第42話

 そうして――。

「リリアちゃんっ、にゃんは朝が弱いからお昼からなんてまだ慣れないのにゃぁ」

 とある厨房から聞き覚えのある賑やかな声が聞こえてきた。

「実際、昼の方が人は多いし、営業時間は夜の十一時までだし、前に比べたらだいぶ健康的で楽だと思うけどね」

「慣れたらねぇ。うんうん、よし、みかこちゃん頑張って朝活するぞぉー」

 リリアは意気込むみかこの頭をよしよしと撫でる。

 成長を拒んでいたみかこも、今はもう十八歳となり、卒業式を迎え社会人となった。

「おはよう、お二人とも。新しい新人を連れてきたんじゃが」

 癖のある話し方。言いながら入って来たのは、保坂であった。

 そう、保坂は新たなメイドカフェを新規事業として立ち上げたのだ。そこにみかことリリアはキャストとして働くこととなった。

また今日、保坂の経営するメイドカフェに新たなキャストが加わる事となったようである。

「仲良くしてやっておくれぃ、あ、知っとるかね? 嬢ちゃん……、じゃなくてイチという子じゃ」

 保坂の斜め後ろにいたのは萌香だった。

 奇跡的にもまた、ろりぃたいむのメンバーが再び集結したのだ。

「リリアさんにみかこさん、またよろしくお願いします。改めまして、イチです。源氏名は前の名前からとって保坂さんと考えました」

「にゃーんと! ライチちゃぁーんまたよろしくにゃぁ! んん? あ、イチちゃんね、よろしくっ、イチちゃん」

「イチね、了解。という事はメグリちゃんも?」

「いえ、メグリさんはメイドを引退していきましたわ。もう飽きた、なんて言っていましたけど、とても頼もしい方でしたよね」

 ジュンと過ごした時間を思い出していく萌香。

 萌香は無性にジュンに会いたくなった。

「ジュンさん……」

「ジュン?」

 リリアが訊く。

「いえ、なんでもないですよ。あの、ちょっとお手洗いに行ってきます」

 そう言ったが、萌香はジュンの声が聞きたくて仕方がなくなってしまい、電話を掛けに行こうとしたのだ。

 店の外へ出て昼間でも涼しい風を浴びながら、携帯電話を耳に当てて、ジュンの応答を待つ。

 十五コールも待って、ジュンはようやく出てくれた。

「遅れてすみませんね。萌香さん、また何かあったのですか?」

 何の用事もなしに、ただ声が聞きたいというだけで電話を掛けた萌香は突然そう言われて戸惑ってしまった。

「いえ、そうではないんです。ジュンさんに無性に会いたくなってしまったんです」

 ジュンに会いたいのは本音である。だが、急ぐ用事でも何でもないので、萌香は戸惑いの次に、ジュンさんは今忙しかったのかもしれない、と申し訳なくなった。

「会いたいなんて嬉しいことありがとうございます。それじゃあ、今から、最初に行ったウエノの甘味処へまたお茶をしに行きませんか」

 萌香はその返事が嬉しくて、一気に気分が上がり、直ぐに答えた。

「はい! それじゃあ、私は今アキハバラに居るので、ウエノへ移動して待っています。保坂さんとの新しいメイドカフェについても話したいですし」

「私も手が空いたところだから今から行くとするわね」

 ジュンとの電話が終わると、萌香はすぐさま保坂に伝えにいった。

「保坂さん、あの二時間程外出してきてもいいですか?」

「おう、イチは今日十八時じゃから少しは抜けても大丈夫じゃぞ。因みに何の用事かね?」

「ジュンさんに少し会いにいこうかと」

「そうかそうか、楽しんでくるとよいぞ」

 保坂の仏のような表情を見て、萌香は店を後にした。

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