第35話
あられもないおんぷの姿を見て、自分までこのようになってしまってはいけないと、自我を戻しつつあったジュン。
下着姿でガラスに張り付いていたのも恥ずかしく思えてきた。
ジュンは恥じらいを覚え、正気を取り戻した。
それと同時に、チョコソースという薬物がいかに危険なものかを実感し、これ以上、犠牲者を増やしてはいけないと、どうしてでもそのエースに制裁を下したいという感情が芽生えたのだ。
だが、この事件が警察沙汰となれば、恐らく、ろりぃたいむの素性も露わとなってしまうのだろう。そうしたら、みかこや他のメイド達の居場所がなくなってしまうのではないかと、ジュンは悩んでいた。
「この事件、どうしましょうね……」
「ジュンさん、正気を取り戻したようですね」
「恥ずかしい姿を見せてしまいました……、今は大丈夫です」
それもそのはず、いつも真面目で気品のあるジュンが淫らになっていたのだから、心配になるのも当然の事で、ようやく戻ったジュンの姿を確認して萌香は今にも泣きそうにしていた。
「心配をかけてしまったようですみませんね。私もこんなことになってしまって恥ずかしくて極まりないのですが……、今はそれよりも先の事を考えましょう。ここを抜け出す事です。おんぷさんは……、もう手遅れだと思いますが、出来ればあおいさんは救いたいところです。萌香さん、あおいさんの居場所はわかったりしますか?」
下着姿のジュンが真面目に話を切り出す。
「あおいさんは……、確か……、……あ!」
萌香が思いついたように言う。
「何か思い出しました?」
「私が入りたての頃、そして、まだおんぷさんが正気を保っていた頃、一緒にいたのを見かけました。私は近づきませんでしたが、この目で確かに」
「おんぷさんと一緒にいたという事なら、エースのお気に入りのメイドだったという事かしら」
「そうなんでしょうか」
二人は暫く考えていた。
「従順なメイドを演じてエースや他のメイドから何か情報を聞きだすしか今は方法はないのですがね……」
ジュンは項垂れて見せる。
だが、それも大切な手段である。
二人はソースを飲まされる度に、ジュンの下着に隠された脱脂綿を口に含み、直接体内に入れないように気を付けて生活をした。そして、快楽に溺れたかのような淫らな行動や言動をたびたび発し、エースを胡麻化していった。
エースも気を許し始めて、調教済みのおんぷを一人置いて部屋を出て行くこともあったりするようになった。
おんぷは、「エース様―ぁ、一人にしないでーぇ」と切なくしていたが逆にエースはそれを楽しんでいたようだ。
ジュン達にとってそれは好都合なことで、おんぷと話せる僅かな時間が貴重なものとなっていったのだ。
「覚えています? 私、ライチです」
「ライチぃ? わかんないよーぅ。わたぁし、エース様しかわかんなーぁい……のぉ」
言葉もままならない、まるで幼児のようなおんぷ。
萌香はその返しに失望してしまった。
もう、憧れの対象であった先輩メイドおんぷは戻ってこないのだ、と実感してどうしようもなくやるせなさを感じてしまい、ろりぃたいむで輝いていたおんぷの姿を思い出すたびに萌香は苦しくなって、人間はここまで落ちぶれてしまうのかと、人の怖ささえも覚えてしまった。
「おんぷさん、気を確かに、どうか、どうか……」
会話をするのも段々辛くなってくる萌香は、ただずっとおんぷをあやす様な言葉しかかけてあげられなくて、それが嫌だった。
ジュンが萌香の気持ちを察して、違う話を切り出す。
「おんぷさん、ろりぃたいむで一緒に働いていたあおいさんについてです。この目を見てください。いい? 今、あおいさんがどこにいるか教えてください」
ジュンがおんぷをキッと見据える。
おんぷは呆けた顔でさらっと答えた。
「昨日、しんだよ?」
二人は言葉を失った。
「え?」
ジュンは耐えきれず思わず聞き返してしまった。
バカみたいな口調でピントが外れたようにおんぷは話をする。
「エース様がぁやらかしちゃったみたいねーぇ……。わたしは丁度いい量を定期的に飲ませてもらうタイプだったからよかったけどもーぅ、エース様がぁ……実験するって……言ってぇ、少し多く飲ませたのかなぁ……? そしたら呼吸しなくなっちゃったみたいだねーぇ」
