第12話 友だちの定義

 どうやら俺は田村たむらから友だち認定されているらしい。


 学食を出て解散する前にLINEを交換したのだが、


『あまりないと思うけど、佐々木ささきもなんか悩みとかあったら遠慮せず相談してくれ』

『ダチとして力になるぜ』


 放課後になってそんなメッセージが届いた。


 力になると言ってもらえるのは嬉しいのだが、ふと疑問が浮かんだ。



「なあ、由夢ゆめって友だちいるか?」


「……今はいないけど」


 俺の肩にもたれぼーっとしていた由夢から返ってきたのは予想通りの答えだった。


「まあ私が友だちほしいって思ってないからね。やたら構ってくる子はいるけど」


「その子は友だちじゃない?」


「私のほうは思ってないかな。向こうは知らないけど」


 なんとも由夢らしい言いぐさに苦笑すると、由夢が上目遣いで覗き込んでくる。


「で、なんで急にそんなこと聞いてきたの?」


「あー、なんというか友だちの定義ってなんだろうなと思ってな」


「友だちの定義?」


 俺は疑問を抱いた理由と田村と関わるようになった経緯を説明する。


 平井ひらいの頼みで田村の相談を聞いたこと。田村の態度に憤りを覚え初対面ながら説教をかましたこと。そして今日、謝罪を受け恋愛指南を乞われたこと。それらを話すと由夢は「そんなことがあったんだ」と関心が薄げに呟いた。


「ま、理由はわかったけど、おにーさんは優等生なんだから友だち多いんじゃないの? なんで定義だとかで悩むの?」


「あー、なんというかだな……」


 たしかに、傍から見て友だちだと呼べる相手はいる。それこそ平井や丹生にうといったいつメンがそうだろう。


 しかしそれは優等生を演じているうえで発生した関係性だ。他人から友人関係と見られて否定することはないが、自分から友だちだと言える根拠がない。


 加えて言えば、俺は例えいつメンが欠けたり入れ替わったりしても気にしない心構えでいる。薄情である自覚はあるが、なにかに固執するということはそれが損なわれたとき大なり小なり軋轢あつれきが生じるということだ。優等生として穏便に過ごすならその摩擦は厄介でしかない。


 だから俺は関りを持つ人に固執せず、変化に適応できるように一定の距離感を保つよう心がけていた。そのせいか、昔友だちに対して抱いていた感情がすっかりわからなくなっている。


 そんなことを要約して伝えると由夢は大きくため息をこぼした。


「おにーさんって、めんどくさいね」


「やめろよ、俺だって自覚はあるんだ」


 振り返ると、小学生のころの自分が羨ましく思えてくる。あのときの俺は能天気でなにも考えていなかったから、こんな悩みを持つこともなかった。


「ま、私は考えるだけムダだと思うけど。だってそれ、人によって答え違うだろうし」


「まあ、たしかになあ」


 それこそ田村のように説教してきた相手も素直に友だちだと思えるやつもいれば、由夢のように友だち自体必要としていない人もいる。


 友だちという存在の扱い方が違うなら、友だちに対する価値観や定義だって人それぞれで異なるだろう。


 しかしそれはそれとして、一度考え出すと解決するまで頭の隅に疑問が居座ってしまい気になるので、解決したい自分がいる。


 由夢の指摘どおり、俺は本当にめんどくさいやつだ。


 いっそ答えが出せないなら、由夢みたいに達観できればもっと楽なのかもしれないなあ。


 そんな考えが浮かんだからか、


「なあ、なんで由夢は友だちが必要ないって考えてんだ?」


 ふと、そんな疑問が口からこぼれた。


 途端に由夢がまとっている雰囲気が強張るのを肌で感じる。


 しまった、これ明らかに地雷を踏み抜いただろ。


 普段ほとんど感情の変化を見せない由夢の地雷を刺激してしまい戦々恐々としていると、由夢は大きくため息をついてから脱力した手で俺の太ももを叩いてくる。


「べつに、友だちっていう基準が曖昧で相互認識が不確かな関係が信用ならないから、いらないってだけ」


 返ってきたのはそんな理性的な回答だった。


 過去になにかあったのか、なんてわかりきっている。そしてそれを言及すべきでないことも、由夢が発している雰囲気から察しがつく。とはいえ、露骨に気を遣った態度も空気を悪くするだろう。


