第3話
電飾屋の二階はマニア系のコスプレショップであった。
衣装は丁寧に陳列してあるが、ビニールカバーを被ってハンガーに掛けられた衣装はどれも破廉恥な衣装ばかりだ。破廉恥というか……、セクシーというか。ハイレグブルマにチャック付き体操服、学ラン風スクール水着、セーラー風マイクロビキニ、ナース型スクール水着、逆バニー衣装、どれも見たことのない衣装である。あべこべな組み合わせなのにしっかりとした作りになっていて、ごく一般的なコスプレショップでは売ってないものばかりだ。何と言ったらいいか、うん、それは確かにマニア向けのものであり、とても個性的といえる。
「いらっしゃいましぃ」
しゃがれた男の声が聞こえてきて、それに気が付いた米田が、「どうもーぅ米田ですぅ」と幾ばくか声を張った。
しゃがれた声の男が衣装の隙間から顔をのぞかせる。奥にはカウンターがあって、男はその横で気怠そうに椅子に座っていた。
「これはこれは、米田氏よく来てくれたのう、そいで隣におるのは……、ぬぬ? 米田氏の……恋人……とな? となとな?」
男は椅子に座ったまま体を近づけて質問をしてきた。
その男の名前は保坂平治という。米田と保坂は中学からの同級生であり、社会人になってから今でも交流を深めているという数少ない友人の一人なのだ。
「ヘイジ君は何時にも増して調子がよさそうですなぁ。そうですなぁ……この隣にいる方は、ぼ、僕のコ、コ、コココココイビ――」
緊張して声が上ずってしまった米田だが、その言葉をカバーするようにジュンが話をした。
「私、惠谷ジュン、彼の“恋人”ですわ」
自己紹介とともにさらっと米田との関係性を伝えたジュンだが、ちょっとばかし端的過ぎたかもしれない。
まあでも、そのくらいさっぱりしていたほうが惠谷ジュンらしさはある。
米田は汗を拭いて赤面して、何度も頭を掻いて照れた表情を見せる。なんとわかりやすい性格なのだろう。米田が米田っぽいのもいいことである。それは平常運転ということ、いつもと変わらない汗っかきの恥ずかしがりやであるという事に変わりがないという事だ。
「米田氏、取り敢えずこれでも飲んで落ち着くとええ、ほりゃ、彼女の惠谷ジュンさんとやらにもこれをやろうかのぅ」
保坂はカウンターの下にある冷蔵庫から取り出した缶ジュースを二人の手元にひょいと乗せる。炎天下を歩といてきた二人には、そのよく冷えた缶ジュースはオアシスの恵みである。
「おおう、ヘイジ君、ありがたきぃ」
保坂の自由気ままな口調につられて、米田も落ち着きを取り戻し、口調がどんどん崩れていく。
「ありがとうございます」
ジュンも礼を一つ。
「なにもきにせんで、外は暑かろうにわざわざすまんね」
椅子から立ち上がり、カウンターに肘を付けて話す保坂。
「そうじゃ、そこの陰に隠れている嬢ちゃんよ、きみにも冷えたジュースを渡しとこうかのぅ」
保坂がのそのそと歩き店内の端っこに手を伸ばす。よく見たら端っこには一人の少女が小さく丸まってしゃがみ込んでいた。
「一人でかくれんぼなんぞつまらなかろう。こっちへ来るとよい、新しい客も来とる、ほれほれ」
保坂は少女の頭に缶ジュースを乗せて、手招きをしながら少女をおびき寄せていく。
ジュース一本で簡単におびき寄せられた少女が、ジュン達の前にちょこんと姿を現した。
少女はジュースを両手で持ちながら訳も分からずあたふたしている。
「嬢ちゃん、今日は新作の衣装を探しにでもきたのかい?」
保坂の質問にすばやく首を縦に振る少女。
「すまんが、それは入荷がまだでなぁ、わしもメカニカルサバイバースク水の入荷が待ち遠しいのじゃがなあ。うんうん、かて、あと入荷まで二日の辛抱じゃ、あと二日したら嬢ちゃんは立派なぴちぴちでつるつるなサバイバー水着を着用できるというのじゃからのう」
「店長……、勝手に私の性癖を教えないでください……!」
恥ずかしそうに赤面させて怒った表情を見せる少女の名前は三宮萌香という。
「萌香なんてかわいらしい名前でいいわね。私なんかジュンとかいう男みたいな名前ですし、女の子っぽい名前に憧れてしまいますわ」
ジュンが萌香の事を羨ましそうに見つめる。
