第13話 衝撃の事実

雅也まさや、最近調子よさそうね」


 それは夕食の席でのことだった。


 四人揃って合掌し食べ始めたところで、母さんがそう切り出した。


 急にどうしたんだろうと首をかしげていると、母さんは「期末試験で学年四位って初めてじゃない?」と続ける。


 なるほど、夕食前に期末試験の個票を渡したからか。


「いやあ、中間試験のときも驚かされたけど、雅也君はホントに優秀だね~。僕なんて学生時代に一桁どころか二十位代も取ったことないよ」


 卵焼きを口に運びながら由夢ゆめの父親――辰也たつやさんが感心したように深くうなずく。


「ありがとうございます。けど、三位から上は去年からずっと変わってないので、これ以上は難しいけど」


 苦笑しながらそう返すと、辰也さんは「その子たちもすごいなあ」と言ってみそ汁をすする。


「もし雅也がもっと上を目指したいってなら、ぜんぜん塾代くらい出すわよ?」


「いや、そこまでするつもりはないよ」


 一瞬由夢から視線を感じたような気がしたが気のせいだと思っておく。


 実際、自力の勉強で俺の思う合格ラインは維持し続けられている。受験だって今のところそんなレベルの高い大学を目指すつもりもないので、塾に通うメリットはあまりない。


「そう。まあ気が変わったらすぐに言いなさいね。というか雅也はもっとワガママというか欲を出してほしいくらいよ」


「そうは言われてもなあ」


「……ホットのアイマスクとかいいんじゃない? 勉強で眼精疲労溜まってると思うし」


「お! 由夢ちゃんナイスアイデア! じゃあ明日にでも買ってくるわね。とりあえず五箱くらいいる?」


「待って母さん、ありがたいけどそれはさすがに買いすぎ」


 たしか一箱に十枚くらい入ってた気がする。そんな大量にあっても、連日使うほど目が限界を迎えているわけでもないので無用の長物だろう。


 それに最近は由夢の干渉ですっかり徹夜しなくなっているから、余計にありがたみが薄い。


 まあそれに関しては母さんからすれば知る由もないことだろうけど。


 なんて考えながら野菜炒めを口に運ぶ。



「まあ、最近はしっかり寝れてるみたいだから必要ないのかもしれないけどね」



「え」


 ふと、さも当然のことのように母さんの口から出た言葉に、俺は思わず変な声を出してしまう。


 最近はしっかり寝れてる、なんて言葉は、最近まであまり寝ていなかったことを知らないと出てこないはずだ。


 つまり母さんは、俺が徹夜で勉強していたことを知っていたのだ。クマだって隠していたし、物音を立てないよう気をつけていたのに。


 あまりの動揺に危うく箸を落とすところだった。


 俺の反応を見て母さんは不思議そうに首をかしげる。


「どうしたの?」


「あ、いや……気づいてたの? 徹夜してたこと」


 恐る恐る尋ねてみると、母さんはぽかんとした表情を浮かべた。


「当然でしょ、一緒に暮らしてるんだから。雅也が隠したそうにしてたから触れなかったけど」


「……」


 衝撃の事実に言葉を失っていると、視界の端にちらりと由夢が肩を震わせているのが見えた。


 由夢がここまで感情を動かすなんて珍しい、なんて考えが一瞬過よぎる。


 もしやと思い辰也さんのほうを見る。目が合うと辰也さんはたははと苦笑した。


「僕の場合は美佐希みさきさんから事前にある程度聞いてたけど、そうだね、夜トイレで起きた時に部屋の電気が点いてるのは見たかな」


 てっきり隠し通せているのだとばかり思っていたから、その反動で一気に羞恥心が込み上げてくる。穴があったら入りたいというか、今すぐ部屋に逃げ込みたい。


 羞恥に悶えていると、不意に横から足を蹴られる。反射的に由夢のほうを見そうになるが、母さんたちから見て不自然な挙動になってしまうのでなんとか首の向きを維持する。


 はたしてこれは励ましてくれているのか。それともからかう意図から小突いてくるのか。冷静さを欠いた今の俺では判断することはできなかった。


「正直倒れでもしたら無理やりにでもやめさせるつもりだったけど、改善したようだから安心したわ」


「それはその……心配かけてごめん」


「そんなしょんぼりしないでいいわよ、親は子どもを心配するもんなんだから。というか雅也の場合、他がしっかりしすぎて心配甲斐がなかったから返って安心したわよ。子どもらしく不器用なところもあるんだーって」


