第5章 生真面目なジェマ【1】

 生徒会入りして数週もすれば、生徒会室にいることにも馴染んできた。自分が生徒会の一員であるという自覚も芽生えて、仕事にも慣れてスムーズにこなすこともできるようになると、楽しいとすら思えてくるから不思議だ。前世だったら何もかもに怯んでいたことだろう。器が違うだけで気持ちも変わるのだから面白い。

 新しい仕事はウィロルも参加することになっている。クラリスを待ちながら、僕はウィロルと打ち合わせをしていた。

「ラゼル」

 呼びかける声に顔を上げると、ジェマ・ローダンが僕を覗き込んだ。うむ、美男である。

「クラリスとの仕事はどうだ?」

「とてもやりやすいよ。親切にしてくれるし、説明もわかりやすいし」

「そうか。クラリスは元々、きみに苦手意識を持っているようだったんだ」

 なんとなくそんな気はしていた。クラリスは気が弱そうに見えるし、ラゼルは内面に狂気性を滲ませている。クラリスのような繊細な少女が苦手意識を持つのは致し方ないことだろう。

 それにしても、苦手意識を持っていたことを本人にはっきりと言うとは。生真面目な人はとことん生真面目なんだな。

「それが休暇明けになって印象が変わったようでな。いまは平然としているだろ?」

「そうだね。普通に接してもらってるよ」

「それに関しては僕も同意見だ。いまはきみに教えることを楽しんでいるように見える」

 ジェマの言うように、クラリスはいつも楽しそうだ。僕が楽しく思えてきているのも、クラリスの影響かもしれない。クラリスが楽しみながら教えているから、教わっている僕も楽しい気分になるということだ。

「クラリスは引っ込み思案で消極的だ。人に対して積極的になっているのは初めて見たよ」

「そう……」

「何か心変わりがあったのか?」

 クラリスにも同じことを訊かれた。やはり夏季休暇前のラゼルと僕は別物の人間になったらしい。

「強いて言うなら、自分の愚行を見直した、ってところかな。特に深い意味はないけど」

「そうか。生徒会に尽力してくれるなら、その心変わりは大歓迎だ」

 ジェマは生真面目で、人の言葉をそのまま受け入れて疑うことはないようだ。嘘をついたわけではないが、あの悪役令息のラゼルが急に心変わりしたことに疑問を持っていないらしい。その辺りはクラリスの感覚を信用しているのかもしれない。クラリスが信用するなら信用する、といったところだろうか。

「そういえば」ウィロルが言う。「ジェマさ、リーネちゃんに魔法実習の講師役を頼まれてたよね」

「ああ、そうだな」

「講師役?」

 首を傾げた僕に、そう、とウィロルが頷く。

「魔法実習の授業では、一年生が三年生に講師役……アドバイザーみたいなものかな、を頼むことができるんだ。実際の講師より能力値が近いから助言しやすい、といった理由でね。三年生は講師役になれば成績に実績が加算されるから、得なことなんだよね」

「へえ……。リーネがジェマに……」

「本当はきみに頼みたかっただろうな」と、ジェマ。「きみに強い興味を惹かれているようだし」

 ウィロルも同意するように頷いた。リーネが僕に興味を持っていることは、誰の目から見ても明らからしい。

「ラゼルは二年生だからね」と、ウィロル。「レイデン殿下にお願いするわけにはいかないし」

「なるほど。それなら確かに、ジェマが頼みやすいのかもしれないね。ジークハイド兄さんは怖いし」

「はは、言えてる」

 理屈はわかるが、リーネはあえてジェマを選んだのだろうか。僕が三年生だったら僕を指名していただろうが、そうでなければ特に頼む必要はないはずだ。ここいらでジェマの好感度も上げとくか、といったプレイヤー視点を感じる。

「でも、レイデン殿下も珍しくリーネちゃんを気にかけているよ」

「珍しく?」

「うん。レイデン殿下は誰にでも分け隔てなく接するから、ひとりを特別に気にかけることは滅多にないんだ。エゼリィ嬢からしたら面白くないかもね」

 そこはやはりヒロイン補正なのだろうか。乙女ゲームでは、攻略対象がヒロインを気にかけなければ話が進まない。リーネがレイデンに対してどんな態度で接しているのかはわからないが、いまのところは生徒会長として周囲から浮いているリーネを気にかけている、というところだろうか。

 リーネがジークハイドとアラベルのことをどう考えているかはわからないが、レイデンに気にかけられている上で僕に接触しつつジェマを講師役に選んだとしたら、僕を含めた逆ハーレムエンドを狙っている、ということも考えられるのだろうか。そんなことが可能だとすれば、随分と贅沢なエンディングだ。それに、転生者でなければ思い付かないだろう。

