第7話 勉強会と
ついに試験週間がやって来た。この週は部活動や委員会の活動が休止となり、視聴覚室が自習用に開放されるようになる。
生徒の話題もほとんどが試験に関することになり、なんというか全体的に気が引き締まったような空気を感じる。これまでであればこの空気に当てられてよりいっそう緊張感を覚えていたところだが、
そんな俺の調子はさておいて、試験週間には一部の生徒に定番のイベントが存在する。
「それじゃ、二年二組の大勉強会だー!」
ただし、この勉強会は普通の勉強会と少しはかけ離れていた。なんと参加者が二年二組の約七割――二十一人もいる。こうなった原因は、六割俺の存在で残りは平井の影響力といったところか。
経緯としては、試験週間に入るなり平井に勉強を教えてくれと頼まれ、じゃあいつメンで勉強会でもするかという流れに。その後上機嫌になった平井が勝手に俺を絶賛し、いつメン以外のクラスメイトもせっかくだから一緒に教えてほしいと言いだし、この結果だ。
残りの三割ほどに関しては塾やひとりのほうが集中しやすいという理由で参加していないものの、クラスラインで質問は自由という話になっている。ちなみに
去年や今年の中間試験のときに勉強会はやったことあるが、この人数の規模はさすがに初めてだ。しかも参加者の目的の半分以上が俺に勉強を教えてほしいという。
それくらい信頼されていると見れば優等生として文句の付け所がないのだが、さすがに骨が折れそうだ。平井という要指導対象もいるわけだし。
なんて弱音を呑み込んで俺は教壇に立つ。席を入れ替え、教壇正面の席には平井、その周囲にはいつメン。その他クラスメイトは友だちでグループになり適当に座っている。
もはやこの構図は勉強会というより授業なのでは? 冷静になるとそんな疑問が浮かんでくるが気にしない。
「前に試験範囲のノートあるから、借りたい人は取りに来てくれ。質問があったら遠慮せず挙手してくれ。それじゃ、勉強開始ー」
平井をならって音頭を取ると、クラスメイトたちはこれにもノリよく応じてくれる。ひとまず皆には俺の期末試験対策プリントを渡しているので、最初のうちは仕事はないだろう。平井もプリントを見て最初は自力でやってみると言っていた。
平井はやる気を出せばできるやつなんだよなあ。まあ勉強に関してはそう簡単に結果は出ないのだが。
なんてことを考えながら俺もノートと問題集を開き勉強していると、ふと「すご」という小さな声が聞こえてきた。見ると
不意に丹生と目が合う。
「中間試験のときも思ったけど、高配点問題の予想とかよくできるね。どういう基準で目測立ててんの?」
「ああ。基本的に高配点になる問題ってぽいものがあるんだよ。例えば数学なら手間のかかる証明系とか。あとは先生にもよるけど、授業中に何度も念押ししてるところとか、さらっと補足の入った場所が高配点になりやすそうってのがあるから、そういった情報をもとに予測を立ててる」
あくまで予測だけどなと念押しすると「それでもジューブンすごいわ!」と返された。
「ていうか、そんなに授業中の先生の言葉覚えてんの?」
「さすがに覚えてられないよ。だからピンときたときの言葉をノートに書いてるんだ」
俺は授業用のノートを取り出し丹生に見せる。
「へえ、すご。っていうかマサっち授業のノートはそんなにキレイじゃないんだね。意外」
「授業用のほうは情報の取りこぼしがないよう書くスピードを重視してるからな。どうせ復習するときに違うノートに清書するから、最低限読み返せれば問題ない」
「なるほどねえ。あたしべつにノートそんなキレイに書いてないし、せっかくならその方法試そっかな」
「いいと思うぞ。まあ慣れるまで少し苦労するだろうけど、そんときはまた頼ってくれ」
そう言うと丹生は「いぇっさー」と恭しく敬礼をして問題集に視線を戻す。
まだヘルプはないし俺も勉強に戻るか。そう思い
