第9話 ご褒美
期末試験が返却され、学年順位が廊下に張り出された。俺の結果は四位と、初の五位内を叩き出した。試験後に感じた手応えどおりどころかそれ以上の成果に、今の感情は嬉しさ七割驚き三割といったところ。
しかし総合点数を見ると、四位以下と三位以上ではまたひとつ壁があった。正直この学年でこれ以上の順位は見込めないだろう。そもそもそこまでの熱量が俺にはない。
というか、入学したときからこの三位内って変動してないんだよな。素直に凄いという感想しか出てこない。いったいどんな努力をしたらそうなるんだ。
「うおー! スゲーじゃん
名前しか知らない三人の努力に思いを馳せていると、ふと
「おう、サンキュ。
「いやあ、マジで雅也たちのおかげだよ。こっちこそありがとうなぁ! っと、そうだ、
「まあ、思うところもあったしな。それにあの浮かれ具合じゃ、優しく聞いてるだけじゃ絶対に解決しないって思ったし」
そう答えると平井は「オレも同感だ」と苦笑した。
少し話を聞くと、どうやら俺が帰ったあと田村は偉そうに言いやがってと苦言をこぼしていたらしいが、少しして冷静さを取り戻せたらしい。次彼女に会うとき直接謝ると言っていたとのこと。
どちらかというと彼女のほうを心配していたが、改心してくれたようでひと安心だ。
「そうだ、あんとき言ってたやつ、いつでも相談してくれよな!」
「なになに? マサっちが平っちに相談?」
平井の発言に
表情を見るに、みんなもそれなりに良い結果だったようだ。
「マサっちテニス部に入んの?」
「なんでそうなんだよ」
「だってほら、平っちが頼れるのってテニスだけじゃん」
「ひでえ⁉ オレだってもっと頼れるところたくさんあるあるわ! なあスズ?」
「え? まあ、そうだね?」
話を振られた
「じゃあ平っちがマサっちの相談に乗れることってなんなの?」
「それは……あ」
平井は「オレから言っていいやつ?」と言わん様子でこちらを見る。
「あー、実は母さんが再婚したんだけど、相手に連れ子がいてさ、妹ができたんだよ。ほら、このメンツって平井以外一人っ子だろ? だから下の子持ちの先輩として、なんかあったら相談させてくれってお願いしたんだよ」
そう伝えるとみんなはそれぞれ驚きや納得といった反応を見せた。
「えー⁉ マサっち妹できたの⁉」
「たしかに、なーくんしっかりお兄ちゃんやってるからねー」
「どんな子? 可愛い⁉」
「いいわね下の子。羨ましいわ」
等々。
そして平井は腕を組んでうんうんとうなずいている。それはどれに対する反応なんだ。
「へぇ、そっかあ。ねね、妹ちゃんってどんな子? 写真ないの?」
「ないな。撮るタイミングとかないし。性格は、まあ一言で言えばマイペースかな」
あと俺に負けず劣らず頑固。芯が強いとも言えるが。
まあ、その頑固さに助けられたんだけどな、俺は。
「マイペースか、それは苦労するぞ雅也。オレの弟もマイペースでな……」
「そもそも小さい子はみんなマイペースではないかしら?」
「たしかに」
平井の下の子のイメージに引っ張られたようで、みんな勝手に妹が小学生くらいだと受け取ったようだ。
さすがに親の再婚でできた妹が高校生だと正直に言ったらもっと大騒ぎになるから、少し申し訳ないがありがたく勘違いを利用させてもらおう。
「にしても、マサっちの妹かあ。気になるー!」
「俺の妹って言っても、連れ子だからな」
「あ、そっか。でも気になる! 写真撮ったら見せてね」
「本人が許可したらな」
そう返すと丹生は「あたし待ってるからね!」とロマンチックなシーンに合いそうな言葉を発した。
そうは言われても、写真を見せてしまうと年齢の誤認が発覚してしまうので叶えられそうにない。許せ丹生。
「妹ちゃんに許可取るの、雅也くんらしいね。雅也くんならいいお兄さんになりそう」
「たしかに、雅也かっこいいし、しっかりしてるからな。ちゃんと妹の面倒見そう」
谷山の言葉に根谷がうなずく。
実際は俺のほうが世話を焼かれている状況なんだけどな。
思えば俺は兄らしいことをしていない。というか由夢がそういうのを求めていないように思える。基本的に彼女はなにに対しても無頓着というか欲がないから。
しかしいろいろと恩もあるし、なにかしてあげたいな。帰ったら聞いてみるか。
◇ ◇ ◇
「特になにも」
帰宅して早速由夢にしてほしいことを尋ねてみたが、返ってきたのはそんな素っ気ない答えだった。
