第2章【3】

「ラーシュとニクラスの様子を見に行こう。騎士団の訓練の視察も兼ねて」

「はい」

 ラーシュとニクラスにはそれぞれ監視をつけているが、ロザナンドが直接に様子を伺うのも重要になる。ついでに騎士団の鍛錬を見学すれば、勇者パーティに対抗し得る戦力を身につけているか判断することもできる。対抗できないと判断すれば、訓練を強化する必要がある。そのための視察だ。

 騎士団の訓練場は宮廷の裏にあり、騎士団の規模に合わせてそれなりの広さを確保している。それでも、ロザナンドが訪れたことですぐに視線を集めた。

「ロザナンド殿下」

 部下の訓練をつけていたラーシュが駆け寄って来る。ロザナンドが訓練場に来ることはほとんどないため、騎士たちは物珍しそうにロザナンドを見ていた。

「宮廷魔法使いもいるようだね」

「はい。対魔法戦を強化しています。魔術師と魔法使いが多いので、対策が必要です」

「宮廷魔法使いも強化しているんだろうね」

「はい。ですが、宮廷魔法使いだけで対処できるとは思えません。宮廷騎士の鍛錬も欠かせません」

「そうだね。きっとその判断は正しいと証明されるよ」

 勇者パーティが七人というのは少々多いようにロザナンドには感じられる。好感度の最も高い攻略対象が同行することは容易に想像できるが、攻略対象が全員ついて来ることは特殊なように思えた。

 そのとき、訓練場に続くドアが乱暴に開かれた。

「伝令――!」

 焦燥感を湛えた声に、騎士たちの空気がピリと痺れる。

「南のアルヴィドの自警団が人間の襲撃を受けている! 即刻、援護に向かえ!」

 騎士たちが慌ただしく動き出した。南のアルヴィドは規模の小さな町で、自警団だけでは襲撃に対応しきれない。

「ラーシュ、きみの隊を招集しろ。僕とともに戦える者を」

「はっ。集合!」

 ラーシュの号令に合わせ、数人の騎士が彼のもとへ集まる。隊としては小規模だが、精鋭たちであろう。

「しかし、殿下がお出にならずとも……」

「人間の能力を見る良い機会だよ。僕たちは先に向かう」

 ロザナンドは自分とユトリロに転移魔法をかける。これだけ宮廷魔法使いが揃えば、騎士隊もすぐに駆けつけることができるだろう。



   *  *  *



 アルヴィドに降り立つと、民が悲鳴を上げながら避難所に向かっている。自警団の者が誘導しているようだが、民は完全に混乱に陥っていた。

 ロザナンドの目の前で子どもが足をもつれさせて転ぶ。ロザナンドはそれを起こして背中を叩き、誘導していた団員に駆け寄った。

「ロザナンド殿下!?」

「襲撃はどこだ」

「西門です!」

「民の避難を急げ。賊は僕たちに任せろ」

「はっ!」

 ロザナンドの登場に目を剥いた団員だったが、いまは民の避難が最優先だ。駆け出すロザナンドとユトリロを見送り、すぐ誘導に戻って行った。

 西門に向かっている途中、不穏な足音がふたりの耳に届く。それぞれ武器を手にした質素な装備の六人が、卑しい笑みを浮かべている。その装備は荒れており、ただの賊であることが一目瞭然だった。

「なんだァ? お前らが俺らの相手をしてくれんのか?」

「はは、こいつぁいい。捕らえて魔王軍の情報を引き出せば王宮に売れるぜ」

 この先で、傷付いた自警団員が助けを待っているのだろう。自警団員では鍛錬が足りなかったようだ。

 ロザナンドは眼帯を外し、静かに瞼を下ろす。左目の奥に浮かんだものは、六人の能力値をはっきりと映し出した。透視耐性を持っていないことは明らかで、正確な情報として信用できるだろう。

「……なるほど。どれほどの手練れが攻めて来たと思ったが……残念だ。勇者軍の能力には遠く及ばない。捕らえたとしても、なんの得にもならないな」

 挑発的に言うロザナンドに、男たちの表情が崩れる。自警団員を戦闘不能に追い込んだことで、魔族の能力を過小評価しているようだ。

 そこに、ようやくラーシュと騎士隊が到着する。ニクラスの姿もあり、完全武装の騎士隊に、賊は怯んだ様子だった。

「くれぐれも殺さないように」ロザナンドは言う。「生きて連行する」

「はっ!」

 ロザナンドは伝達魔法で騎士たちに賊の能力値を伝える。戦力差が歴然であることは、彼らにも容易にわかるだろう。

 それからはあっという間だった。騎士隊にとって賊の捕獲は赤子の手を捻るようなもので、賊の六人は無傷のまま拘束された。

「俺たちも捕らえても意味はないぜ」

 悔しそうな、それでいて怯えた表情で賊が言う。この期に及んで言い逃れとは、実に醜いものである。

「ここで逃せば、こちらの情報が人間側に渡る」ロザナンドは冷えた声で言う。「ここで殺せば、魔族が加害者になる。ここで生きて捕らえたとしても、魔族の国でも無事でいられると保証したわけではないよ」