平井がげっそりとした表情でこちらに手を伸ばしている。
「……念のため先に聞くけど、どこがわからない?」
「…………ぜんぶ」
その返答に思わず乾いた笑いがもれる。
これは、今回も長丁場になりそうだ。
俺は改めて気を引き締めて、平井のもとに向かった。
◇ ◇ ◇
勉強会は完全下校の十七時半に解散となった。特にファミレスなどで続きをするという話にはならず、俺はまっすぐ帰宅する。
家に帰り部屋のドアを開けると、ベッドに寝転がった由夢が「おかえり」と出迎える。この光景にもすっかり慣れたものだ。
「やけにお疲れの様子だね」
「ああ。ちょっとクラスで勉強会しててな……」
ネクタイを外しながらうなずく。
思い返せば、けっきょく勉強会の八割は平井に付きっきりだった。しかも期末試験の範囲が広いため小テストのときの比でないくらい教えることが多く、後半は
特に谷山は幼馴染みなだけあって、俺よりも対平井が上手かった。おかげで今日だけでもそれなりに進捗はあっただろう。
「はあ、疲れた……」
人に教えるというのは、相当疲れる。相手に合わせて伝わりやすい説明は変わるし、要約や例えをするのにも要点を間違えないよう気をつける必要がある。
人とやり取りしながら脳内で数えきれないほど思案して、出てきた答えを言葉にして伝える。これの繰り返しで、俺の脳はもう疲弊しきっていた。
「それじゃ、今日もおやすみしよっか」
「……」
俺は下敷きにされている薄手の毛布を引き抜いて、枕で頬をつぶしている由夢の顔にかけた。
「なにするの」
毛布越しにくぐもった声が聞こえる。
「着替えるから、少しの間顔を隠しといてくれ」
そう言ってから俺は部屋着に着替える。
シャツを畳んで隅に置いてからベッドのほうを向き直ると、由夢は体を起こしてベッドの上で女の子座りをしていた。
「安心して、見てないから」
「先手を取られるとそれはそれで信ぴょう性がないな……」
そう苦笑していると、おもむろに由夢は両手を広げた。言外においでというメッセージが伝わってくる。
少し気恥ずかしさを覚えながら俺は慎重に由夢の体を抱きしめる。由夢の肩にあごを乗せると、跳ねた髪が頬や鼻をくすぐった。
「胸に飛び込んでくるかと思った」
「自分からするのはアウトだろ」
過去二回、俺は由夢の胸に顔をうずめることになったが、どちらも俺の意思に関係なく起きている。というか二回目に関しては由夢がやったことだ。
これでも黒よりのグレーではあるが、自分の意思でやってしまえば完全にアウト。由夢はしなさそうだが、セクハラで一発逮捕にもつながりかねない。
「べつに私は気にしないけど。減るもんじゃないし」
抑揚のない声で由夢はそう言う。なんというか、ひとり立ちしたときが心配だ。悪い男にいいように扱われそうで。
彼女にそこら辺の危機意識があるのかどうかはまだわかっていない。
ため息をこぼすと、由夢は「お疲れさま」と言って優しい手つきで俺の頭を撫でてくる。
「おにーさんの髪って、なんかいかにもおにーさんって感じがするね」
「どういうことだ?」
「少しクセというか跳ねっ返りだけど、指をと通すと素直なところ」
そう言って由夢は俺の髪で遊びだす。
「それを言うなら由夢もだろ」
お返しにと由夢の腰に届きそうなくらい長い黒髪に触れる。いつも寝転がっているのでぼさついているが、撫でてみるとすっと伸びる。手櫛でも整えられるくらい素直な髪だ。
一見するとだらしないように見えて、いざ触れてみるとまっすぐでクセがない。まさしく由夢って感じがする。
なんてことを考えながらなんとなく髪を撫で続けていると、ふと由夢がぽつりと呟いた。
「……おにーさんのへんたい」
由夢の恥じらいの基準はどうなってんだ。
俺は胸中でそう文句をはいた。
==========
あとがき
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