第17話 クロードの観察日記

 私はクロード・エルセイジ。遠い島のエルフの王国『エルセイジ王国』の第三王子だ。


 私は王族としての知識、魔道士としての知識は身につけたが、女性に対する知識が全く無かった。


 そのため父上に女性に対する教養を学んで来いと言われ、古くに交流のあったこのブライリアント王国を訪ねることとなった。


 この国は貴族という身分がなく、取り決めは全て一般国民によって選ばれた一般国民らが会議を行うという変わった国だ。

 国王はまるで国民のパシリのように、国のため日々奔走しているそうだ。


 ここでなら貴族にはない教養を身につけることができ、私の王族としての資質も格段にアップするだろうと期待していた。


 しかし、ここの国王であるマルクス陛下が紹介してくださったのは、男だけのクランであった。

 このクランはどうやら私のような訳ありの外国貴族が多いらしく、まずはこいつらと仲良くなれとのことだった。



 そんな調子ではいつまで経っても女性に対する教養が身につかないではないか、と思っていたところへ、さくらと言う女性が現れた。


 私もこれでようやく女性というものを知ることができる!

 そう思ったのだが、さくらはなんと異世界人でヴァーデルンのような能力を持っていた。

 そんな私の研究欲を駆り立てるような女性では、正直性別よりも能力の方が気になってしまう。


 現に私はドワーフの知り合いを訪ねて、獣石じゅうせきの取得に成功した。

 これに猫のときのさくらの魔力を込めればさくらは人間の状態を維持できるのか……。


 楽しみで仕方がない!


 早く試したくてしょうがない!



 しかし先日、ジャンからあることを聞いた。

 彼は意外に猫に詳しく、彼の話は私の知識欲を大いに刺激した。


 そんな彼から聞いた話は、猫へのスキンシップの方法だった。


 その名も『猫吸い』


 これは猫の腹部へと顔を埋めてスーハーすることで、猫の良さを顔全体で味わうというスキンシップ法だ。


 果たしてどう良いのか。獣石を使う前に、まずはそれを試してみようと思う。



 今日10日は皆揃って休みの日。毎月ゼロのつく日は仕事を休もうと皆で決めているのだ。


 さくらは一体どこにいるんだ。


 私がリビングを訪れると、ジャンが床にあぐらをかいて、自分の羽根をひらひらさせていた。

 それを猫のさくらが必死になって追いかけ回している。なるほど、そんなスキンシップの取り方もあるのだな。


 ダイニングでは、それをレオンが少しうずうずしながら見ていた。彼もやりたいなら素直にそう言えばいいものを。なぜ彼はこうもシャイなのか。



「さくら、少し良いか」

 私がそう話しかけると、猫のさくらは羽根を咥えながらこちらを向いた。


「お、どしたクロード」

 ジャンはそう言ってさくらへ羽根を押し付ける。


「獣石を手に入れたんだが、その前にジャンがこの前教えてくれたスキンシップ法を試したい」


「おっ、猫吸いか! いいぜやってみろよ!」

 ジャンはそう言ってなぜかニヤニヤしている。


「ぐるにゃ……」

 さくらは遊び疲れたようで、床にぺたんと伏せていた。これはチャンスだ。


「ではさくら、失礼する」

「ぎにゃ!?」


 私はさくらを仰向けにすると、その腹部へと顔を埋めた。


 レオンが机をバンと叩いて立ち上がる音が聞こえたが、そんなのどうでも良くなるくらいに顔全体がもふっとした毛に包まれてなんとも言えない心地良さを感じた。


「スーハースーハー……」

 私はさくらの腹を吸ってみる。なんだか甘い香りがするような気がする。


 私が猫吸いを堪能していると、ジャンが何やらさくらにコソッと耳打ちしていた。

「もふ子、ちょっとでいいから人間のお前がそうされてるところ、想像してみろよ」


「ぎにゃ!? ……ひぃぃぃぃっ!?」


 ん、なんだ? もふっとした感触が今度は弾力のある餅のような感触に……。


「む、なんだこれは」

 私は気付くと人間のさくらの胸元に顔を埋めて彼女の胸を鷲掴みにしていた。


「てめぇざけんじゃねぇぞド変態野郎!」


 レオンの怒号が聞こえ顔を上げると、私は頬に彼の渾身の右ストレートを食らってソファへ殴り飛ばされた。


「ぃっ……!」


 なんだ? 飛ばされた場所がソファじゃなかったら私、死んでなかったか?


「てめぇまたなんか企みやがったなクソ野郎が……!」

「だーっはっはっは! 別に俺ぁなんもしてねーって!」

 私は朦朧とした意識の中身体を起こすと、レオンとジャンがいがみ合っていた。


「何事!? って、さくらどうしたの!?」

 リビングへと駆け込んできたジェイミが床を見て顔を真っ青にしている。


 私も床を見てみると、さくらが顔を真っ赤にして気を失っていた。


「あっ、まさかレオン! 次は“床ドン”したんじゃない!? さっきバンって音聞こえてきた!」

 ジェイミは何やら勘違いをしている。床ドンの意味は分からないが、さっきのバンっは机を叩く音だ。


「俺じゃねぇよ! クロードが!」

「クロードが床ドンなんかする訳ないでしょ!? って、クロードほっぺどうしたの! 鼻血出てるし……!」

「これは……レオンに……」

「レオン!? まさかかばったクロードを殴ったの!?」

「てめぇはなんでどうしても俺を悪者にしたいんだよ!」

「だーっはっはっは! こりゃもう収拾つかねぇな!」



 この後、起き上がったさくらがジェイミに猫吸いのことを暴露し、私はジェイミにこっぴどく叱られた。


 女性の扱いとは、どうしてこうも難しいのか。


 だが、獣石を渡したときさくらにはものすごく感謝され、その時の彼女の笑顔がなぜだか今も脳裏に焼き付いている。

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