 男たちの顔が青褪める。この先のことは容易に想像できるだろう。

 ロザナンドは小さく息をつき、眼帯を左目に装着した。これ以上の情報は意味を為さない。千里眼を働かせるだけ魔力の無駄というものだろう。

「連れて行け」

 ロザナンドが冷たく言い放つと、ニクラス率いる騎士隊は転移魔法で賊を連れて行く。この先、魔族の国の宮廷で自分たちがどういう目に遭うか、想像を絶することがないといいのだが。

「自警団は経験値の差が出たな」

 つくづくと呟くロザナンドに、ラーシュは険しい表情で頷いた。伝令が届くのがもう少し遅ければ、民にも被害が及んでいたことだろう。

「護衛官を置くことも検討しよう」

「承知いたしました」

 ラーシュが重々しく頷く。護衛官は宮廷騎士団の管轄だ。ラーシュとニクラスに任せておけば、優秀な護衛官を選別してくれることだろう。

「やつらがここに攻め込んだ時点でどれだけの情報が向こうに流れたかはわからない。警戒を強めるよう手配してくれ」

「承知いたしました」

 後始末をラーシュとニクラスに任せ、ロザナンドとユトリロは転移魔法で宮廷に戻る。この先のことはロザナンドが関与する必要はないだろう。

「勇者選抜の最中に攻め込んで来るとは、少々せっかちが過ぎるように思えますね」

 呆れたように言うユトリロに、ロザナンドは小さく頷いた。

「情報目当てに先手を打つつもりだったんだろうけど、見立てが甘かったね。魔族を舐めているようだ」

 あの六人の認識が人間の総意なのだとすれば、魔族の戦力を随分と見誤っている。そうでないことを祈るばかりだ。

「ロザナンド殿下」

 呼びかける声に振り向くと、ニクラスがふたりのもとに駆け寄って来る。六人の捕縛が終わったようだ。

「賊は牢屋に入れました。ロザナンド殿下、見事な采配でした」

「采配? 僕は何もしていないよ」

 目を細めるロザナンドに、ニクラスは薄く微笑む。

「殿下の伝達がなければ、あれほど簡単に捕らえることはできなかったでしょう」

「だとしたら実力不足のようだね。あの程度の人間も制圧できないなんて」

 制圧は簡単なことであっただろうが、無傷で捕らえることは不可能だったかもしれない。ロザナンドが能力値を伝達したことでそれが可能になったのだが、この先には勇者との戦いが待ち受けている。正確に能力値を見抜くことも必要になってくるだろう。

「申し訳ありません。訓練を強化します」

「それと、人間の国と隣接する町に護衛官か騎士隊を配備すること。これはきっかけに過ぎないかもしれない」

 実力としては圧倒的に不足しているとしか言えないが、先鋒である可能性は否めない。それについては後々自白するだろう。それにより戦術を練ることも可能である。先鋒である可能性は限りなく低いとロザナンドは思っているのだが。

「二度と人間の侵入を許さないこと。それができなければ、勇者に勝利するなんて夢のまた夢だ」

「仰せのままに」

 ニクラスは硬い表情で辞儀をする。この先、人間の侵入を防ぐ責任がラーシュとニクラスに生じた。少しも手を抜くことは許されないのだ。

「これから人間が攻め込んで来る可能性はあるのでしょうか」

 ユトリロの問いに、ロザナンドは肩をすくめた。

「僕は未来がはっきり見えるわけではないけど、可能性は低くないだろうね」

「あの六人は先鋒か捨て駒か……。どちらにせよ、人間に先手を取られる形となりましたね」

「実に嘆かわしいね。もしかしたら、情報戦では向こうに分があるのかもしれない」

 魔族の陣営の中で最も実力が低いことを見越して狙ったのだとすれば、ある程度の情報は漏れているのかもしれない。アニタの隠密が人間の侵入を防いではいるが、完全に阻止できるというわけではない。守りをより強固なものにする必要はあるだろう。

「あ、そうだ。良いこと思いついた」

 手を叩くロザナンドに、ユトリロとニクラスは揃って首を傾げる。我ながら名案を思いついたのではないかとロザナンドは思う。






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