第10話 膝枕よりも

「そうだ、お返しに俺も膝枕しようか?」


「え?」


 驚きをあらわにした由夢ゆめは、どうやら相当動揺したようで口をぽかんと半開きにしている。


 最初に提案したのは自分なのに、される側になるとそんなに驚くものなのか。


 羞恥心を覚えるポイントといい、由夢の感性のラインがいまだに掴めない。


 由夢は半ば無意識的に俺の頭の撫でながら「んー」と小さく唸る。


「嫌だったらべつに断ってくれてもいいぞ」


「……べつに嫌ってわけじゃないよ。ただそんなこと言われるの初めてだったから、少し驚いただけ」


「それを言うと、俺だって初めてだったんだけど?」


「へえ。おにーさん優等生でかっこいいから、女子からそういうお誘いされてると思った」


 平常時と変わらないさざ波のような声音でそう言うが、からかっているのは明らかだった。


「家族か恋人くらい親しい間柄じゃないとしないだろ」


「そう? でも女の子同士でしてるのはたまに見かけるけど」


「え、学校で? マジか、見たことねぇ。……というかそれは同性の話だろ」


「あ、バレた?」


 まったく、とため息混じりに吐き出すと由夢はかすかに笑みを浮かべた。


「ま、せっかくおにーさんが提案してくれたわけだし、お願いしようかな」


「お、おう」


 そうと決まり俺は由夢と位置を交換する。壁に背を預け、少し膝が低くなるようにあぐらをかくと、由夢が「それじゃ失礼して」と言いながらゆっくりと俺の太ももに頭を乗せた。


「……微妙にかたい」


 第一声がそれだった。


「まあ、ある程度鍛えてるからな」


「休日に筋トレしてるのは見てたけど、実際触るとこんな感じなんだ」


 由夢は枕にしている俺の太ももを人差し指で突いたり、手のひらでぺちぺちと叩いたりして遊びだす。


 くすぐったいとまではいかないが、こんな風に人に触られることがないのでむず痒く感じる。


「んー、私は柔らかい枕のほうが好きだから、努力賞かな」


「実際の枕の柔らかさを人体に求めるなよ」


「でも、私の太ももは気持ちよかったでしょ?」


 たしかに、由夢の膝枕は……正直に言えば心地よかった。女性らしいと言えるほど他を知らないが、なんとも言えない弾力とすべすべとした肌触りは、想像以上に枕に適しているように思えた。ただ、


「それ、同意したらキショくない?」


「まあ、へんたいだなと思う」


 悪魔の質問すぎる。同意しなかったら失礼な感じになるし、同意しても変態扱い……。無言も肯定しているのと変わらないし、どう対応するのが正解なんだ。


「ま、あれこれ言ったけど悪くないよ。私からはお願いしないと思うけど」


「一番微妙な感じじゃん、それ」


 料理で例えるなら、好きでも嫌いでもなく食べられないことはないので、出されたら食べるけど自分から買ったり注文したりしないような、そんな扱いだった。


 絶賛されたいとかは思っていなかったが、せっかく勇気を出したのにと少しやるせない気持ちになる。


「んー、だって――」


 由夢は体を起こすと俺の横に座り直し、もたれるように体をくっつけてきた。俺の肩に頭を預け、由夢は静かに続ける。



「私はいつもみたいに一緒に寝たり、こうしているほうが好きだから」



 胸焼けしそうな言葉に俺は思わず唇を噛む。


 なんというか、とてもむず痒い。恥ずかしさのあまり今すぐ部屋を飛び出して一人になりたい気分だ。


「おにーさんは、膝枕といつもの、どっちが好き?」


「……それ、答えなきゃダメか?」


「そうだね、私は答えてほしいな」


 由夢はちらりと上目遣いでこちらを見てくる。


 気迫はないのに、どうしてかその視線には有無を言わさぬ圧を感じた。いまだに表情や声音から感情を読み取りづらい由夢だが、この雰囲気というか気配はすっかり覚えた。これは、答えるまで追求してくるだろう。


 俺は観念して、じわりと滲んできた緊張を息と一緒に吐き出す。


「そうだな、膝枕も悪くなかったけど、膝枕よりもこうしているほうが落ち着く」


 なるべく平静を装いながらそう答えると、由夢は三日月型に目を細め「そっか」と呟いた。


「私と一緒だね」


「っ、そうだな」


 なんて言葉を紡げばいいかわからず、適当な相づちが口から漏れた。


 しばしの間、部屋が沈黙に包まれる。若干気恥ずかしさは残っているものの、口に出したとおりこの静かな時間も今はすっかり心地よい。


 由夢と出会って最初のころの俺に、こうして時間を共にするようになると伝えてもきっと信じないだろう。あのころは接点もなく由夢も積極的に干渉してこなかったからな。


 ぼんやりと出会ったころを思い返していると、ぺちぺちと太ももを叩かれる。


「おにーさん、機嫌はなおった?」


「そもそも機嫌悪くしてないよ」


「そっか。そういえば、なんでしてほしいこと聞いてきたの?」


「……由夢には労わってもらったり大切にしたい言葉をもらったりしたから、少しでも恩返しがしたくてな」


 少し照れくささを感じながらも答えると、由夢はこちらをちらりと見てからまた顔を寝かせる。


「べつに私は、私のために、負担にならない範囲でしか動いてないけど」


「そうか? けっこう強引なときもあったけど」


 例えばそう、小テストの前のときとか。音もなく背後に現れて耳に息を吹きかけられたのは本当に驚いた。それと試験週間のときも思いっきり妨害されたな。


「それはおにーさんが頑固だったから。おにーさんがもっと素直だったら、私も苦労しなかったよ」


「はいはい、素直じゃなくてすみませんね」


「そういう跳ねっ返りなところ、かわいいね」


「それいい意味?」


「もちろん」


 由夢は小さく息を吐くと、ぽつりと続ける。


「ま、恩返ししたいって気持ちはしっかり受け取っておく。ありがと」


「ああ。というか、こちらこそありがとう。なんか改まって言うとはずいけど、感謝してる」


「どーいたしまして。これからも兄妹仲良くだらけようね」


「待て、べつに俺はだらけてるつもりはないんだけど……?」


 そう突っ込むと由夢は「そこもうなずけばよかったのに」と小さく笑った。


 人を堕落させようとするとは、恐ろしい妹だ。


 そこまでは染められないように気をつけよう。そう心に決めながらも、この瞬間は安穏とした時間に身を任せた。






==========

あとがき


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