いて帰った。
帰宅すると由夢は玄関でジャージを脱ぐ。
「もうすっかり乾いたけど、汗でべたついて気持ち悪い」
「なら先にシャワー浴びていいぞ」
そう言うと由夢は少しの間黙ってから、
「一緒に浴びる?」
と、いたずらな笑みを浮かべた。
「バカか。俺は部屋で筋トレしてるから一人で浴びてこい」
俺はため息をつきながら、嗜虐的に笑う由夢の額を指で突っついた。
==========
あとがき
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