第11話 優等生の変化

佐々木ささきとついでに平井ひらいいるかー?」


 週明けの昼休み。学食にでも行こうかと席を立ったところで田村たむらが教室までやってきた。


 その表情は相談あのときとは違い、女子からの人気もうなずける爽やかで凛々しく、どこかスッキリとした様子だった。現に彼がこの教室に現れて数名の女子が小さく黄色い声を上げている。


 あの様子だと、彼女としっかり話し合えたんだろう。まだそんなに日が経っていないはずだが、その判断力と行動力の速さはさすがバスケ部のエースといったところか。


 平井と顔を見合わせて、俺たちは田村のところへ向かう。


「なんだよ田村、オレはついでかー?」


「だってお前には土曜日謝っただろ」


「それでもついで扱いは釈然としないんだが?」


「おお、釈然なんて言葉使えるのか」


「オレをバカにしすぎだろ⁉」


 憤りを表す平井に田村は笑いながら「ごめんごめん」と謝る。


 まあなんとなく察しはついていたが、田村が俺を訪ねたのはあのときのことについて謝るためのようだ。


 と、二人の様子を眺めていると静かにお腹が空腹を知らせる。


「ま、立ち話する時間ももったいないし、食堂で昼飯食いながらにしようぜ」


 そう提案すると二人はうなずく。


「食堂かー。弁当だけじゃ足りないから購買でパンでも行こっかなと思ってたし、オレもなんか頼もっかな」


「たしかに、それいいな」


 購買のパンと食堂のメニューを同程度に語る二人に、さすが運動部という感想しか浮かばなかった。


 弁当の量にもよるが、俺は絶対に気持ち悪くなるな。



   ◇   ◇   ◇



 場所移動して学食。俺はサバ味噌定食を、平井と田村はカツ丼の大盛とフライドポテトを受け取って席に着く。


 お前ら弁当もあるって言ってたよな……? どんだけ食べるんだよ。


 内心で二人の食事量にドン引いていると、二人が蓋を開けた弁当の中身は半分ほどしかなかった。見るに早弁でもしたのだろう。


 思えば平井は毎日HRギリギリになるくらい朝練をしている様子だし、見たことはないがバスケ部も朝練をやっているそうだ。そのときに半分ほど食べていても意外ではない。


 俺も休みの日に運動したときはすぐ腹減るからな。


 なんて納得している間に二人は弁当を食べ終えカツ丼に箸を入れるところだった。腹が減っているのはわかるんだが、


「で、そろそろ本題に入ってもいいんじゃないか」


 そう言うと田村は忘れてたとでも言わんばかりに「あ」と口を開け箸を止める。


「すまん、そうだったな。とりあえず佐々木、この前は本当にごめん!」


 田村は手を合わせると深々と頭を下げた。


「あんときの俺はたしかにめちゃくちゃダサかった。彼女とうまくいかなくて拗ねて、マジでガキだったよ。けど、佐々木に怒られたおかげで頭が冷えた。本当にありがとう」


「どういたしまして。俺のほうも、キツい言葉言って悪かったよ。そんで、彼女とは?」


「ダサかったのは事実だから気にしてねえよ。カノジョにもちゃんと謝ったよ。直接なにかは言ってなかったけど、明らかに不機嫌ですって態度取っちまってたからな。俺がなにを考えてたとか全部話して、そんでこれからはしっかり話し合おうって伝えたよ。向こうも納得して、許してくれた」


「なら、一件落着だな。相談に乗った甲斐があるよ」


 茶化すようにそう言うと田村は「佐々木には頭が上がらねえな」と苦笑した。


 あとは飯食い終われば解散かな、と考えていると、田村がカツを一切れ俺の白米の上に置いた。


「これは?」


「慰謝料みてえなモンだ。あと……頼みごとの前払い的な」


 躊躇ためらいがちに田村はそう言う。


「頼みごと?」


「ああ。その、なんていうかな……恋愛指南をしてほしいんだ」


 予想だにしていなかった頼みごとに困惑する。平井に目配せをするが首を横に振った。どうやら平井も聞かされていないらしい。


「……正直、俺は恋愛系の相談については自信がないんだけど、そもそも指南って?」


「知ってのとおり俺は高校からそういうのを意識するようになったんだが、それでもバスケが最優先で生活してきたからいろいろと疎いんだ。それに浮かれて周りが見えなくなるくらい幼稚でもある」


 ふう、と息を吐いてから田村は続ける。


「だから、心がけたほうがいいこととかカノジョと仲を深めるにはどうすればいいかとかを指南してほしいんだ。この前の説教は本当に心にきたから」


「なるほどなあ」


 玉子に包まれたカツを頬張りながら相づちを打つ。


 さて、どうしたものか。


 正直俺は人にあれこれ言えるほど自分が高尚だと思っていない。前回の説教に関しては田村の態度に問題があったのと、あの時間を長引かせて俺と平井にストレスを溜めないためにしたことだ。


 しかし今の田村は反省してしっかり彼女と向き合おうとしている。そんなやつに俺から言えることがあるのか。むしろ好転していたのに俺の下手なアドバイスで関係を悪くしてしまう可能性だってある。そのとき、俺は責任を取れない。