ジュンもそうだが、萌香もまた整った顔をしている。百五十五センチと一般的な身長だが、素朴ですっぴんでもかわいい田舎娘という感じだ。黒髪のツインテールも一生懸命自分で結わえたものなのだろう。
「あの……私、帰りますよ……」
先ほど、保坂により性癖をバラされたのが相当恥ずかしかったのか、俯いてバッグを背負い帰ろうとする萌香。
「ちょっと待ってくださる?」
それを引き留めるジュン。
「……なんですか……?」
「あの、実は、私もコスプレというものに興味があるのです。聞くと萌香さんはここの常連さんのようじゃないですか。是非、コスプレの作法などを教えていただきたいのですが、お願いできませんでしょうか?」
ジュンが聞くと、萌香は「私が、ですか?」と困った表情を見せる。
「コスプレに作法も何もない気がしますけど……、まあ、まだ暇ですし、良いですけど……」
萌香は渋々といった口調でジュンに付き合うことにした。
ジュンが「それでは、お願いしますわ」と満面の笑みを見せる。
「お二人よ、コスプレの試着なら好きにやっとってよいぞ。わしは米田氏と話でもしておるからのう、終わったら声を掛けておくれ」
保坂はやる気のない声を発して、カウンター横の椅子に座って背伸びをした。
「米田氏、こうやって話すのも久しぶりの事じゃのう」
「相変わらずですなぁ、ヘイジ君は」
米田が缶ジュースを一口飲んで言う。
「ん? これは冷やしあめ?」
よく見たら缶ジュースには三つの飴のイラストがあった。
「そうじゃよ、甘いジュースじゃ」
保坂はごくごくとジュースを飲んで言った。
「それじゃあ、逆にのどが渇いてしまうよぉ。てか、なんでそんな勢いで飲めるん?」
「わしはそれが好きでいつも水のように飲んどるがのう」
「あ、そういえばそうでしたなぁ。ヘイジ君は甘いものが大好物でしたねぇ」
学生時代の保坂を思い出しながら米田は微かなる懐かしさを感じた。
そんな時、保坂の携帯電話から軽快な通知音が鳴った。
それに気が付いた保坂は米田と話をしながら携帯電話を開いた。
「……あ、またじゃ」
保坂が呟く。
「ん? なにかあったん?」
米田が軽い口調で訊ねると保坂は顔をしかめて話し始めた。
「またじゃよ。この辺で多発しとる誘拐事件じゃ。誘拐されとるのは全員アキハバラのメイドらで、今日もまたメイドが一人誘拐されたらしいんじゃ」
保坂は携帯電話の画面に表示されている投稿記事を米田に見せた。
「えぇ、アキハバラって今そんなことが起きているん? でも、誘拐事件が連続しているなら既に警察が動いて対策とかしているんじゃ?」
「それが、この誘拐事件の話はまだ一部のSNSだけでしか広まっていなくてだね。わしはそのSNSのプラットフォームをたまたま覗けているというだけなんじゃ。それに、アキハバラも違法店が増えてきたせいで警察を頼るのを拒んでいる店舗が殆どとな」
米田はもう一回保坂の携帯電話を覗いて、その記事の一文を読み上げた。
「誘拐犯は、また同じ、メッセージカードを、残していった……?」
米田が口をぐにゃっと歪ませる。
それを聞いて、保坂が、そう、と指を差す。
「そうなんじゃよ、そこそこ。このメイドらの失踪が単なる失踪や夜逃げじゃなくて、誘拐事件だと断定できる理由は、その誘拐犯からのメッセージカードが残されているからなのじゃ。残されていなかったら誘拐事件かなんてわからんだろうし、キャストが居なくなった店舗も今以上に対応に困っていたじゃろう。まあ、店舗にとっては失踪の理由が誘拐という事がわかって、見て見ぬふりができるというのもあるがの」
「うぅーん、それだと店舗も店舗ですなぁ。自分のキャストの存在を無視できるっていう店舗は、事件に加担しているといえなくもないんじゃぁ……」
自分の言葉に自信がなかったのか、米田は曖昧に語尾を濁したが、確かに店舗も店舗の事である。
保坂はうんうん、と頷き携帯電話をしまって腕を組んだ。
「世の中はどんどん物騒になっていくのう……、全くもって、世も末じゃ」
二人は、ふむ、と唸り合いながら真剣な面付きでしばらくの間、話をしていた。
