ーーニーー

第5話

 三日後、ジュンのもとに連絡が届いた。萌香からである。「面接が受かりました」とメッセージが書かれてあった。

 ジュンは「おめでとう」と返して、その勢いで、

「明日暇でしたら、遊びに行きましょうよ」

 と、誘ってみた。

 夕方から用事がある萌香だったが、それまでなら遊んでも大丈夫だったので、二人はこの前話した甘味処でお茶をしに行くことにした。

 待ち合わせはウエノ。

 アキハバラは現在メイドが誘拐されるという謎の事件が相次いでいる、とのこともあってジュンは少し離れたウエノを提案した。

 萌香はそんなにアキハバラを歩く事に抵抗はなかったのだが、気分転換も含めて待ち合わせはウエノで決定した。ウエノにもおいしい甘味処は沢山ある。

 ウエノ公園の近くにある甘味処は昔の趣がある木造の屋敷で、和の暖簾が掛けられてあった。落ち着いた風情が感じられたその店の中は、冷房が効いていてとても涼しい。寧ろココは涼しすぎるかもしれない。

 二人が注文したのは抹茶のかき氷である。白玉とあんこにサクランボがトッピングされていて、写真映えしそうな盛り付けである。

「いただきますわ」

 ジュンがスプーンを手に取り、一口食べる。

「あら、とっても美味しいわ」

 ジュンが喜んでくれたのが嬉しくて、萌香はジュンに対してもう少しフラットに接することが出来るような気がした。なんていうか、もっと砕けた言葉を使ったり、気を使わないで笑ったり、ジュンになら素を見せてもいいと感じた。

「冷たいですね、知覚過敏の私は食べきるのにちょっと時間がかかりそうです」

 頭がキーンと冷えて目を閉じる萌香。

 萌香は冷たいものがそこまで好きではなかったが、暑い日が続いていたので、今日はこの甘味処へ行こうと決めていたのだ。

「萌香さん、わざわざ美味しいところを紹介してくれて感謝しますわ」

 気が付けばジュンはあっという間にかき氷を食べ終えていて、器の中には何も残っていなかった。

 萌香はそれを見て、待たせてしまうのは悪いと思い、勢いでかき氷をかきこんだ。

「――うぅ~……」

「フフフ、そんな急がなくても、ゆっくり食べていて大丈夫ですよ」

「すみません……」

 十分程かけて萌香はかき氷を食べきった。

 二人とも体が冷えたので、今度は外に出て太陽の熱を浴びたくなった。

「お代は私が出しますよ」

 萌香はそう言って伝票をレジに持っていく。

「申し訳ないわね」

 ジュンも財布に手を付けたが、ジュンが小銭を探している間に萌香が会計を済ませていたようで、萌香はレシートを受け取っていた。

「今日は、この前のお洋服を汚してしまったお詫びですので気にしないでください」

 萌香がレシートを財布の中に入れて口を閉じる。

暖簾をくぐって外に出てからジュンは言う。

「それじゃあ、お言葉に甘えておきますわ。ありがとう、ご馳走様ですわ」

 その後、二人は保坂のいるマニア系コスプレショップへ寄ることにした。

 萌香は入荷された新しい衣装を手に入れるため。ジュンはこの前着て帰った衣装のお代を支払うため。

 二人は電車に揺られて二駅先のアキハバラに到着した。

 既にアキハバラのメイドという肩書がある萌香に気を使って、ジュンは萌香から少し離れて歩くようにした。

 そうして、やってきた離れにある電飾屋。ここまで来れば、人も少なくなって二人が並んで歩いても大丈夫そうだった。

「いらっしゃい~」

 二人の用事は二階にあるというのに電飾屋のお兄さんは一応の声掛けをしてくれた。この二人が一階の電飾屋で足を止めることはない、とわかっていたが、お兄さんは落ち着きながら二階へ続く階段を案内してくれた。

 保坂はカウンターに伏せながら居眠りをしていた。

「店長……、店長」

 萌香が声を掛けたおかげで保坂はようやく目を覚ました。

「お、おおう、ちょいと眠っておった。ええと、嬢ちゃんらとは三日ぶりじゃの」

 ジュンはその時、私はもう三十三歳で嬢ちゃんなどではない、と伝えるべきだったのかもしれないが、何故か言うタイミングを逃してしまい、萌香と保坂はジュンはまだ二十代という認識を持っていた。

