第16話 猫の本能

 翌日。家事を一通り済ませて、クエストに行く人たちを見送ると、私は猫の姿になってバルコニーで寝転がっていた。


「んにゃぁ~……」


 あぁ~、今日めちゃくちゃ天気良くて猫の身体でのお昼寝最高!


 私は、ゴロゴロしながら、この世界に来る直前に次元の狭間で言ったことを思い出した。



⸺⸺猫のように誰かの家に居候しながら毎日ゴロゴロして、キュンキュンする日々⸺⸺



 今まさにそれでは!?


 まだここに来て3日目だというのに、早くも願いが叶ってしまったよ。


 家のことのお手伝いはしないとだけど、イケメンたちのためだと思うと進んでやりたくなるくらいだから全然問題ない。


 それに家事手伝いをしていれば、クラン運営のサポートという形で私にもお給料が入るらしく、OLから一変。最高の転職である。



 ただ耐性がなさすぎて気絶しちゃうのだけがちょっとな~。

 毎日キュンキュンしてたら耐性つくのかな。



 そんなことを考えていると、視界が急にジャンの顔でいっぱいになった。


「もふ子はっけーん」

「ぎにゃっ!?」


 私が逃げる間もなくジャンは私の顎を指先でさすってくる。


「んにゃぁ~……」

 ふわぁ……そこ気持ち良い~!

 私は思わず、うーっと伸びをする。


「はっはっは。ここ気持ち良いだろ? 俺結構猫のこと詳しいんだよな~」

 ジャンはそう言って自慢気に笑う。


 そう言えば、最初に猫の私がメスだって気付いたのもジャンだ。


 彼が私の側にあぐらをかいて座ると、背中についている大きな鳥の翼がバルコニーの床について折れ曲がってしまっていた。


 そしてその先を見ていると、羽根の1枚1枚が風に揺られてふさっふさっと動いており、猫の状態の私はたまらなくなり思いっきり飛びかかった。


「にゃぁっ!」

「うおっ!」


 そして羽根の1枚をしつこく猫パンチをしまくる。

 にゃんだこれは衝動が抑えられにゃい!


 自分の翼に飛びついてじゃれている私を見て、ジャンは大笑いしていた。


「だっはっは。魅惑の羽根だな。この羽根がいいのか? おらよ、それやるよ」

 ジャンはそう言って私がじゃれていたその羽根をむしり取った。


 そしてその羽根をひらひらさせながら膝の上へと誘導される。


「ほらほら、欲しいか?」


 私はコクコクとうなずく。


「なら、ここで人になってくれよ」

「ぎにゃ!?」


「俺もレオンみたいにやってみてぇんだよ。真っ裸じゃねぇんだからいいだろ? ほれほれ、欲しいだろ~」


 うわぁ~、欲しい! あの羽根……欲しい!


 私は猫の本能に勝てずに、ジャンの膝の上で彼の方を向いて人の姿になった。


「うおおお! たまんねぇっ!」

「ふぇぇ……私、なんで羽根なんかのためにこんなこと……」


 大興奮するジャンとは正反対に、猫の本能から解放された私を待っていたのは、ただの羞恥心しゅうちしんだった。


「おらよ、約束だからな」


 ジャンはそう言って私の髪の毛にアクセサリーの様に羽根を突き刺した。


「そう言えば……ジャンは鳥の種族なの?」

 私は髪に刺された羽根を触りながら問う。


「んだな。“プラム族”って言うんだ。男も女も見た目はあんま変わんねぇけど、羽根の質感や模様なんかはプラムの中でも多種多様だぜ」


「へぇぇ、ジャンのは……結構しっかりしてて、髪と同じ焦げ茶で、たかって感じがするなぁ」


 私がそう言うとジャンは明らかに嬉しそうな表情を見せた。


「さくらお前、分かってんじゃねーか! プラムの野郎にとって“鷹”は最高の褒め言葉なんだぜ?」


「え、そうなんだ……あ、もふ子じゃなくなった……」


「ん、猫のときはもふ子。“ぼいん”の時はさくらってすることにした」

「ぼいんって言い方やめて!」


 私がそうツッコむとジャンは満足そうに笑っていた。


「よし、鷹なんて言われちゃぁもう抱くしかねぇなぁ……」

 ジャンはそう言ってニヤニヤする。


「ええっ!?」


 だ、抱く!? 私はその瞬間、話に夢中で忘れていた、自分の現状を思い出す。


 今私は、ジャンの膝の上で彼の方を向いていて、腰にはちゃっかり彼の腕が回されている。そして彼の“抱く”発言。


「ふぇぇぇ……む、むりぃ……」

「うおっ!」


 私は彼の胸板にもたれかかるように気を失った。


「こいつ……沸騰して気絶しやがった……! 抱くって言っただけだぞ……。マジか……抱けるようになるまでめっちゃ時間かかりそうだぜ……」


 ジャンははぁっとため息をついた。

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