「お二方、真面目な顔をして何を話していたのです?」
ジュン達が戻ってきたようだ。
「ああ、ちょっと最近の事件について少しばかり話し込んでおってな……」
「事件?」
ジュンが首を傾げた。
「なんか今、アキハバラは大変なことになってるみたいですよぉ。それも、アキハバラのメイドさんたちが次々と誘拐されているとかなんとかぁ」
米田が言うと、萌香がハッとした表情で呟いた。
「アキハバラメイド誘拐事件……」
保坂が流し目で萌香を見る。
「うぬ、嬢ちゃんも知っとるのかね? まあそうか、嬢ちゃんもアキハバラ民の一人じゃし、さすがに知っとるか」
「勿論、学校も何処も今はそのうわさで持ち切りになっています……。でも……」
萌香が鞄の中をゴソゴソと漁りながら話をした。そして、
「……私、メイドさんになろうかと」
と、萌香はメイドカフェへ提出する書類を堂々と掲げた。
「なんと、それは履歴書かね。ついに働きだすのか。うんうん、学生ながら偉いことじゃ」
保坂は感心しながら萌香の履歴書をまじまじと見た。
「萌香さん、メイドカフェで働くのですか?」
ジュンも萌香の履歴書を覗く。
「あれ、ココって」
ジュンが何かに気が付いたようだ。
「え? ろりぃたいむですけど……、知ってます?」
萌香の履歴書に書かれてあった店舗は、先程ジュン達が声を掛けられたところ、ろりぃたいむであった。
「おお、そこなら、ここへ来る途中声を掛けてもらいましたなぁ」
気づいた米田が思い出しながら言う。
「そうね、通りかかりに可愛らしい女の子がいましたわね、萌香さんもとても可愛いし、きっと直ぐに人気になるのでしょうね」
「……頑張ります……」
萌香は照れながら持っていた履歴書で顔を隠した。
「メイドになるのはええが、十二分に気を付けるんじゃぞ」
なんだか保坂は萌香の父親という感じだ。
萌香はまだ高校生だ。保坂が心配するのも無理もない。
「あ、店長、いただきます」
まだジュースを飲んでいなかった萌香は、のどの渇きを潤そうとプルタブを開ける。
そして、ごくり――……。
「……!?」
ジュースを一口飲んだ萌香は冷やしあめの味に驚いて、反射的に持っていた缶を放り投げてしまった。
「わわっ」
萌香は慌てて声を出したが遅かった。
「きゃっ」
と、ジュンが声をあげる。
投げた缶は向かいにいたジュンの方へ飛んでいき、ジュンの着ていたゴスロリ衣装が盛大に汚れてしまったではないか。
「あっ……あ――」
僅かな空白の時間が流れ、四人は何が起きた?と固まってしまった。
萌香がやってしまった……、と焦っていると、ジュンは話し出した。
「……あ、大丈夫ですの?萌香さん、飲んだジュースが不味かったのかしら?」
ジュンにとって今日は大切なデートであって、着てきた服だって特別気合を入れて選んだ服なのに。それでも、ジュンは気にしていない素振りで、第一に萌香の心配をしたのだ。
「ご、ごめんなさい! あの、服、汚しちゃって……あ、え、ど、どうしよう……、あの、本当、すみません、弁償しますので!」
萌香は慌てて謝罪をしたが、ジュンは「別にいいのよ」と落ち着いて言った。
「ありゃあ、とんだハプニングじゃ」
保坂はカウンターの下から布の切れ端を取り出してジュンに渡す。なぜそんなところに布があったのかはわからないが、これで汚れた衣装を少しだけきれいにすることが出来た。
「どうしてもシミは残っちゃいますわね」
「あの、本当に……」
萌香は申し訳なさそうに俯いている。
「そんなに気にしないでいいのよ、そんなことより萌香さん、そうですわ。連絡先を交換しましょうよ」
ジュンがパンと手をたたいて提案をした。
「へ? 連絡先ですか?」
交換する必要がわからない萌香。
「ええ、ハプニングの弁償の代わりと言っては何ですけど、私とお友達になってほしいのですよ」
ジュンは清々しい笑みを見せる。誰の心でも打ち抜きそうなその笑顔。優しい目は三日月のように曲線を描いて、そこから僅かに見える瞳の光。
「わかりました。それじゃあ、お洋服を汚してしまったお詫びに、美味しい甘味処を紹介したいのですけど……、今度一緒に行きませんか?」
