ーージュウハチーー

第40話

 ジュンは事務所へは戻らず、米田に電話を掛けた。

「ジュンさんっっ!! 電話がなくて心配してましたよぉぉ」

 久しぶりにジュンは米田の声を聞いて、けたたましい声量だなぁ、と思いながら話を返した。

「電話に出れなかったのには訳があって、ごめんね。後で説明をするので、今からよねくんのところへ行ってもいいかしら?少しやりたい作業と聞きたいことがあるのよ」

 米田は私の誘いを断ることはないだろうと思いながらジュンは訊いた。

「ぜんっぜん! 是非、来てくださいぃ~。いつでも、待ってますねぇ」

 米田の思考はジュンにはバレている、という事か?

 いや、これは米田がジュンに対して素直すぎるだけなのだろう。

「多分着くのは一時間もかからないと思いますわ。待っていてね。久しぶりに会えるの楽しみにしているわ」

 ジュンの最後の台詞は流石にズルい。

 こうして休憩もはさまず電車に乗ったジュンは、米田のいるカナガワのマニメイトに移動していったのだ。

 うずうずしながら店の前に立っていた米田。ジュンは店頭に立つ米田を歩きながら確認して思わずいとおしいと思ってしまった。ジュンは米田にお淑やかな笑みを見せて挨拶をする。

「さっきは急な電話でしたがでてくれてありがとうね。そんなよねくんに久しぶりに会えたこと嬉しいわ」

 ジュンは米田とハグをしたい気持ちを抑えて、クールを突き通す。

「ジュンさん~、どうして今まで、電話に出てくれなかったんですかぁ? 本当にもう心配で、心配で……」

 と、気概のなく話す米田。

「それもすべて説明するわね。中へ入ってもいいかしら。出来ればパソコンがあるところがいいかしらね」

 米田はジュンを休憩室のさらに奥の管理室へと案内した。ジュンはそこへ入るのは初めての事であった。

「モニターがたくさんあるのね。どうして?」

 狭い部屋の中には六台のモニターと段ボールなどが積まれてあった。

「パソコン自体は二台あって、モニターの二つは監視カメラ用、もう二つはシステム管理用。もう一台のパソコンに繋げてある二台のモニターは個人的な趣味の掲示板とライブ配信の閲覧ですかねぇ」

 案外、米田はパソコンに詳しかったらしく懐古趣味者であるほかに機械オタクでもあり、ジュンはそれすらも見抜いていたようだ。

「じゃあ、今日はちょっと頼りにしちゃうわね」

 ジュンは早速、今までの全て出来事を話すことにした。

「さて、始めましょうか。よねくんにはこれから私が話す事を、掲示板に書き込んでほしいのよね。出来ればなるべく早く広まるような形で」

 椅子に座ったジュンが端的に言う。

「掲示板なら任せてくださいなぁ。僕はそれに関してはプロなのでねぇ」

 掲示板の書き込み文章については米田は相当自信を持っているようであった。

 米田は書き込みに使っているパソコンを立ち上げて、席に向かって高速タイピングを始めていく。

「準備オッケーですよぉ」

 構える米田。

 ジュンはまず、ろりぃたいむはもう破堤してしまうと伝えた。

「メイドカフェは終わっちゃうのですかぁ。ジュンさんのメイド服を拝みたかったのに残念ですなぁ」

「それなら、保坂さんのところで買ってきたコスプレ衣装をいくらでも見せますわよ」

「むふっ、ありがとうございますぅ。えーっと、ろりぃたいむは閉店してしまうと……ですね。それは何故ですぅ?」

「率直に言えば、キャストが一人死んだのよ」

「え、死んだ!?」

 米田はタイピングを止めて、えぇ、と驚いた。

「ええ、残念ながら……。そしてその理由にはダークな背景があったのよ」

「ダーク?」

 米田が首を傾げて、ジュンがメモ帳を見ながら話をしていく。

「アキハバラの闇について触れていくわね。アキハバラのメイド達の間では身売り行為が流行っていて、それと同時にチョコソースというドラッグも流行っていたのよ。チョコソースというドラッグは海外のパーティードラッグのようなもので、だけど依存性と危険性は高く、それを使いマインドコントロールを行う劣悪人がいたのよね。その名はエース。エースは少女らをアキハバラのクラブに軟禁し、定期的なチョコソースの投薬で、薬漬けにした少女たちを奴隷状態にさせていたのよ」

「何故、そんなところまでジュンさんが?」

「まあ、言いにくいですが、体を張って潜入をしていましたのよね」

「はぁ……」

 と、米田はため息を吐く。

「ジュンさんっ、なんでそんなに危ないことするんですか!言ってくれたら僕だって調査を手伝うことだってできたじゃないですかぁ!」

 いつもニコニコしている米田が今は怒っていた。

「そうね、もっと早くよねくんに頼っていればよかったわね。そこは私も反省しますわ……」

 素直に謝ったジュンを見て、米田は、ジュンさんに謝らせてしまった……。と何故か後悔してしまって焦りながら言った。

「今回は仕方なかったのだと思いますし、いえいえ、謝らないでジュンさんっ……」

 互いを振り回し合い、話の調子が狂ってしまう。

「だって、よねくんが怒り出したんじゃない」

 ジュンが言うと、米田はもじもじとしながら言った。

「僕はジュンさんの事を思っていっただけですよぉ」

「今度は頼りにさせていただくわね」

 ちょっと笑ったジュンを見て、米田は複雑な気持ちのまま話した。

「まあいいです……。で、潜入の結果は?」

 ジュンは切り替えて説明に戻る。

「アキハバラで流行っていると言われていた誘拐事件は、誘拐事件ではなく、その事実を歪曲させたのは洗脳されたメイドら自身で、チョコソースというドラッグが問題だったのよ」

 パタリとメモ帳を閉じる音が響いた。

「誘拐事件じゃなかったぁ、とですかぁ?」

「ええ、一種のマインドコントロールよね。よねくんに今書いてもらっている記事は拡散して、チョコソースの危険性を世に知らせるという効果があるわね。だから、うまく乗せてくれるとありがたいわ」

「わかりました、ちょいと待ってくださいねぇ。あと少しで――かん、せ、い……! はい、出来ましたよぉ」

 エンターキーの音を軽快に鳴らして、米田は満足げにしている。

 ジュンの役に立てたことが嬉しかったようだ。

「流石ね、よねくん」

 ジュンに褒められて、更に米田はニヤニヤしだした。

「さて、ひとまず作業は終わったという事ですし、よねくん、ご飯にでも行くのはどうかしら?」

「是非ぃ、ジュンさんは潜入もあって色々疲れたと思いますし、今日はご馳走させてくださいなぁ」

「ホント、優しいわよね。好きだなぁ、そういうところ」

 ドールのような瞳の中で、米田がえへへと笑う。

無理もない。


 ――ひとまず、これで、よかったのよね。

 噂の事件は事件というより、重大な問題であった事。問題がいかにメイド、少女らに浸透していたのかという事実に気が付けた事、その重大な事実に自ら足を踏み込んだという事。おんぷやあおいは救うことはできなかったが、萌香を救いだし、それからチョコソースというドラッグを公にしたことによって、これ以上の被害者続出を防ぐ対策が出来たという事。

 私のやるべきことはちゃんとできたのかしら。いや、やるべきことはやったはず。

 後は、成長し行く皆に任せましょうか。

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