第4章 クラリスと生徒会の仕事【2】
それから数日、僕はクラリスから仕事を教わった。クラリスが担っているのは会計業務で、学園生活の予算を管理する仕事だ。特に難しいことはなく、数値と計算さえ間違えなければ大きな失敗をすることはなさそうだ。
アラベルはなんだかんらエゼリィと上手くやっているらしい。エゼリィは少し怖いが親切で丁寧に教えてくれる、とアラベルは言っていた。誰にでもつんけんするような意地の悪い少女ではないようだ。
暫定ヒロインのリーネも、なんだかんだでしっかり仕事をしているらしい。お前と違って真面目だ、とジークハイドが言っていた。それはそうでしょうね、と僕は答えた。僕は不真面目が過ぎた。その分を取り戻さなければ。
「明日から魔法実習の授業が本格的に再開されますが、調子はいかがですか?」
確認のためにレイデンに書類を渡して手が空いたとき、クラリスが穏やかな笑みで僕に問いかけた。
「どうかな。真面目にやろうとは思ってるけど」
「よかったら私になんでも訊いてください。ラゼル様なら、その能力をなんにでも役立てることができますわ」
クラリスは僕の能力を認めてくれているらしい。元来のラゼルはとても高い能力を誇っており、クラリスはそれを知っているのかもしれない。
エゼリィはまだ警戒している様子だが、クラリスは本心から言ってくれているようだ。悪役令息である僕と親しくしようとしてくれているのだろうか。そもそも悪役令息ということは知らないわけだけど。前期のラゼルを見ても仲良くしようとは思えないだろうが、何か思うところがあるみたいだ。
「やっほー、おふたりさん。調子はどう?」
マチルダが声をかけて来た。全員のサポートをウィロルとともに担っているため、こうして度々様子を見に来てくれるのだ。
「もう誰もラゼルを不真面目だなんて言えないわね」
「僕の不真面目さはそんなに知れ渡っているんだ」
苦笑する僕に、マチルダは薄く笑って肩をすくめる。
「なにせ、魔法実習の授業に来たことが一度もないんだから。それは当然よ」
「はは……そっか……」
「忘れているだろうけれど、私も同じ班よ。他の生徒がどう思うかはわからないけど、私は楽しくやっていきたいと思っているわ。優秀な人間が素養を伸ばさないのは勿体無いから」
元来のラゼルは高い能力を誇っている。マチルダとしては、それを活かさずサボっていたことが気になっているようだ。確かに、有能な人がその能力を活用せずボイコットしていたら勿体無いかもしれない。まだ若いため、素養は伸ばそうと思えばいくらでも伸びるだろう。サボり魔のラゼルに、周囲にはやきもきする人もいたのかもしれない。
「知らないかもしれないけど、オーズマン家はいまの宮廷に宰相として仕えているの。ラゼルには国の役に立つと思える素養を感じるわ。これからどれだけ伸びるか楽しみよ」
「ご期待に沿えるよう頑張るよ」
ラゼルの素養はいまの僕にも適用されるはず。僕もこの体に慣れて伸ばそうと思えばいくらでも伸びるはずだ。あとは僕のやる気次第、といったところかな。
「リーネさん、聞いてますの?」
エゼリィの声が聞こえて振り向くと、リーネが慌てて視線を手元に戻す。いまはエゼリィとアラベルも一緒に仕事をしているようだ。リーネはおそらく、僕のことを気にしている。なぜラゼルに固執しているのだろう。何が目的なのかよくわからない。
* * *
学生寮はふたりで一部屋で、僕はアラベルと同室になった。学年が違うが、親族同士が考慮されるらしい。兄弟姉妹は他の生徒も同室になっているはずだ。ただ、男子寮と女子寮が分かれているため、男女のきょうだいは別室になっているだろう。
僕がアラベルをいじめないようにと、ジークハイドが監視のために部屋に来ていることが多い。同室はウィロルらしい。
夕食から戻ってのんびりしているとき、僕はアラベルに訊いた。
「リーネはなぜ僕を気にしているんだろう」
「うーん……。よくわからないけど、リーネは入学当初からラゼルに強い興味を持っていたみたいなんだ。ラゼルは不思議な雰囲気があるし、気になっているのかもしれないね。同じ平民出身だし」
入学当初からというのがやはり気になる。これまでの周囲の人の話から察するに、ラゼルは他者が興味を惹かれるほど授業に参加していなかった。そもそも学年が違うから、共同の授業はそれほど多くない。それでもラゼルに関心を持っているのは、やはりリーネが僕を隠し攻略対象だと知っている可能性が高いということなのだろうか。
「アラベルはリーネのことをどう思う?」
「良い子だと思うよ。優しいし、人柄も良いし……。成績も優秀だよ」
「ふむ……。兄さんはどう思いますか?」
「お前と似た雰囲気を感じるな。猫を被っていると言えばわかりやすいか。表面上では笑っているが、心の中で何を考えているかはよくわからない」
さすがジークハイドは鋭い。リーネが普通の少女ではないことをすでに見抜いているらしい。僕に似ているということは、やはり転生者の可能性が高いということなのだろうか。
「裏があると思っておいて間違いはないだろうな」
「そこまでですか……」
「お前と接していることで、そういった勘がよく働くようになった。悪い人間ではないだろうが、何か目的があってお前に接触しているはずだ」
