第8話 ターニングポイント
「終わっっったああああああ――!」
期末試験最終日、最期の科目を終えた途端
平井の様子にクラスメイトたちは試験を終えて気が緩んだこともあってか爆笑。まだ教室に残っていた先生もやれやれといった様子で苦笑した。
「で、試験の手応えはどうなんだ?」
解放感に浸っている平井にそう尋ねると、まるで停止ボタンを押されたかのようにピタリと雄叫びが止んだ。
「……ま、まあ、
「再試まで手伝う必要がないことを祈ってるよ」
苦笑気味にそう返すと平井は「お、おう」と頼りなくうなずいた。
「マサっちはどうだったの?」
平井と話していると、
「そうだな、一言で言うと好感触だ。過去最高の予感がする」
そう返すと三人揃って「おお」と感嘆を漏らす。
悔しい話だが、ますます
いや、例え結果が普段と変わらなかったとしても、もはや認める他ない。いつもなら精神もギリギリになっているが、今は無理せずとも試験終わりに歓談する余裕がある。由夢がもたらしてくれたこの変化を受け入れよう。
「マジかあ、マサっちまだ上いけるんだ。あ、ちなみにあたしも勉強会とマサっちのプリントのおかげでいつもより点数期待できそうだよ、あんがとね」
「私も、たぶん少しは上がったかも? それにしても雅也くんの対策プリント、すごい助かったよ。高配点の読みもハマってたから今回はけっこう楽できちゃった」
そう言う谷山だが、彼女はもともと成績がいい。朗らかな雰囲気に反してクラス内では五位は堅く、学年でも二十位内をキープしている。
勉強会のときも、喋りはしたものの質問されたことはほとんどなかった。強いて挙げるとすれば、高配点予想の問題について俺が挙げなかった候補について意見の交換をしたくらい。
まあ、褒め言葉は素直に受け取っておこう。気分もいいし。
なんて話していると担任がやってきて各自席に戻った。けれどはやり最終日を乗り越えたためか、教室の空気はどこか緩んだままだった。
HRが終わり、いつもよりゆったりと帰り支度をしていると平井が席までやって来た。
「なあ雅也、今日このあと時間あるか?」
「特に予定はないけど。また練習相手になればいいのか?」
俺はよく平井からテニスの練習相手を頼まれる。
正直体は鍛えていても素人には変わりないため俺に練習相手が務まるのか怪しいところだが、当の本人はいつも満足している様子なので深くは考えていない。
テスト勉強に期末試験、そんでもって部活は休みだし相当フラストレーションは溜まっていそうだ。
もしかすると長時間付き合わされることになるかもな。そんな風に考えていると平井は「今日はテニスじゃなくてな……」とどこか申し訳なさそうに切り出した。
「俺の友だちの相談を一緒に聞いてほしいんだ」
「相談かあ。内容によっては力になれないんだけど、どんな内容?」
「事前に聞いたのは、彼女のことで悩みがあるってことだった」
そいつ最近彼女できたばっかなんだよ、と平井は言う。
「それだと彼女持ちの
「オレもそう思って先に幸助に声かけたんだけど、今日放課後デートするらしくてさ。あと相談事でオレが頼れるの雅也だけなんだよぉ」
後生だと頼み込まれ俺は唸る。
恋愛絡みなどの繊細な内容の相談は、俺はあまり引き受けていない。なぜなら込み入った話に下手に踏み込むと大ごとになったりトラブルの種になったりする危険があるからだ。
あとは俺自身に経験がないことだとあくまで当たり障りのない一般論しかいえないから、という理由もある。
「あまり力になれないと思うけど許してくれよ」
「っ、ああ、ありがとな! もともと相談された俺も力になれないから大丈夫だ! ファミレスに行く予定だから、お礼になにか奢らせてくれ」
「じゃあポテトで」
そう返すと平井は「欲がないなあ」と笑った。
◇ ◇ ◇
「――でさー、せっかく部活ないから遊ぼうぜって誘っても勉強しないといけないからって全日お断り! ったく、告白してきたのは無効なのによ。どう思う⁉」
ファミレスに移動して早三十分。正直、とても帰りたかった。
平井の友だちはバスケ部の
ちなみに平井と田村は中学からの仲だそうで、平井曰く、中学のときはオレみたいなバスケバカだったが、高校になってモテようとしだしたとのこと。
そして肝心の相談内容だが……まあ要約すれば、彼女を遊びに誘ったけど試験勉強を理由に断られた、冷たい! みたいな内容。
付き合う経緯としては、六月の半ばに彼女から告白されてオーケーしたとのこと。
しかし田村はバスケ部でも中心的な位置にいるからあまり時間もとれず下校くらいしか時間が取れなかったらしい。それで部活が強制的に休みになる試験週間や試験期間に遊びに誘ってみたが、試験勉強を理由に断られたと。
