第25話
萌香が幸崎と会うのは今日で七回目だ。
「三宮、こんなの興味ない?」
「なんですか?」
「もっとセックスが気持ちよくなるやつ」
小さな瓶を見せる幸崎。中には水色の液体が入っているのだ。
中身はチョコソースと言う最近、アキハバラの闇市場に出回り始めた薬で、幸崎はそれを今日持ってきていたのである。
チョコソースはコカインや麻薬よりも依存性が低い。中毒になりやすいのは女性の方で、使用した女性は強烈なオーガズム状態が長時間続くような快感を得ることが出来るという。だが、まだ一部の間だけでしか入手することのできないというレアな薬なのだ。
「なんでそんなの持っているんですか、ちょっと怖いです、先生」
「一緒に使えば怖くないだろーよ」
教師の幸崎が薬物を生徒に勧めようとしているというのは恐ろしくあるまじき事案である。
何があっても萌香は断るべきだ。そして今直ぐこの場を去るべきだ。
だが、時すでに遅し、幸崎に快楽を体で覚えさせられた萌香は、もっと、もっと、と更に上の快楽を求めるようになっていたのだ。
「今日だけ、試すだけなら……」
萌香と幸崎はベッドに入ると、やがて野獣のごとく理性を失い狂ったように絡み合った。
まだ数回の性行為とは思えないほど萌香は絶叫するように喘いでいた。
盛大にベッドを濡らして、萌香は知らなかった境地に足を踏み入れてしまったのだ。
我々は危惧した。だが、萌香は欲望のままに動いてしまった。
人間終了のカウントダウンはこのようにして始まっていくのである。
萌香の体内からようやく薬が抜けてきた頃だ。疲れ果ててしまい、萌香は失神していて気が付けばベッドに四時間もいたようである。時刻は午後十時だ。幸崎はまだ目がキマッタ状態でいたが、萌香は正気を取り戻し、さっきまでこの人とエッチをしていたんだ、と思うと怖くなってしまったので、その日は幸崎より先に逃げるようにホテルを出たのだ。
一人きりになり、萌香は快楽に溺れていた自分を客観的に見直して、虚無になった。
何故あんなに狂ったように叫んだのだろう。気持ちいいと叫んでいたのではなくて、落ちていくとこまで落ちる自分に絶望して、それをただただ悲しんで叫んでいたのかな、と考えていた。
イマドキの女の子はこれが日常で普通なのだと思うと、萌香はその場でうずくまり、声を荒げて泣き出したくなった。
誰か助けてください……。
萌香が、小さく願うと、救いのように一本電話が鳴ったのだ。
「もしもし? 萌香さん、今何をしていますの?」
あ……。
電話越しから聞こえてくる丁寧なお嬢様言葉に萌香はどれだけ安心しただろう。
「ウエノに用事があったんです。今はもう帰ってますけど」
「そうなのね。ねえ、ちょっとマイさんとメロさんが二人揃って早退しちゃいましてね、美香子さんと私だけになってしまったのですよ。学生を呼ぶのは悪いのですけどもあまりにも忙しくてですね、お手伝いに今から来れますの?」
「いきます、いきます」
萌香は皆の顔を見てもっと安心したいと思い、即答で答えた。
「助かりますわ、それでは待っていますのでね」
一方的にジュンは電話を切ったが、そのプツンという音がまた悲しくて、萌香は一人ぼっちになったような気分を味わうのであった。
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