第5話 賭けの結果
結論から言うと、小テストの成績は悪くなかった。いつもどおり満点。
まあ小テストなので当然と言えば当然なのだが、それよりも驚くことがあった。普段より悩まず答えを導き出せたし、自らの回答に迷いがなかったのだ。心なしか、いつもより余裕を持ってテストを受けられていたように感じる。
そんな、まるでこれまでの俺の行いを否定するかのような結果を受けた俺は、いつもどおりの周囲の反応に対して内心とても動揺していた。
返却された満点の小テストに、
余談だが、案の定
まあ、平井は土日もテニス漬けらしいから、家でやってくるかは怪しいところだ。
なんてことを考えているうちに家に着く。今日は多少雑談をしたものの、あまり残らずに帰ってきたが……今日も由夢のほうが早く帰宅していた。
「あ、おにーさんおかえり」
自室のドアを開けると、昨日と同じように由夢が俺のベッドで寝転がっていた。それはもう、間違い探しくらい差異がない光景だった。
わかりやすいのは格好が違うことくらいだろうか。今日はオーバーサイズすぎる黒シャツ姿。裾の陰からちらりとショートパンツがほんのわずかに姿を覗かせている。
恰好が黒すぎるせいで、超インドア派であることが窺える白い肌が際立つ。美白なんて言葉があるが、彼女の場合は病的な白さと形容したほうが近いだろう。
「それで、結果はどうだったの?」
荷物を降ろし一息ついていると由夢が尋ねてくる。
それに対し俺は無言でカバンから小テストを取り出し、彼女に差し出す。
「へえ、満点じゃん。すごいね」
「定期試験でもあるまいし、当然だろ」
そう返すと由夢はわずかに口角を上げて「わあ、優等生」と言って茶化すように拍手する。
「でも、意外。わざと低い点取らなかったんだね。あんなに断ってたのに」
「それはそうだけど、手を抜くのは俺のポリシーに反するから」
「へえ。おにーさんって不器用なほどまじめだね」
「それ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。いいと思うよ、そういうところ」
そう言ってから由夢は「それじゃ」と続ける。
「賭けは私の勝ちだから、わかってるよね?」
「……ああ、今後は常識的な勉強時間を心がけるよう善処するよ」
「それ、する気がない言い回しだけど……まあいいや。今は心がけるだけでも」
はあ、とため息をこぼしてからおもむろに体を起こすと、由夢はおいでといわんばかりに両手をこちらに伸ばしてきた。
「じゃ、さっそくおやすみしよ」
「……わかった。ただその前に、服を着替えたいからいったん出てってくれない?」
「私はべつに気にしないけど」
「俺が気にするの」
「優等生なのに恥じらいがあるんだ」
あるだろ。優等生をなんだと思ってるんだ。
由夢が部屋から出ていくのを見届けてから部屋着のスウェットに着替える。ワイシャツは……風呂を掃除するついでに持っていけばいいか。
ほかにしておくことがないかを確認してから、廊下で待っていた由夢を回収する。そして今は、昨晩のように二人でベッドに寝転んでいる。
「今更だけど、よく素直に応じてくれたね」
「……まあ賭けに負けた初日くらいはな」
「おにーさんって、素直なのか素直じゃないのかわからないね」
からかうように微笑する由夢に「うるせ」と返す。
「思ったんだけど、なんで二人してベッドで寝てるんだ? べつに寝る必要ないだろ、睡眠をとるわけじゃないし」
「んー、まあそれは気分による。けどほら、こうして限られた空間で一緒にいたら、ひとりぼっちじゃないけどふたり以外の雑多なものが存在しない、そんな気分にならない?」
「つまり?」
「ひとりの心細さはないけど、他人を気にする必要もないってこと。不安もしがらみもないから気が休まらない?」
あまりピンとこず呆けていると、それを察してか由夢は「おにーさんにもそのうちわかるよ」と言った。
含蓄を感じる言い草に内心で首をかしげる。
そういえば、前もなにか言ってたな……。
この三日間の由夢の発言を振り返る。彼女と頻繁に会話をするようになったのが直近のことだったおかげですぐに思い当たる。
そうだ、由夢は『自分を守れるのは、自分だけなんだから』と、そう言っていた。
期間はそう長くないけど彼女と関わっていて、まず他人の受け売りを得意げに話すようなタイプには思えない。
身近で見てきたか、あるいはそれこそ自分の経験してきたことか。彼女が頑なに俺を休ませようとするのは、もしかするとそれが理由だったりするのだろうか。
そこまで考えてかぶりを振る。
これ以上考えるのは無粋というものだ。それに俺の経験則からして、こういったことに安易に踏み込むべきではない。
思考を切り替えるために深呼吸をすると由夢が「どうかした?」と尋ねてくる。
「いや、なんでもない。というか、
「おやすみ初心者だね。それは課題とかやるべきことが頭の片隅にあるからだよ。休むときはそういうことぜんぶ忘れるの」
そうは言ってもな。この時間はいつもなら課題をやっているし、習慣づいた行動だから忘れようがない。
なんて考えていると、由夢はおもむろに手を伸ばしてくる。
「どうしても忘れられないなら、べつのことに没頭すればいい」
細い指が、きめ細かでほのかに温かい手のひらが俺の頬を優しく撫でる。そのまま由夢の手は俺の顔を通り過ぎて後頭部へと向かい――くいっと抱き寄せられた。
ふに、と柔らかい感触が顔を包む。
「――ってなにやってんだ⁉」
一瞬の思考停止ののち、俺は慌てて顔を離す。幸い手に込められた力は強くなく、簡単に距離を取ることができた。
触れたのはほんの一瞬だというのに、俺の顔はみるみるうちに熱くなっていく。
「ほら、他人の心臓の音は落ち着くって聞くでしょ。だから私の心音に没頭すれば余計なこと考えなくて済むかなって」
それとも、と由夢は控えめながらもからかうように笑ってみせる。
「べつのコトのほうがよかった?」
「っ――俺風呂掃除してくるっ!」
あまりの恥ずかしさにいたたまれず、俺は大慌てで部屋を出た。
ついでの洗濯物について思い出したのは、俺が入浴する番になったときだった。
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あとがき
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