 もう、ここまで伝えられなかったのであれば、いっそのこと年齢を詐称してしまおうと決めたくもなった。

「新しい衣装届いたんですよね、早く見たいです、見せてください」

 保坂を急かす萌香は興奮を抑えきれずにいた。

「そうじゃの、嬢ちゃんがゲットできるよう奥で取り置きしておったんじゃ、ちょいとお待ちを」

 保坂は奥からビニール袋に包まれた衣装を持ってきた。

「ほい」

「わあ、嬉しい。早速試着してもいいですか?」

 このぴちぴちのメカニカルサイバースク水はたまらなくセクシーで、萌香の性癖にはずんと刺さるものがあるそうだ。

 萌香は試着室の中に入って着替えをする。

 その間にジュンはこの前の代金を保坂に払っておくことにした。

「あれって、いくらでしたの?」

「一万円じゃ」

 予想外に高かったのでジュンは少し驚いた。

 でも、コスプレ衣装とは大体そのくらいの値段はするものだろうとジュンは解釈した。一万円でも安い方で、高ければ三万だってするものもある。素材が違ったり、特殊な作りになっていたり、手間がかかっている分高くなるのは仕方がない。

 保坂に一万円を渡して萌香が試着室のカーテンを開けるのを待った。

 三分後……、萌香の着替えが終わったようだ。

「いつもは慣れているんですけど、なんだか今日は見られるのが恥ずかしいですね……」

 ジュンがいるからだろうか。それとも衣装が予想以上に露出が高くて恥じらっているのだろうか。よくわからないが萌香は赤面していた。

「おおお、似合っておるぞい、わしと一緒にツーショットを……、なんてのは控えておこうか。ロリコン疑惑でもついてしまったら色々厄介じゃからのう。そうとなれば、嬢ちゃんをピンで撮るというのはどうじゃ?あ、これは趣味というより、店のサンプル写真として使いたくてのう」

 保坂はけしてロリコンではないと言い張る。衣装が衣装で、たまたま着用しているのが女子高校生というだけで、着た人が似合っていればそれで充分なのだ。

 なんなら、ジュンが着用していたほうが保坂的には安心であったが、あいにく百八十七センチが着れるような衣装ではなかった。

 衣装のサイズは大きすぎることも小さすぎることもなく萌香はカッコよく着こなしている。

 ジュンは自分が高身長であることを恨みながら、サンプルとして撮られている萌香を羨ましそうに眺めていた。

「ちゃんと撮れてます?」

 いつもは奥手な萌香だが、いざ撮られるとなるとコスプレイヤーの血が騒ぐのか、それなりのポーズを決めていた。背中をそらして脇が見えるように頭上で手を組む萌香に対して、保坂は、「よいぞよいぞ」と褒めちぎりながらシャッターを押していく。

「撮れとるぞい。自分で言うのも変じゃが、わしは結構撮るのが得意でな。ほい、こんな感じじゃよ」

 保坂の撮った写真をジュンと萌香が確認をする。

 自然なポーズで、実物よりもよりセクシーに見えるアングル。背景もいい感じにぼやけていて携帯電話で撮ったのに一眼レフで撮ったような画質で、保坂の腕は確かであった。まあ、最近の携帯電話は高性能で誰でもそれっぽく撮れるのだけど。

「とてもいい感じに撮れているわね」

 私の姿も撮ってほしい、と言いたかったジュンだが、撮ってもらったところでその写真は何にもならないことを痛感して、お願いするのはやめておくことにした。

「これからのメイド活動を応援して、代金は定価一万五千円から十パー引きの一万三千五百円でええぞ」

 まるで祖父が孫の入学祝にランドセルを買ってあげる時みたいな口ぶりだ。だが、保坂は衣装をプレゼントしたわけではなく、ただ値引きをしただけだ。

 それでも、値引きをしてくれただけありがたいと、萌香は何度も礼を言った。

「ありがとうございます、店長」

 萌香はルンルン気分で再び試着室の中へ入っていき、直ぐに私服に着替えて戻ってきた。

 丁寧に畳まれた衣装を保坂に渡して、それを保坂は梱包をしていく。

 萌香はコスプレ衣装を受け取って、取り置きをしてくれていた事と値引きをしてくれた事に感謝して、ジュンと一緒に階段を降りることにした。

「今日はありがとう、とても充実した一日でしたわ」

「こちらこそ、それじゃあ、また今度です」

 二人は解散してお互いの道についた。

 ジュンはアキハバラを出たが、萌香は夕方から、メイドカフェで初のお給仕をする予定であったので、まだアキハバラに残っていた。周辺にトイレがないか探したが、見つからなかったので、仕方なく駅のトイレまで行き、崩れたメイクを直したり、髪の毛を結わえたりして急いで仕事モードに切り替えていった。

 そして、初日から遅刻なんて印象が悪くなることは絶対にしたくないと、不安に思いながら小走りでろりぃたいむへ向かったのだ。

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