らしいといえばらしいのだが、恩返しがしたい身としてはもっとこう欲を出してほしいところではある。
とはいえ無理強いしては本末転倒なので、この場はいったん引き下がることにした。
「それで、期末試験の結果はどうだったの?」
「ああ。学年四位で自己最高記録を更新だ」
「へえ、よかったじゃん。お疲れさま」
由夢は抑揚のない声に少しばかり感情を乗せ、素足で拍手してみせる。
「どうも。まあ労われるほど今回は勉強してないと思うけどな」
「そんなことないでしょ。日付変わるギリギリくらいまで勉強してたじゃん。むしろこれまでがやりすぎだっただけ」
手厳しい指摘だが、今回の結果が言葉の信ぴょう性を裏づけている。
「けど、これまで根詰めて頑張ってきたからこそ、今余裕を持てるとも取れるだろ?」
そう返すと、無言でじとーとした視線を向けられた。
自分の努力を信じろって言ったのはそっちじゃないか。いや、言いたいことはそこじゃなくて、加減を覚えろってことなんだろうけども。
由夢は小さくため息をこぼすと、「まあいいや」と呟いてから体を起こす。
「それじゃ、良い成績を残したおにーさんにご褒美をあげる」
「ご褒美?」
由夢は枕を退けて女の子座りをすると、さらけ出された自身の太ももをぺちぺちと叩いた。
「膝枕してあげる」
「………は?」
思いがけない言葉に脳が理解を拒み、一瞬思考が停止する。
ダメだ、脳内でいくら予測変換を繰り返しても膝枕しか出てこない。聞き間違いようがない。
「正気か?」
「どうしてそこでそんな質問が出てくるの。ほら、早く」
ぺちぺちと太ももから小気味よい音を発する。
正直遠慮したいが……由夢のたまに見せる強情さが怖くて断りづらい。
少し悩んで、けっきょく俺は観念してご褒美を受け取ることに決めた。
おとなしく由夢の太ももに頭を預けると、なんとも言えない柔らかな弾力が頭に返ってくる。なんとなく上を向けば俺を見下ろす由夢と目が合った。長く艶やかな黒髪が垂れて、まるで遮光カーテンのように景色と光を遮っている。
「おにーさんの髪少し硬いから、あまり動かれるとくすぐったい」
「ご、ごめん……?」
俺が悪いのかよくわからなかったが、とりあえず謝っておく。
「べつに謝られることじゃないけど。それに、私おにーさんの髪それなりに好きだし」
ゆっくりと優しい手つきで俺の髪を遊びながら、由夢はそう言った。
「どうも。……俺も由夢の髪好きだぞ」
「へんたい」
なんと返せばいいか悩んだ挙げ句出た言葉に、じとっとした目を向けられた。うん、俺もキモいと思う。
「ふふ、冗談。べつにこだわりがあるわけじゃないけど、褒められると嬉しいから、ありがと」
「それならよかったよ……」
なんとも落ち着かない会話に、かえって疲労を感じる。
「眠たかったら寝てもいいよ。お義母さんが帰るまでまだ時間あるから」
「さすがに長時間も膝枕させるわけにはいかないし、遠慮しとく」
「そう。遠慮しなくてもいいのに」
「そういえば、由夢は期末試験どうだったんだ?」
「べつに、普通だよ。平均から少し上くらい」
私は授業と課題だけだから、と由夢は言う。
むしろ復習や対策なしに平均以上を取れるのは、相当ポテンシャル高いのでは?
そんな疑問が浮かんだが、おそらく本人にやる気がないのだろう。まあ赤点の危機がないなら、必要としている以上にやる理由もない。
「まあなんだ、由夢もお疲れさま」
「ありがと。そう言ってくれるのはおにーさんくらいだよ」
「んなわけ。義父さんとたぶん母さんも言うぞ。あとは友だちとか」
「じゃあ、親を除いたらおにーさんだけだね」
「……友だちはいないのか?」
「今はいない。まあ、やたら話しかけてきたり気にかけたりしてくれる子はいるけど」
今は、という言葉に引っかかるも、俺は無視して「そっか」と呟く。
「なあ、ホントにしてほしいことないのか?」
「ないよ、こうして話してるだけでも私は満足できるから」
一度目と同じく素っ気ない返事をもらう。
ただ、なんとなく今の俺は由夢になにかしてあげたい気持ちだった。
「そうだ、お返しに俺も膝枕しようか?」
「――え?」
ふとそんな提案が半ば無意識に口から漏れ、俺は初めて由夢の驚いた顔を見た。
==========
あとがき
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