第55話 嫌よ嫌よも好きのうち?

「よぉ、さくら、ちゃんと俺見えたか?」

 ジャンが上機嫌で特別観覧席へと入ってくる。

「ジャン! クロードが教えてくれたから見えたよ! 裁きの雷見たかったって言ってたくせに、ジャンが裁きの雷みたいだったよ!」


「だーっはっは。そうだろそうだろ~。ギリギリ狙ってみたけどあいつしぶとく生きてやがったから俺勝てたわ~」

「ほらな」

 と、クロード。ホントに万が一死んでもいいやって思ってたんだ……。


 満足そうに笑うジャンの側で、マルクス様は「勘弁してくれ……」と大きなため息をついていた。マルクス様、心中お察しします。


 ジャンは特別観覧席から身を乗り出して見ている私を抱きしめるように背後に立ち、私の頭に顎を置いてきた。

「ちょ、まさかそれで見るの!?」

「なぁ、さくらー。惚れた?」

 ジャンはボソッとそう耳打ちしてくる。

「こ、こんな時に何言ってんの!?」

「今夜、抱かせてくれるか?」

「だ、ダメです!」

「くぁ~っ、まだダメか……」

 ジャンは私の頭に顎を乗せたまま脱力した。


 何だろう、聞かれずにそのままベッドに押し倒されたらきっと私、その気になっちゃうと思うんだけど、ジャンって意外にそういうことしそうでしないんだよね。

 嫌よ嫌よも何とやらって言葉、知らないのかな。


 あくまでも私の同意が欲しいってことなんだ。そんなの、レオンもジェイミもいるのにOKできる訳ないじゃん。私今3股みたいになっちゃってるんだから……。まぁ、誰とも恋人って訳でもないけど。


 そんなことを考えていると、グリードが担架に乗せられて運ばれていく。残った魚4兄弟は焦ったような表情で何かの打ち合わせをしていた。


 ふいに、リュカが私とジャンの隣へ並ぶ。

「ジャン……あの、ありがと」

 リュカはモジモジしながらそう言った。

「おうよ!」

 ジャンはニッと笑う。こういうところ裏表無くて好きなんだよな……。


「あのさ、いつもすぐ嫌いって言ってごめん……」

 確かにリュカはすぐジャンの事を嫌い嫌い言ってる。でもそれは、さっきも言ったような気がするけど嫌よ嫌よも何とやらってやつでは?


「あぁ? んなこと言ってたか? まぁだとしても、マジで嫌いって思って言ってたんじゃねーだろ?」

 ジャンはそう言ってわっはっはと笑う。


 その笑い声にかき消されるくらいの小さな声で「マジで嫌いって思って言ってたんだけど……」ってリュカが言っているのが私の耳に入ってしまった。

 私、猫なんで耳良いんですよ……。リュカの嫌よ嫌よは好きのうちではなかったか……。

 よし、聞こえなかったことにしておこう。


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