通常であれば適量を投薬させるはずのソースを、エースが実験的に、多く投与させ、そのせいであおいは死んだ、というわけであった。
「そんなの、起こり得ていいものではありません……、おんぷさんはこの異常に気が付くことも出来なくなっているのですか?」
「もう、どうにでもなぁれってかんじ? でもでもね、ここは確かにフツーの子はいるべきじゃないよねーぇ。だから……早く逃げてね」
ジュンは、一瞬だけ、おんぷの本音が聞けた気がして、また声を掛けそうになった。
だが、丁度、エースが戻って来た。
「何を話していた?」
「なーんにも、でぇす」
おんぷは直ぐにエースに近寄り、二人の元を離れていった。
お仕置き部屋を出れたのはそれから一週間後の事であった。
二人はエースに歯向かうことなく、愛想よくして、ソースに溺れていると見せかけ続けた。排泄と限られた食事しか出来ず、風呂にも入らせてもらえなかった。精神的ダメージはかなり受けたものの、ここから逃げるためにはそれしか方法はないと考えて、なんとか 我慢したのだ。
丸々太ったエースを見るたびに、ジュンは吐き気さえもしたが、必死に堪えた。
「完全に俺のものになる日も近いだろう。おんぷのように奴隷にしてやるから、楽しみにしておけよ」
舌なめずりをしながらじろじろとジュンと萌香を観察するエース。
二人はそれを嫌々、我慢しながら耐え続けていた。
あおいを死なせたという事実も知り、ジュンは絶対にこのエースと言う男に制裁を下してやると心の底から憎く思った。
「ダメです。ジュンさん、顔にでていますよ」
萌香がジュンに注意をする。
「ああ、余りにも憎らしかったもので」
ジュンはソースに依存しているというていをうっかり忘れかけていた。
「今は我慢です。耐えましょう」
「そうね。今だけですわね」
何とか二人は耐え続け、完全にソースに依存しきったとエースが思い込んだ頃、ようやく携帯電話は二人の手元に帰って来た。
二人の携帯電話には着信履歴とメッセージが何通も送られていて、二人は直ぐに確認をした。
両方とも相手はキイチからで、みかこの状態が危ないという報告であった。
みかこの状態が心配になり、二人は直ぐにここから脱出する事を決めた。
だが、このクラブの外に出るには鍵がかかっていて、逃げる事はなかなかに困難だ。
鍵の管理をしているのは門番のメイドで、そのメイドは基本、玄関前に居て、三時間に一回、休憩室で休憩を取っているという情報をジュンは観察していた。
「萌香さん、少し手伝っていただきたいのですが」
「なんですか?」
ジュンは計画を説明していき、二人はそれを実行することにした。
まずジュンは門番のメイドと距離を詰めようと話し掛けたのだ。
「いつも立ってばかりで大変ね。少しお話でもどうかしら」
「いえ、私は役目がありますので」
「そろそろ三時間に一回の休憩の時間になるのでは?」
「よく知っているんですね」
門番のメイドは落ち着いた口調で穏やかに言う。
「あなたとずっと仲良くなりたいと思っていたのですわよ」
「それはどうも」
話が弾みかけた時を狙って、ジュンは小話に誘い、二人は休憩室に移動して少々の雑談をすることにしたのだ。
気が付けば何気ない会話を十五分もしていた。
ジュンは自分の使命を思い出して、気を引き締める。
これから、門番のメイドの持っているクラブの鍵を奪わないといけないのだ。
あまりにも話が弾んで、その門番のメイドがいい子であったから悪い気がしたが、仕方がない。
「萌香さん、今です」
隠れていた萌香が、休憩室の奥にある檻に門番のメイドを押しやった。
「何をするんですかっ」
門番のメイドは必死に抵抗したが、ジュンと萌香の二人掛かりには到底勝てなく、無理やり檻の中に閉じ込められた。
萌香は一度そこへ閉じ込められたことがあり、そこがあまり目に付かない場所の檻である事を把握済みであった。
門番のメイドから鍵を奪い取った二人は、これで外へ出られるんだと思った。
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