 やはりこういう込み入った内容はリスクがデカすぎる。


 そう悩む俺を、田村は箸も動かさずまっすぐと見つめていた。


「……俺自身、人と付き合った経験がないから恋愛指南なんてことはできないが、俺が普段から人付き合いで意識してることくらいなら教えられる」


「え⁉」


 俺の出した返事に声を上げたのは平井だった。


 驚くのも無理はない。なんせ俺が今までこういう踏み込んだ相談は断ってきたのを平井は知ってるからな。


 俺は、優等生でいることにいっぱいだった。優等生でいるために自分にできることはできる限り全力を尽くしてきた。時間はかかったが、それらはちゃんと良い結果を出している。


 しかしそれは俺にコントロールできる範囲の話だ。実作業の手伝いや答えのある勉強ならともかく、相談ごとの大半は人によって正解は異なるし、そもそも正解という概念が存在していない。そして失敗したとき、恨みを買う可能性を捨てきれない。そのリスクは、優等生としては致命的だ。


 だから俺は相談に乗ることは多くなかったし、あっても話を聞くことに重点を置いて断定的な発言は避けてきた。


 けれど田村のまっすぐな瞳を見て、たまには協力してやってもいいと思えた。第一印象こそ悪かったが、こうして話していて田村が悪いやつじゃないというのはなんとなくわかる。


 それに田村の場合、もうなにかが上手くいかなくても責任転嫁なんてしないだろうと無根拠ながらに思えたのだ。


「あくまで意識していることや考え方程度だからな。彼女を喜ばせる方法とか直接的なことは自分で考えてくれよ」


「ああ、それはもちろん! ありがとう!」


 田村の過剰な反応に思わず苦笑する。


「まあ、この前の説教にもかかるが、俺の考えの根本は相手のことを考えることだ」


 物の好みはもちろん、どんな性格でなにを楽しみなにに怒るのか。その基準をある程度把握しておかないと予期せぬトラブルを生む可能性がある。だから、俺はまず相手のことを知るようにしている。


「ちょうど身近にわかりやすい例があるけど、うちのクラスの叶多かなた愛純あすみはわかるか?」


「ああ」


「叶多は広く浅くのスタンスで、特に新しいものについてはどんなジャンルだろうととりあえずで食いつく。あと流れ的に不自然じゃない多少のイジりとかジョークなら気にしないし楽しめるタイプだ」


 そこの塩梅をちゃんと把握したうえでイジれば嬉々として場を盛り上げてくれる。いわばムードメーカー的立ち位置だ。


「んで愛純は物静かで、積極的に話すより人の話を聞くタイプだ。あまり自分がイジられるのとかは好まないな。けっこう物知りで、会話のなかでなにかを引用したり、教養のあるユーモアによく食いついたりする」


 この場にいたら、きっと「彼を知り己を知れば百戦殆からずね」とか言いそう。半分偏見だけど。


 二人について語ると平井が「はぇ」と気の抜けた声を出した。平井はわかりやすいやつ筆頭だ。


「とまあ、こんな感じで相手がどんなタイプなのかを知り、そのうえでコミュニケーションを円滑にするにはどうすればいいかを考えるって感じだな」


「な、なるほど」


「そうだな、田村の彼女で考えると、試験勉強のくだりで自己主張はできるほうなのと、ちゃんと努力ができる子ってのはわかるな。先輩である田村に告白する度胸もあるし、田村の痴態を許せる器もある、と」


 というかこの情報だけでもめっちゃしたたかというか、しっかりした子だな。


「す、すげえ。そこまでわかんのかよ」


「半分は推測だけどな。俺はそういう目安をもとに実際にコミュニケーションを取ってみて、都度認識を調整するようにしてる」


「なるほど、参考になるぜ」


 あとなにかあったかな。


「……ああ、あとひとつアドバイスするなら、努力を褒めてあげるといいんじゃないかと思う」


「努力を褒める?」


「ほら、誰だって努力を認められるのは嬉しいだろ。平井とか田村なら、練習試合とか大会で結果を出したときとか感じないか? 達成感も当然あるだろうけど、監督とか応援してくれる人からの称賛が沁みることとか」


「たしかに、経験あるな」


「部活みたいに成果が見えやすいものもあれば、見えにくいものもある。だから彼女のことをよく見て努力を褒めてあげれば喜ぶと思う」


 俺もそうだったからな。由夢ゆめが努力を肯定してくれたときは、報われたような気がして心が軽くなった。


「なるほどな。アドバイスまでありがとう、タイミング見て試してみるよ」


「ああ、そうしてくれ」


 ふと時計を見ると、あと少しで昼休みが終わりそうだった。気づけば来たときよりも生徒の姿が少ない。


 話すことに集中して後半あまり箸が進んでいなかった。早く食べなければ。


「……勉強会のときも思ったけど、雅也まさやってスゲーなあ」


 ふと平井がひとり言のように呟く。


「そうか?」


「なんか、オレには想像できないくらいずっと頭ん中でいろんなこと考えてんだなって、話聞いてて思ったよ。オレにはぜってぇできないから尊敬するわ」


「たしかに。俺も頼もしいやつってことくらいは噂には聞いてたけど、実際話してみてなんというか、こんだけあれこれ考えてすごしてるから行動に表れるんだろうなと思った」


「なんだよ二人して、きもちわる」


 二人の言葉にむず痒さを覚えながら、すっかり冷えたサバ味噌を口に運んだ。






==========

あとがき


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