彼女は一年生で、入学して最初の期末試験で悪い成績を取りたくなかったと説明はされたそう。
とまあ、こんな感じの内容を延々と愚痴っているのだが、問題は彼女を責めるようなニュアンスだということ。正直、聞いていて心穏やかではない。
どうやら平井も同じ気持ちのようで、笑顔に隠し切れない困惑の色が滲んでいる。
恋人関係の相談をどうして平井に持ちかけたんだと疑問には思っていたが、この様子を見ると本当の目的は愚痴ることだったようで合点がいく。
人を責めるような言葉は、聞いているだけで精神を削られる。それにずっと平井が申し訳なさそうに俺の様子を窺っているのも、むしろこっちが心苦しくなる。
俺は優等生として普段、相談事に関してはなるべく相手に寄り添うようにして話を聞いてきた。もちろん、ことを荒立てないためだ。ストレートな言い方や結論を優先した話運びは相手を不機嫌にさせてしまうから。
そうなると穏便に済むが、どうしても解決まで時間はかかってしまう。だけど、この空気を長時間も耐えるのは勘弁したい。
ふう、と短く息をはく。
「なあ田村。今のお前、めっちゃかっこ悪いぞ」
そう言い放つと、それまでマシンガンのように愚痴を吐き出していた田村がぽかんとした様子で固まった。しかし次の瞬間には顔を赤くして怒りをあらわにする。
「なあ、俺の話聞いてた? 明らかに問題あるの向こうだろ。なのになんで俺がかっこ悪いって話になるんだ?」
「まず、後輩相手にそんなやっけになって文句を言ってるのがダサい。バスケ部のかっこいい先輩なら、先輩らしく余裕ある態度で受け止めてやれよ」
ふと、平井が驚いた顔で俺を見ていることに気づく。
俺がハッキリ指摘するのがそんなに意外か。……意外か。
「け、けどよ、俺だって部活で忙しくてあまり時間の余裕がないんだよ。っていうか勉強で忙しいなら、試験のあとに告白すればよかっただろ」
「たぶんその場合、二学期の中間か期末には今と同じ愚痴を言ってると思うぞ。高校生ならいやでも試験はあるし、そこに文句を言ったってしょうがない」
一呼吸おいてから、それにと続ける。
「余裕がなかったのは彼女も同じだったじゃないか。入学して最初の期末試験で悪い点は取れないって。田村も去年同じ気持ちを経験しなかったか? 特に部活をやってると赤点取ったときは再試合格するまで参加禁止だし」
「そ、それは……」
「
「え、オレぇ⁉」
急に矛先を向けられたからか平井が動揺する。
厄介ごとを持ってきた分はこれでチャラだから許してくれ。
「直正から聞いたけど、高校からモテようといろいろ努力したんだってな。それで念願の初彼女ができたのに出鼻を挫かれてやるせない気持ちになるのは、まあわかる。けどよ、交際って自分ひとりの問題じゃないんだから、もっと彼女と話し合えよ」
例えば試験週間に誘いを断られたとして、理由が試験勉強なら「一緒に勉強しよう」と提案することだってできたはずだ。遊びはできないかもしれないが一緒にいることはできるし、彼女からしても先輩に勉強を教えてもらえれば試験の緊張がほぐれるから受けやすいだろう。
コミュニケーションを取ることで回避できた不満を、有頂天になって回避できなかったのは田村の責任だ。
「初彼女に舞い上がるのは仕方ないけど、冷静さを取り戻せず彼女を責めるのはダサいとしか言いようがない。そんなんじゃせっかくできた彼女に見限られるぞ」
「……」
田村はうつむいてなにも言わない。
「それが嫌だったら、ちゃんと彼女と話し合うことだ。あと、もし今日俺たちの前で言ったようなことを彼女にも言ってたなら、ちゃんと謝れよ」
言いたいことをすべて吐き出してからコップに残っていたコーラを飲み干す。
「それじゃ俺は帰るから」
「っ、雅也!」
席を立つと平井に呼ばれる。その表情は、今にもごめんと叫び出しそうなくらいだった。
んー、さすがにフォローを入れたほうがいいよな。
「そうだ。タイミングなくてなかなか言えなかったんだけど、実は母さんが再婚して妹ができたんだよ。なんかあったら、下のきょうだい持ちの先輩として相談に乗ってくれ」
そう言って拳を向けると、平井は笑顔を浮かべてグータッチを交わす。
「おう! そんときは任せてくれ」
「それじゃ、お先に。田村はなにが大切かよく考えてくれ」
最後にそれだけ言い残し俺はファミレスを出た。
あ、ソフドリ代渡してない。
それに気づいたのはファミレスを出てしばらくしたときだった。帰宅後平井にそのことを連絡すると、迷惑料代わりに奢るから気にしないでくれと返ってきた。いいやつだ平井は。
==========
あとがき
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