ジークハイドがそこまで言うなら、きっとその通りなのだろう。本人が言うように、きっと彼の勘は鋭い。リーネ・トライトンの内心を見抜いているのかもしれない。
「お前は平民出身といえど、いまはキールストラ公爵家の一員だ。警戒しておけ」
「わかりました」
警戒なんて言うと少し大袈裟かもしれないが、そういう心持ちでいたほうがいいのは確かのようだ。リーネがなんの目的で僕と親睦を深めようとしているかわからない以上、警戒するに越したことはない。
* * *
魔法実習の授業のため演習場に向かうと、マチルダとクラリスが僕を待っていた。班はこの三人だけのようだ。
「おっ、来たね」マチルダが笑う。「来なかったらどうしようかと思ってたよ」
「一緒に頑張りましょうね」
「うん、よろしく。ウィロルは一緒じゃないんだね」
「双子って似たような魔法を使うから。同じ班にいてもつまらないでしょ」
「なるほど」
魔法実習の授業は単純で、魔法を使って班のメンバー同士で評価し合う。たまに講師が様子を見に来て、いくつか助言をする。そうやって魔法の技術を磨いていくための授業だ。
僕の魔法を見たクラリスが、うーん、と首を傾げた。
「少し魔力放出の出力が高いようですわ」
「なかなか調整が上手くならないんだ」
「ふむ……」
少しだけ考え込むように口を閉じたあと、クラリスはおもむろに僕の腕を伸ばし肩に手を触れる。小さな手のひらから、魔力が腕に流れ込むのを感じた。
「指先に向かって出力が抑制されていくのを感じてください」
腕に流れる魔力に意識を集中させ感覚を研ぎ澄ませると、その動きがなんとなく感じ取れるようになる。指先に向かうに連れ細くなっていく魔力が、腕を伝って僕の体に刻み込まれた。
クラリスが手を離すので、いまの感覚を忘れないうちにと僕は的に向かう。的に目掛けて放った氷槍は的を吹き飛ばした。しかし、大破することなく原型を保ったままだった。いままでで一番に上手くいったようで、クラリスとマチルダが僕に拍手を送る。
「ありがとう、クラリス。こんなに上手くいったのは初めてだよ」
「お役に立ててなによりですわ」
「この調子で練習すれば」と、マチルダ。「どんな魔法でも上手くできるだろうね」
「クラリスに教わったら、ジークハイド兄さんに教わったときより上達するかもしれない」
クラリスは優しく微笑む。僕の助けになったことを誇らしく思っているような笑顔だ。
それにしても、クラリスはなぜ僕に好意的なんだろう。マチルダは友人として接してくれるけど、好意的かと言うとそこまで踏み込んで来るようなことはないように思う。クラリスは打算的という気配もないし、僕の役に立てたことを心から喜んでいる。ラゼルが前期までどんな接し方をしていたのかはわからないが、アラベルの様子を見るに、ある程度は悪役令息していたらしい。エゼリィはいまだに警戒しているようだし、クラリスもラゼルからはそういった気配を感じ取っていたはず。ジークハイドとリーネ以外はラゼルの本性に気付いていないという可能性も捨てきれないと言えばそうだ。けれど、ラゼルの悪を感じているからこそエゼリィは警戒しているはず。クラリスがそれに気付いていない可能性は低いだろう。なんにしても、仲良くしてくれるならそれに越したことはない。このまま良好な関係を築いていきたい。
* * *
生徒会室に行くと、珍しくクラリスの姿しかなかった。
「あら、ラゼル様。ごきげんよう」
「やあ。ひとりなの?」
「早く来すぎたようですわ」
確かに、時計を見ると活動開始時間より少しだけ早い。僕も早く来てしまったようだ。僕たちしかいない静かな生徒会室は、どこか寂れた雰囲気を感じた。
「この書類を一緒に片付けていただけますか?」
「わかった」
クラリスの斜交いの机に腰を下ろして書類を広げる。いつも通り会計の仕事だった。僕の通っていた学校では、こういった仕事は先生たちの仕事ではなかったかと思う。生徒会という自治組織が確立していると、学校の経営に関することにも着手するようだ。
「僕は生徒会の役に立てているかな」
ふと思い立って僕は言った。クラリスは顔を上げ、優しさに満ちた瞳で微笑んだ。
「充分すぎるほどですわ。とても真剣に仕事に取り組んでくださっているのですもの」
僕は僕で、生徒会の仕事を楽しんでいる面もある。前世では生徒会なんて雲の上の存在だったから、そこに至れたことが少し嬉しかった。
「ラゼル様を見ていると、私も頑張らないといけないと思うんです。ラゼル様が頑張れば頑張るほど私も頑張れる……。それにより、私の能力が伸びるかもしれません」
「そっか。僕もクラリスのおかげで魔法の能力が上がるかもしれないし、良い相互効果だね」
「光栄ですわ。私でも誰かの役に立てるなんて、とても誇らしいです」
なんとなく、クラリスはアラベルと似ているような気がした。誰かの役に立ちたいが自信がなかった、というような雰囲気だ。だから僕に好意的なのかもしれない。僕が頼ることで自信を身に付けることに役立つなら、僕にとっても喜ばしいことだ。クラリスとはきっと、互いを高め合えるような気がする。
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