「とんだひねくれ兄妹だな、俺たち」


 考えた挙げ句出たのはそんな言葉だった。


 こんな相づちで機嫌を直してくれるだろうか。そう不安に思っていると、由夢は無言で俺の肩にこつんと頭突きとも言えないくらい優しく頭を当ててきた。


「な、なんだよ」


「べつに。おにーさんはおにーさんだなって思っただけ」


 ふと空気が弛緩する。正解だったかはわからないが、少なくとも間違いではなかったようだ。


 その後は互いになにかを発することもなく、二人で穏やかな沈黙に浸った。


 結局、友だちの定義は未定のままだが――



   ◇   ◇   ◇



「あ」


「お、佐々木じゃん。どうしたんだ?」


 翌日の放課後。渡り廊下で体操服姿の田村と遭遇した。


「先生の手伝い終わって帰るとこ。田村は部活だよな?」


「そ。今日は特に天気がいいから外周。俺は先に終わったから休憩中だけどな」


 バスケ部も外周なんてするんだな。なんて考えて、ふと思いつく。


 田村に友だちのラインについて聞いてみるのはどうだろうか。これまで直接的な関係がなかった分、平井たちよりは聞きやすいし、質問の意図を聞かれても誤魔化しやすそうだ。


「あー、じゃあ今時間はあるってことでいいか?」


「そうだな。っつっても他の部員が戻ってくるまでだから数分程度だけど」


 なんか用か? と田村は首をかしげる。


「まあ、なんだ。さっそく相談というか質問があってな」


 そう言うと、田村は一瞬きょとんとしたかと思うと目を見開き輝かせた。


「お、おう! 俺に答えれることならなんでも答えるぜ!」


「そんな気合い入れなくてもいいんだけどな。なんていうか、田村の思う友だちの定義ってなんだ?」


「友だちの、定義……?」


「あー、その反応になるのもわかる。俺も突拍子もない質問してる自覚はあるからな」


 さてどう説明したらいいかと考えていると、田村はあごに手を当てて「うーん」と唸る。


「もしかしてダチって言ったの迷惑だったか?」


 どうやら冷静なときの田村はよく頭が回るようだ。俺からまだなにも言っていないのに、質問のきっかけが昨日のLINEだと気づいたらしい。


「いや、迷惑とかじゃないよ。なんていうか、好奇心だな。ほら、昨日だと俺らまだ会って二回目で、一回目もアレだったろ? 平井以外に接点とかもなかったし。そういうパターンが初めてだったから、なんとなく気になったんだ」


 そう説明すると、田村は納得してくれたようで「なるほどなあ」とうなずく。


「たしかに思い返すと、なんていうか唐突って感じだよな。しかし困ったな、平井ほどじゃないけど俺も普段からそこまで考えてるわけじゃないし……」


 腕を組んで再び唸りだす田村に、俺は慌てて「そんな無理にひねり出そうとしなくていいぞ」と声をかける。


「いや、ダチからの最初の質問だ、ちゃんと答えさせてくれ」


「大袈裟だな……」


 しかし田村がこう言っている以上、俺もしつこく止めるわけにはいかない。


 部活のほうは大丈夫かと時間を気にしていると、田村は「そうだなあ」と言って続ける。


「たぶん、俺がこれからも関係を続けていきたいって思ったら友だちなんだと思う。佐々木の場合は、あんなに真剣に怒ってくれるやつ他にそうそういねえから、これからも関わってたいって思ったな」


 あんま変わった答えじゃなくてごめんな、と田村は頭を掻きながら申し訳なさそうに言う。


「いや、充分いい答えだったよ。ありがとな」


 そんなタイミングでぞろぞろと体操服の集団が校門のほうからやって来る。


「っと、わりい。みんな帰ってきたからそろそろ戻るわ」


「おう。部活がんばれ」


 バスケ部の面々のほうへ向かう田村を見送ってから、俺は教室へ歩き出す。


 そうだよな。友だちってそういうのだったよな。


 教室までの道中、田村の答えが頭に浮かぶ。


 自分が相手のことをどう思っているか。面白いとか気が合うとか、そんな理由で過去の俺は友だちをつくっていたような気がする。


 優等生としての俺はいつも自分がどう思うかよりも、優等生としてどうするべきか、どう在るべきかで考えて動いてきた。


 つまるところ自分の主観、感情を無視し続けてきたわけだから、そりゃわからなくなるわけだ。


 悩みが吹っ切れたから、今朝に比べて足取りは軽かった。






==========

あとがき


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