ーーナナーー
第16話
あおいが休む日が続くろりぃたいむと言ったら、メンバーはすっかりだらけてしまい、勤務もお遊び状態となっていた。店をまとめるなんて誰も出来なくて、リーダーシップなあおいその存在がどれだけ重要だったのか、皆が痛感したのであった。
「ねぇー、あおいちゃんいつになったら戻ってくるのかにゃ」
あおいが休んでもう五日が経過した。
「私はその時、休みでしたのであおいさんに何があったのかはわかりませんが、ただの体調不良なのですよね?」
真面目なあおいが急に休みだしたのだから、萌香も少し動揺していて、秩序のなくなったろりぃたいむに違和感を覚えていたのだ。
「例えば感染症なら一週間ほど休むのもあり得ますし、いつも元気でも病はかかってしまうものですから、仕方のないことですわ。戻ってきたらまた調子を戻してお給仕に励むこととしましょう」
あおいの身体の痣は、恐らく薬を塗布したとして一週間もあれば癒えて、一週間もしたら何事もなかったようにまた元気にろりぃたいむに顔を出してくれるのだろうとジュンは何となく思っていた。
リリアが携帯電話を操作しながら嬉しそうに言う。
「わあ、今日ケーシ君来てくれるんだぁ、シャンパン入れてくれるかなぁ」
「ぬぬ?リリアちゃん、お客さんと連絡とってるのかにゃ?」
「しー、キイチさんには内緒にしてよね、お願い。みかこちゃんのほしがってた猫のペンダント買ってあげるからさ」
「ううーん、仕方ないにゃぁ、ねっこーねっこー」
みかこは猫のペンダントと聞いて、気分が上がり、リリアの肩を持つことにした。
勿論、そんな会話が繰り広げられていても萌香とジュンはまだ新人なわけで何も口出しすることはできない。キイチに告げ口すればいいことすらわからない。
時間ぴったりに開店するという事もなくルーズに、十分遅れと気まぐれにろりぃたいむは開店した。
開店二十五分が経過したころ、キイチはまだやってきていなかった。代わりにやって来たのはリリアと連絡を取っていた例のケーシ君とやらであった。
「リリアちゃーん、ちゃんと来たよー」
軽快な入店音と共にやって来た陽気な男。歳は二十八歳くらいとでも言おうか。ドレッドヘアでオーバーなタンクトップにぶかぶかの短パンはバスケ選手を思わせる。それでもケーシ君とやらは柔和な表情をしていたので好印象であった。ケーシ君はカウンター席について、みかこから一杯二百円の癒しウォーター(高い水)を貰って、リリアが来るのを待った。
「ケーシにゃん、今リリアちゃんが来るから待っててにゃぁ~」
砕けた口調でみかこがケーシ君に言い、去っていった。
リリアがやってきて、ケーシ君の向かいに立つ。テーブルに肘をついて甘えた口調で話し始め、いつものぶっきらぼうな口調とは大違いである。
そして、数分話をしてリリアは言った。
「わーシャンパンだ!ありがとうね、私嬉しいよ」
上機嫌で満面の笑みを見せるリリア。
「良いんだけど、また外で会ってくれるんだよね?」
シャンパンを取りに行こうとしたリリアがケーシ君の言葉を聞いて、立ち止まってケーシ君の口を塞いだ。
「しっ、それは今言わない約束、私たちだけの内緒なんだから、ね」
それを見ていた萌香はあまりのスキンシップの多さになんだか違和感を覚えた。
「ジュンさん、あの方とリリアさんは何か関係を持っているのでしょうか」
離れたキッチンの中で萌香とジュンは話をした。
「どうなんでしょうね。昔からの仲だった、とか?いや、単にふと客というだけじゃないですか?」
「でも、ココってスキンシップオッケーでしたっけ?」
もやもやが納まらない萌香が続けて聞く。
「まあ、ココは秩序の欠片もないお店ですのでね、ルールなんてちっとも気にしていないのでしょうね。私たちは新人の身ですし、特に何か言える立場ではないのでどうすることも出来ないのですが。例の事件の真相が掴めましたら素早く撤収することとしましょうね」
ジュンは言った後から誰かに聞かれていないかと心配になったが、再度近くに誰もいないことを確認して、ふぅ、と息を漏らす。
「さて、さぼっているわけにもいかないですので、そろそろ表へ戻りましょうか」
ジュン達は表へ戻って再びご入国されたご主人様らを接客していった。
「ねえ、キイチさんいつ戻ってくるかな、私、今日はケーシ君と抜けたいんだけど」
リリアがみかこに耳打ちをする。
「りょーかいにゃ、キイチさん来たらリリアちゃんは早退したよって言っておくにゃ~」
「助かるー、代わりにケーシ君にみかこのチェキを買わせるから」
「いんせんてぃぶ!」
みかこは謎にそう言って、嬉しそうにワンショットチェキを撮影しに行った。撮ったチェキに「リリアに夢CHUなケーシにゃん」とルンルンでお絵かきをするみかこ。
半ば強引にチェキを渡して満足げな様子である。
キイチがいなかったのでリリアは堂々とケーシ君と一緒に外へ出て行き、それっきり今日は店に戻ってくることはなかった。
その日はケーシ君の他に、新規入国者がいつもより多かったので、残った三人が特に暇になることはなかった。
新規入国者はメイドカフェというものに物珍しさを感じて様々な注文をしてくる。
特に慌てて動いていたのはみかこである。
ドリンクはともかく、フードを作れるのは新人以外のみかこだけだったので、汗を滲ませながら健気に頑張っていた。
そして、何とか今日も店は閉店までこぎつけた。
早朝にバイトを終えて、家に着いて眠るのは午前七時。そんなルーティーンが萌香の中で出来上がっていた。
連日シフトが入っていた萌香は、昼過ぎに目を覚まし、何となくいつも通りの準備をして、多少早めにアキハバラへ足を運ぶことにした。
憧れていた職業の現実を知った萌香にとって、午後三時のアキハバラはもう何でもなくなってしまったのだが、唯一暇をつぶせる保坂の店へ向かうことにした。
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