第23話
萌香はその日の夕方、ウエノ駅の改札を出た直ぐのみどりの窓口の前で立ちながら、そわそわして知らない男を待っていた。
その男がどんな見た目なのかもどんな性格なのかも全部萌香はわからない。
十分経っても男は来なくて、正直本当に会えるのか心配で怖かったが、やっぱり少し期待して待ってみることにした。
そして、更に五分が過ぎた。帰ろうかと思った。
その時、萌香の前に、らしき人物がやって来たのだ。
「ライチちゃん?」
男が萌香のメイド名を呼ぶ。
返事をして俯いていた顔を上げたが、男の顔を見て、萌香は「え」と声を漏らした。
その男は先生であった。萌香の。萌香の通う定時校の数学の幸崎先生であったのだ。
男も同じく「え」と言った。
「違ったら申し訳ないんだけど……、もしかして、三宮萌香……?」
幸崎が確認するように萌香の顔を覗き込む。
「そうですけど……、先生、どうしてここにいるんですか……」
上げた顔を再び下げて、萌香は焦りながら訊いた。
「どうしてって……、一応……、ね、約束していたから」
幸崎は歯切れ悪く言った。
「それは、ライチとですか……?」
「……うん」
会話がぎこちなくなり、気まずくなってしまった。
「そうですか……、それじゃあ……」
二人の調子が狂う。
だが、この場でだらだらしているわけにもいかないし、ここでやっぱりなかった事にすると言う訳にもいかない。
「あー、もういいや。取り敢えずご飯食べに行かない?」
幸崎がもうどうでもいいやと、吹っ切れたように言い、萌香を誘導しようとした。
「そうですね、お寿司が食べたいです」
萌香も吹っ切れて、自分をノリ気にさせようとする。
二人はチェーン店ではない寿司屋の暖簾をくぐり、個室席へ座った。
萌香が寿司を頬張っている最中、なるようになれ!と幸崎はビールをひたすら飲んでいた。
「ねえ、三宮はさ、何でこんなのしようと思ったんだよ」
勢いよくビールをお替りしすぎたせいで、幸崎は完全に酔っていて言動が大胆になり始めた。
「特に強い理由はないです。強いて言うなら大学に興味があったので」
「大学、ねぇ。そうだよなぁ、学生は考えちゃうよなぁ。それじゃあさぁ、今日もうちょっと頑張ってみるのはどうよ?」
ドンッとビールジョッキをテーブルに置いて、気分よさそうに幸崎が提案をする。
「頑張るってどうしたらいいんですか?」
六皿目の寿司を食べながら訊く。ネタはウニだった。
「そんなのセックスだよ。してくれるなら特別二十くらい出すけど」
幸崎の発言は何の捻りもなかった。それも教師を辞める覚悟ができていたから堂々と言えたことなのだ。
「ワタシ、したことないです」
「本気か? それじゃあ、更に五万追加してもいいよ」
萌香は自分が処女であることをかなり気にしていた。だけど、知らない人にあげるのもなんだか嫌だった。
でも、幸崎は知っている人。別に嫌な感じでもない。このまま幸崎に身を捧げてしまうのか? リスクがあるのは幸崎の方であるが、幸崎は酔っていてそんなことを真面目に考えられなかった。
「ちょっと抵抗あります」
「んー、じゃあもうプラス五万は?」
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