ーージュウサンーー
第29話
マイとメロが店を辞めて以来、ろりぃたいむは再び営業困難となった。躍起になったキイチは営業休止の決断をし、みかこはその報告を受け、ううう、と今にも泣きそうになりながら悲しみを表現していた。
事務所のデスクに腰かけて、ジュンはノートをじっくりと読み返しながら、そろそろ行動を起こすタイミング、と覚悟を決めていた。
ジュンは去年の誕生日に米田から貰った万年筆をペンケースから取り出そうとした。
その万年筆はかなり前の著名な文豪が使っていたという価値のある一本だと米田は言っていたが、米田はどうしてこんな高価値なものを私にくれたのだろうと、ジュンは今更ながら不思議に思いつつも、万年筆を探し続けたが見つからなかった。
ジュンは米田から貰った時の嬉しかった記憶を思い出し、どうしても今、その万年筆を使いたくなってしまったのだ。
ろりぃたいむに忘れてきたのかもしれないと思い、ジュンは一度店へ行ってみることにした。
だが、アキハバラ駅に着いてからジュンは店の鍵を持っていない事に気が付き、どうしようかと迷ったが、店に行ってからキイチに電話でもすればいいと、何となく考えて店へ向かったのである。
「アレ?」
ジュンが店の外観を見て首を捻る。
看板こそは立てられてはいなかったのだが、店の電気が一部付いていたのである。キイチでもいるのだろうかと思い、何も躊躇わずドアノブに手を掛けた。
「お疲れ様です、忘れ物を取りに来ましたの……」
言いながら中へ入ると、そこにはキイチではなく、みかこの姿があった。
みかこはお給仕なんてないのにメイド服を着て、一人でテーブルに突っ伏して項垂れていた。
「みかこさん、どうしていらっしゃるのです?」
ジュンがみかこの元へ行って訊くと、みかこが寂しそうに言った。
「みーんないなくなっちゃったね。お店も出来なくなってご主人様にも会えないし……、にゃんは一人ぼっちになっちゃったのにゃ。このままお店がなくなったら、にゃんの居場所はもう何処にもなくなってしまうのだよ。優しい皆とずっと居たから気づかなかったけど、つらいんだね、生きるのって」
いつもは元気で自由気ままなみかこなのだが、今はかなりの精神的ダメージを負っているようである。
「居場所がないって、みかこさんにはまだ家族や学校があるのではないのですか?」
ジュンが無頓着な質問をし、みかこはまた一つ、悲しい顔をする。
「にゃんに家族なんて言えるものはきっとないのにゃ。それに当たり前なんだけど、にゃんが学校に行って友達ができるなんて言う奇跡もないしね」
ジュンはみかこの言葉を聞いて、何で聞いたのだろうと、自分を責めた。
「すみません……、悪いことを聞いちゃいましたわ」
「いいのにゃーん」
みかこは全然気にしていないよ、という素振りを見せるが、その顔は、泣くのを我慢しているようにも見えてしまった。
ジュンが何も言えずにいると、みかこが語りだした。
「あのね、みかこちゃんね、もう少しで十八歳になっちゃうんだけど、全然大人なんかになりたくないし、何ならもう誕生日なんて来なくてもいいのにって思っているのにゃ。あんならんぼうな人間に、にゃんもいつかはなってしまうのかなって考えると怖くて仕方がなくなってしまうのにゃ。どうしたら大人にならなくて済むのかなー、ねえメグリちゃん何かいい方法はない?」
ジュンは返しに困った。
「そうですわね。どれだけ大人になりたくないと願ったとしても、人間は大人になっていくものですわ。仕方のない、と言ったらまた変ですけど、成長を受け入れるのが人間という生き物なのです」
「ふうん、そうなってしまうのかぁ……、どうしたら子供のままでいられるのかなぁ」
みかこは訳も分からず頷いている。
「それは……、私には答えられませんわ……ね。でも、みかこさんには私がまだいるじゃないですか。お話はいくらでも聞きますし、ね。少しは気持ちも安定するといいのですが」
ジュンが言うと、みかこは優しい目で笑った。
「ありがとう、メグリちゃん」
その日、ジュンは忘れ物の万年筆を見つけ出し、自宅へ戻っていったのだが、電車の中でセンチメンタルなみかこを思い、どうしようもなく心配してしまった。
自宅に入る前に、ジュンは外で電話を掛けた。
「はじめまして」
「……誰だい?」
電話越しからは男の声が聞こえる。幸崎の声であった。
「幸崎さん、私、メグリです。マイさんから聞きましたの」
「メグリちゃんかぁ、話は聞いていたけど、本当に電話が掛かってくるなんて、どうしたの?何か困りごと?」
幸崎は食い入るように聞いてくる。
「お小遣いが貰えると聞いたのですが……本当ですか?」
ジュンは幸崎を試していた。
「うん、大丈夫だよ。いつがいいかな?」
幸崎は慣れた口調で話をする。
ジュンはそれを聞いて僅かに怖気づきそうになったが何とか堪えた。
「……私はいつでも空いていますの」
「それじゃあ、明日の夕方十八時に、ウグイスダニで集合しようか」
幸崎が提案をし、ジュンはそれを受け入れたのだ。
「よろしくお願いします」
ジュンの脳裏に米田の顔がよぎった。こんなことをするなんて米田に悪い、なんて思ったが、これも調査の一部、やらなくてはいけない事となんとか決めてこのまま遂行することにしたのだ。
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