第6章【1】

 翌朝。ロザナンドの朝食を運んで来たヘルカとともにアニタが寝室を訪れた。何かを案じているような表情だ。

「殿下、今日も王都へ行かれるのですよね」

「そうだね」

「せめて私だけでも同行させていただけませんか?」

 勇者パーティとともに聖なる武具を集めに行くことは、アニタとシェルにも報告してある。人間が「魔王を倒すための武具」を手に入れることを案じているのだろう。

「大丈夫だよ。アニタには父を見張っていてもらわないと」

「勇者たちが罠にかけようとしているのではありませんか?」

「僕がそれで倒されると思う? 僕の能力値は知っているでしょ?」

「ですが……」

「ユトリロもいるんだし、二対七なら余裕だよ」

「アニタは心配性ですから」ヘルカが言う。「普段はクールぶっているのに。殿下なら何も心配はいらないわ」

 アニタはまだ心配そうな表情をしているが、人間が七人掛かりでもロザナンドの能力には届かないことはアニタも知っている。ユトリロですら勇者に負けることはないだろう。聖なる武具については未知数だが、自分やユトリロ、他の五人が勇者パーティに負ける未来はロザナンドには視えていない。その気配すらないのだから、案ずる必要はないだろう。


 ロザナンドはユトリロの転移魔法で再びマダム・キリィの酒場の裏に降り立った。表に回ると、すでに勇者パーティの七人の姿がある。それぞれ武具を揃え、戦地に赴く準備は万端のようだ。

 簡単な挨拶のあと、ロザナンドはロレッタに問いかけた。

「まずはどこに行くのかな」

「ウォルターの村にある『フィルの泉』という場所に『新緑の杖』があるはずです。魔法使い用の武具ですね。まずはそれを手に入れます」

「そう」

「行きましょう。そろそろ乗り合い馬車が来るはずです」

 意気揚々と歩き出そうとした七人を、ロザナンドは面食らいつつ制止した。

「馬車で行くの?」

「歩いては行けません。馬車で二十分かかってしまいますから」

「誰も転移魔法を使えないのですか」

 半ば呆れつつ言うユトリロに、七人は口を噤んでしまう。この様子だと、魔法使いのフローラすら転移魔法を持っていないらしい。

「……連れて行こうか?」

 ロザナンドは苦笑いを浮かべる。こんなことで手を貸すとは思っていなかったが、ロザナンドにはのんびり馬車に乗っている時間はない。武具を集めるためだけの旅だったとしても、移動時間は短縮するに限る。

「どうやら」エアリスが言う。「確かに実力差が顕著のようだ」

「人間はもともと魔法を使えない種族でしたから」と、ユトリロ。「魔法の文明は遅れているでしょう」

「じゃ、転移魔法、お願いしまーす」

 バートが警戒心のない微笑みで言う。それに対して厳しい表情になるのはやはりアルトだった。

「どこに連れて行かれるかわからないよ」

「これだけ実力差があるのだから、どこかへ連れ込む必要はないだろう」

 生真面目に言うバルバナーシュに、アルトは唇を尖らせる。まだロザナンドとユトリロに対する警戒は解けていないようだ。

「彼の言う通りだよ」ロザナンドは言う。「いまここでだって、僕はきみたちを滅ぼせるんだから」

 ロザナンドには、七人だけでなく、この場で街を滅ぼすことも容易いと考えている。いまの七人にそれを止めることは不可能だろう。

 アルトは依然として納得がいかない様子だったが、ロザナンドは転移魔法を発動する。一瞬の浮遊感のあと、彼らが着地したのは美しい森の中だった。木漏れ日が風に揺れる光景は幻想的だが、あちらこちらから魔物の気配がした。

「ねえ、魔物って倒してもいいの?」

 遠慮がちに言うフローラに、ロザナンドは怪訝に首を傾げる。

「どういうこと?」

「魔物って魔族と一緒なんじゃないの?」

「あんな下等な生物と一緒にしないでくれ。魔族と魔物はまったくの別物だ。人間と野犬と同じようなものだよ。好きなだけ倒していい」

「そう。わかったわ」

 人間は兎角、魔族と魔物を同一視しがちだ。それは魔族にとって不名誉極まりないことである。いくら魔物を倒そうとも、魔族には一切も関係ない。魔物にかける情を持たないのは、魔族も同じことである。

 バートがポケットラットをテイムすると、戦いが始まった。勇者パーティの名は伊達ではなく、七人は出現する魔物を難なく討伐していく。低級の魔物に猛攻を止めるだけの力はなかった。