萌香が携帯電話を操作して、その店のホームページをジュンに見せた。
「いいわね。是非、行きましょう」
会話を弾ませながら二人は連絡先を交換した。
「ジュンさん、この服どうしましょうかぁ」
米田が汚れたスカートの裾を両手で持ち上げ心配している。
「私は別にこのまま帰っても構わないですけど……」
一方、ジュンはそこまで気にしていないようだ。
「米田氏の彼女さん、なんなら、ココにある服を着て帰ってもええが、どうじゃ?」
「え?いいんですか? でも……」
「今日のお代はツケにしておくぞい」
保坂は能天気に自分の頭をぽりぽりと掻く。
「それじゃあ……」
ジュンが本気で真剣に悩み始めると、米田が「本気ですか?」と小さく声を掛けた。
「ええ、さっき見てましたけど、ココは案外可愛らしい服が多かったのよね。まあ、少し露出は多めだったけど、私は気にしませんし、寧ろ新しい服を着れるのならば気分も上がるし、是非、といったところですわ」
輝かしい瞳を見せて、結構乗り気なジュン。
「ジュンさんがいいなら僕がそれ以上言うことは何もないですけどぉ、まあ、結局何を着ても似合っちゃうんだろうけどぉ……」
別に自分が着て帰るわけでもないのに、米田は渋々といった感じだ。
それは、店に置いてある服は全部露出が高いものばかりだからだ。ジュンが変な男に声を掛けられたり、手を出されたり、誘拐されたりしないか……、などと米田も色々思うことが多くて、ジュンが露出の高い衣装を着て帰るのが心配なのだろう。
ジュンにとっての唯一の恋人であるのだから、その彼女の安全を第一に気を遣うのも当然のことである。
「似合う衣装一緒に選びますよ」
「楽しそうね、とびきり可愛いのを選びましょう」
萌香とジュンは衣装を選びに再び奥へと隠れていった。
米田は保坂と小話をしながら待っていたが、内心、気が気でなかった。
何とか気を紛らわそうと保坂と雑談をしているうちに、ジュンは着替えが終わったようで、セクシーなサイバーメイドの服を試着して戻ってきた。
「どうかしら?」
エナメル質のぴちぴちとした生地で胸元や太ももなどが大胆に見えている衣装を着てもジュンには恥じらいというものは生まれなかった。
「いや、すごい似合っているんですけど……、これで帰るんですかぁ……?」
ジュンの着ている衣装は米田には少し刺激的過ぎた。
「ダメかしら?」
整った顔のジュンが米田を見つめて聞いた。
「いやいや、良いんですけどぉ……、ちょっと心配ですなぁ」
目のやりどころに困っている米田。
「そんなに心配なら米田氏が家まで送ってやればええじゃないか」
保坂が米田に言う。
「そうですなぁ、確かに、僕がジュンさんの家まで送ってあげれば何も心配することはないですなぁ、それじゃあ……、ジュンさん、いいですかぁ?」
「よねくんが家まで送ってくれるの? 全然構わないですけど……、それなら久しぶりに美能さんたちにも会ってみるのはどうでしょう?」
美能というのは、ジュンを探偵の道へ導いてくれた先輩である。美能はティファというアンドロイドと共にいつも行動していて、そこにジュンもいたが、最近はジュンが独断で行動をすることも増えてきたのだ。
本当に会うとなれば、米田は美能たちと会うのは三年ぶりの事となる。
「懐かしい名前ですなぁ、美能さんにもティファさんにも是非会ってみたいところですなぁ」
ジュンが汚れた服を鞄に詰めながら言う。
「それではそろそろ帰りましょうか」
「そうですなぁ、ヘイジ君、今日はどうもでしたぁ」
萌香はまだ店にいるようで保坂と一緒に階段先まで見送ってくれた。
帰り際ジュンは萌香の耳に囁いた。
「萌香さん、メイドカフェでのバイト頑張ってくださいね。それと、何かあったらいつでも相談に乗りますわよ。私は探偵ですからね」
ジュンはその時初めて探偵を名乗った。
去り際に後付けのように、さらっと。
外へ出て直ぐに米田は、灼熱太陽のせいか体質のせいか、一瞬にして汗だくになっていて、ぜーぜーと苦しそうな息をあげながらジュンをエスコートした。
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