第19話 天然たらし鬼

 ある日の午後。私が猫の姿でバルコニーで日向ぼっこをしていると、家の中からめちゃんこいい匂いが漂ってくる。

 さすが猫、鼻が良くて家の中の匂いまで分かる。


 今日は誰が休みだっけ……ルシオだ!

 何してるんだろう、見に行ってみよう。


 私は窓についている猫専用出入り口から中へ入り、階段を駆け下りる。


 そしてキッチンのカウンターへ飛び乗ると、ルシオがエプロンをしてオーブンから何かを取り出していた。


「あっ、さくらだー。今ちょうどクッキーが焼けたよ」

 ルシオはそう言ってオーブンからクッキングシートを皿へとずらす。


 私は首輪のようについている獣石へ自身の魔力を込めて、人間の姿へと変化した。


「すごい美味しそう!」

「あはは、獣石はもう慣れたみたいだね」

 ルシオはそう言ってにっこりと微笑む。


「うん、おかげさまで。これで無意識に変身しちゃうことはなさそう」

「良かったよかった」


「そのクッキーなんで焼いてるの?」

「何でって……さくらはクッキー嫌い?」


「ううん、大好き!」

「良かったぁ。君に食べて欲しくて焼いたんだ」

 ルシオはそう言ってとびっきりの笑顔を見せた。


 えええ、そんなセリフそんな笑顔で何の躊躇ちゅうちょもなく言うの!?


「私のために……? 食べていいの?」

「まだちょっと熱いけど、1枚味見してみて、はい」


「あっ、ありがとう」

 私は早速味見する。


「ん~! 美味しい! 紅茶味だ!」


「わぁ、良かった。君のそんな笑顔が見れたなら頑張って作ったかいがあったよ」


「っ!」

 私はその乙女ゲームでしか聞かないようなセリフにクッキーの粉を変なところに吸い込んでしまい、口を閉じて静かにむせる。


「あっ、さくら大丈夫? 待ってて今水用意するから」


 ルシオが急いで入れてくれた水を飲んで生き返る私。

「ごめん……ありがとう」

「ううん、全然」


 それからルシオはコーヒーを淹れてくれて、2人で美味しいクッキーを堪能する。


「ルシオって優しいよね」

「え、そうかなぁ? この家の他の人たちが怖すぎるんじゃない?」

「そ、そんなことないと思うけど……」


「まぁでも俺昔からよく言われたんだ。オーガのくせに弱虫……とか、背、低い、とか……」

「オーガ? オーガ族ってこと? え、それで背低いの?」

 180cmくらいはあると思うけど……。


「そうだよ。そっか、さくら種族のこと全然知らないんだっけ。俺みたいに頭から2本の鬼の角が生えてるのはオーガ族。成人男性のオーガの平均身長は2mくらいあるんだ」


「ええ!? 2mはちょっと大きすぎるかな……ルシオくらいがちょうどいいよ」


 私がそう言うとルシオは嬉しそうに笑った。

「本当に? そんなこと言ってくれたのさくらが初めてだよ」

「そうなんだ……オーガ族の世界もなかなか厳しいんだね……でもここではオーガはルシオだけだし、気にしなくていいんじゃない?」


「ありがとうさくら……。君は良い子だなぁ」

 ルシオはそう言って私の頭を撫でてきた。

「!? ちょ、ルシオ……!」

 私は顔がボンッと熱くなる。


「あっ、ごめん。こんな女の子に気安く触っちゃだめか」

 彼は慌てて手を引っ込めた。


「ごめん……私耐性無くて……。男性とあんまり話したことなかったから……」

「ええ、そうなんだ。でもジャンとかはかなり打ち解けてるみたいだけど……」


「ジャン……結構強引だし、猫の扱いよく分かってるから……」

「あー、なら俺もそうしよ。俺良いの買ってきたんだった。ちょっと待ってて」


 ルシオは2階へ上がってすぐにまた降りてきた。


「ただいま。さくら猫になってこっちおいで」

「うん? 分かった」


 ルシオに言われるがままに猫になり、ソファに座った彼の膝で伏せをする。

 もうこの時点で幸せですな。


「俺が買ってきたのはこれ」

 彼がそう言って見せてきたのは、猫用のブラシだった。

 それで背中を撫でられると、まるでマッサージをされているような心地よさが猫の私を襲った。


「んにゃ~……」

 気持ち良くて思わず声が出る。


「あはは、いいでしょ、これ。さくら猫のとき毛づくろいしてるところ見たことがないから、俺がこれで毎日綺麗にしてあげるよ」


「ふにゃ~……」

 私はその天然たらし鬼にされるがままになり、そのまま夢の中へと入っていった。

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