 なんだよ心配甲斐って。そう胸中で突っ込みつつ、急な情報量に頭が疲弊したので俺は考えることをやめた。



   ◇   ◇   ◇



「お疲れさま、おにーさん」


 無心で洗い物をこなし部屋に戻ると、ベッドに寝転んだ由夢に迎えられた。はたしてその「お疲れさま」はどっちに対してなのだろうか。


 母さんたちが帰宅する前もいただろと突っ込みたかったが、今はその元気もない。


 ふらふらとベッドの側まで歩き、おあつらえ向きに空いているスペースにうつぶせでダイブする。


 込み上げてくる徒労感をため息に乗せて吐き出す。


 いや、俺がやってきたこと自体は無駄じゃないんだ。母さんも徹夜で勉強すること以外は心配がないみたいに言っていたし。


 ただ、ただだ。心配をかけまいと行った努力そのものが母さんに心配をかける結果になっていたのは、なんというか空回りしていたように感じる。


「なあ由夢、実は俺ってバカなのか?」


「さあ?」


 割りと真剣に尋ねたつもりだったが、由夢からは興味なさげな反応が返ってきた。


「というか夕飯のとき笑ってたろ、珍しく」


「おにーさんの反応が面白すぎて、つい」


 悪びれもせず由夢はそう答える。


 いやまあ、責めるつもりはないんだけど。


「普段からあれくらい感情を見せてくれてもいいんだぞ」


「……なにか勘違いしてるみたいだけど、べつに私感情を隠してるつもりないからね」


 それはわかっている。二人でいるときもかすかだが笑ったり怒ったり、恥じらう姿をそれなりに見ている。


 ただ、感情表現の幅というか起伏がほとんどないのだ。べつにそれが悪いと思っていないが、もう少し感情を表に出してくれるとやりやすいなと思わなくもない。


 まあ、それを強要するつもりもないのだが。


 しかし珍しく感情を見せるタイミングが俺の間抜けなリアクションというのは、なんか釈然としない。


「気を悪くしたなら謝るよ」


「べつに気にしてないけど」


「ならよかった。にしても、まさか母さんにもバレてたとはなあ……」


 しかも、それを俺が気づけていないというのも情けない話だ。思えば母さんは鈍感とか察しが悪いわけじゃない。だというのに、勝手に隠し通せていると思い込んでいた。


 やっぱり、俺ってバカなのかなあ。


「……恋は盲目って言うけどさ、きっと他の感情も同じだと思う」


 ふと、由夢がそんなふうに語り出す。


「焦りや喜び――おにーさんなら責任感や使命感とか、どんな感情も強すぎればそれに気持ちが向きすぎて盲目的になっちゃうんじゃない。それこそ、見守ってくれているお義母さんのことが見えないくらい」


 由夢の言葉に胸を打たれる。


 盲目的、たしかに言い得て妙だ。俺は在るべき優等生の姿に固執して、自分の努力や友だちに対する感情なんかを見失っていた。夢の言うとおり、俺を見守ってくれている母さんの姿も。


 俺はもう少し、周りを見るべきだ。きっとまだ、見えなくなっているものがたくさんある。


 そう気づきを与えてくれた由夢に、もう感謝してもしきれない。


 少し悩んで、俺はゆっくりと由夢の頭に手を乗せる。そのまま優しく撫でてみると、じとーっとした目を向けられた。


「いきなり、なに?」


「俺なりの感謝の気持ちだよ」


 そう答えると由夢は小さくため息をこぼす。


「私は気にしないけど、他の子にやったら問答無用でセクハラだからね」


「それは心得てる。というか感謝の気持ちなんだから、他の人にすることないだろ」


「はあ」


 まさかの、二度目のため息が出る。


「ありがとな、由夢」


「べつに、隣でいつまでもうじうじされるのがウザかっただけだから」


「素直じゃないなあ」


 これ見よがしにといつも夢に言われる言葉を返すと、軽い蹴りが返ってきた。






==========

あとがき


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