「ロザナンドとユトリロは最後まで見学になりそうだな」

 剣についた魔物の血を払ったエリアスが得意げに言うと、ロレッタが眉を吊り上げる。

「調子に乗らないで。私たちは転移魔法すら使えないんだから。また何か力を借りることがあるかもしれないわ」

「まあ、それはそうだが……」

「それに、種族が違うと言っても彼らは私たちより身分がはるかに上よ。失礼な態度を取らないで」

「わかったって。悪かったよ」

 押されるエリアスに苦笑しつつ、ロザナンドは肩をすくめた。

「別に構わないよ。人間に敬われたって気持ち悪いだけだ」

「ほらな」

 また明るく笑うエリアスの頬を、厳しい表情のロレッタがつねる。悪かったよ、とエリアスはまた苦笑いを浮かべた。

 その光景を眺めながら、なるほど、とロザナンドは考える。真面目な少女と態度の軽い少年で良いカップリングだ。しかし、幼馴染みというわかりやすい設定だが、決して王道ではなかった。

 しばらく進んだ先に、見上げるほど背が高く古い大木が待ち受けている。ただの老木に見えるそれに七人が瞬時にそれぞれの武器を手に取ったとき、木目が黒く広がっていき、それは目と口になった。大木の魔物「エルナルラ」だ。

 木のツルが迫ると、開幕にフローラが火球でそれを焼き切る。バルバナーシュが地を蹴った瞬間に伸ばされたツルは、イディの風刃が薙ぎ払った。バルバナーシュの鋭い一閃が木皮に叩き込まれるが、その表皮は硬く、剣は深くまで抉ることはできなかった。その隙を狙った攻撃は、エリアスの剣戟により撃墜する。最後のツルをアルトが薙ぎ払ったとき、ロレッタが地を蹴った。

「エリアス!」

「ああ!」

 ロレッタの呼びかけに応えたエリアスが、大きく剣を振り下ろす。切先から放たれた波動に合わせ、ロレッタが高く剣を振りかざした。波動とともに威力が増大した一撃が、エルナルラの幹を薙ぎ倒す。地に崩れた大木は、葉を撒き散らして動かなくなった。

(連携も取れているし、悪くない。けど……これでは、魔王には及ばないな)

 ロザナンドが冷静に眺める中、残った根にロレッタが駆け寄った。それに続いたフローラが、わあ、と手を叩く。

「やった! これでもっと派手に戦えるわ!」

 フローラが根から引き抜いたのは、緑色の宝石が埋め込まれた杖だった。彼らの目的としていた「新緑の杖」だ。ロザナンドの目から見ても、

「ねえ、試してもいいかしら」

 瞳を輝かせながら、フローラがロザナンドを振り向く。能力値の高い魔族であるロザナンドは、お誂え向きの練習台だ。

「フローラ! 失礼よ!」

「別にいいよ。僕もきみたちの実力を見ておきたい」

 ロレッタは案ずる表情をしているが、フローラは意気揚々と杖を振りかざす。先ほどより威力の上がった火球がロザナンドに降り注いだ。しかし、ロザナンドが軽く手で払うと、彼に届く前に火球は塵のように消えていった。余裕の表情を浮かべるロザナンドに、ちぇ、とフローラは唇を尖らせる。

「やっぱりそもそもの能力が全然、違うんだわ。けっこう渾身の力だったんだけどな〜」

「満足したかな」

「ええ。ありがとう」

「それじゃ、他の大型の魔物が寄って来る前に街へ帰ろう」

 この奥に進めば美しい「フィルの泉」が広がっているだろうが、彼らは観光に来たわけではない。勇者パーティの七人も特に興味はない様子だ。ロザナンドは先に転移魔法を七人にかける。彼らは街へ帰るが、ロザナンドとユトリロは街へ寄る必要はない。まっすぐ宮廷に帰るだけだ。

 ロザナンドとユトリロが宮廷に降り立つと、シェルとアニタが出迎えた。

「おかえりなさいませ」アニタが安堵の表情を浮かべる。「いかがでしたか?」

「七人とも人間の能力値としては高いけど、魔族には遠く及ばないね。残念ながら『聖なる力』は使っていなかったな。使う必要のない戦いではあったけど」

 ロザナンドとしては「聖なる力」の効力を確かめておきたかった。ただの魔物戦で使おうものなら、魔王には到底、届かないのだが。

「迷宮としては低級でしたから」ユトリロが言う。「あれで全力ではないはずです」

「そうでないと困るね。宮廷では何か動きはあった?」

「特に、ご報告するようなことは何も」と、シェル。「魔王陛下もいまのところ、殿下のご報告をお待ちになられているご様子です」

「ですが……」アニタが硬い表情になる。「痺れを切らせるのも時間の問題、といったところでしょうか」

「そう。あと1週間はもってほしいところだけど……」

「なんとか私どもが誤魔化してみます」

 シェルは真剣な表情をしているが、自信はないようだ、とロザナンドは考える。そもそも一介の神官に魔王が誤魔化されるとは思えない。それはユトリロとアニタもわかっているが、彼らはそれでも“誤魔化す”しかないのだ。ロザナンドの目標はまだ達成されない。それまで彼らは、耐えなければならないのだ。




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