 なんとかリーネが転生者だと確かめる機会があるといいんだけど……。僕のことは気付かれないようにできると尚良い。駆け引きは苦手なほうだけど、何か策を練らなければ。



   *  *  *



 魔法実習の授業では、リーネの班にジェマが講師役で加わった。本職は騎士のはずだが、魔法の能力にも長けているらしい。リーネはその自由奔放な言動のせいで周囲から顰蹙ひんしゅくを買っているのかもしれない。班の他のメンバーも、少し居辛そうにしているように見えた。

「お兄様が個人の練習を見て差し上げるなんて、珍しいこともあるのですね」

 クラリスがしみじみと呟く。最も近くでジェマを見て来た妹のクラリスが言うなら、本当に珍しいことなのだろう。

「随分とリーネさんを気にかけてらっしゃるようですね」

「リーネはなぜそんなに気にかけられているんだろう」

 僕がそう問いかけると、マチルダが肩をすくめた。

「光の魔法を持つ平民なんて特殊中の特殊だからね。周りから浮くし、いじめにも遭いやすい。生徒会メンバーとして見逃せないんだろうね。当のリーネがああして自重しないんだけど。目立つよねえ」

「ですが……」と、クラリス。「リーネさんには、レイデン殿下とお兄様が引き寄せられる不思議な雰囲気を感じます」

「そうだね。魅惑の魔法を使ってるんじゃないかって疑ってしまうくらいにね」

 それは少々不穏な言葉だった。どんな相手でも魅了してしまう魔法で、本来のヒロインなら使う必要のない手段だ。

「その可能性はあり得ると思う? 僕はそれを感じたことはないと思うけど……」

「実際には使っていないと思いますわ」

「レイデン殿下とジェマがかかるはずがないしね〜」

「そうなの?」

「はい。おふたりとも魅惑耐性をお持ちです。上に立つ者として、それにかかるわけにはいきませんから。リーネさんも、そこまで悪い人とは思えません。純粋なお方であることは確かでしょうから」

 妹からそんな話を聞いたこともない。妹はオタクであるからして、ヒロインが魅惑の魔法を使えるなんてチートとも言える要素を無視するはずがない。オタクはチートが好き。絶対にそう。

 それにしても、クラリスも見れば見るほどヒロイン然としている。まず可愛らしい。とにかく優しくて良い子。穏やかながら茶目っ気を見せることもある。僕が攻略対象だったらクラリスを選ぶね。……ちょっと気持ち悪いな僕。

 もしかしてクラリスがヒロインなのかな。攻略対象の妹という禁断の愛を好む乙女がいることも確かだ。けれど、そんなある意味で胸熱なルートで妹が黙っているはずがない。一般的な乙女ゲームで実の兄妹の禁断の愛、という少々特殊なルートがあるとも思えない。クラリスはジェマルートのライバルキャラといったところだろう。

 ただ単に僕に怯えなくなっただけだ。ラゼルの中にある暗いものに気付いていたんだろう。ヒロインが要注意人物であることは確かだが、友達ができたのはよかった。僕はあまり社交的な人間ではないから、好意的に接してくれる存在は貴重だ。ラゼルの本性がすっかり消え去っているといいのだけれど。



   *  *  *



 休日の僕は、寮の部屋でアラベルとジークハイドと過ごすことが多かった。王立魔道学院の図書館も素晴らしい宝庫だけど、兄弟と過ごす時間も大切にしないといけない。

 王立魔道学院は自助自立を育てる校風で、使用人たちが校内に入って来ることはない。そのため、いつも紅茶を淹れてくれるのはアラベルだった。入学前にメイソンから淹れ方を習ったらしく、腕前はなかなかのものだ。

 そうしてのんびりしていると、僕のところに報せ鳥が届いた。その内容を確認した僕は、思わず眉をひそめる。

「どうしたの? 何かあった?」

「ううん。リーネから一緒に魔法の練習をしないかって誘いが来たんだ」

 僕はそう答えながら、魔法によって報せ鳥を作る。それを窓の外に飛ばし、また椅子に戻った。

「断るの? 一緒に練習したらいいのに」

「うーん……」

「リーネを避けているのか?」

「避けているわけではありませんが……僕に接近して来る理由がわからないので」

「うーん」今度はアラベルが首を傾げる。「友達になりたいんじゃないのかなあ」

「それはそうかもしれないけど……」

 本当にただ友達になりたいだけなら心から謝罪したい。勝手に警戒して勝手に距離を取っていただけになる。リーネがなんの下心もない純粋な友情を求めているなら、本当に申し訳ない。けれど、器がラゼルになったからか、なんとなくリーネからはそれだけではない気配を感じる。転生者だからこそ、あんな自由奔放に振る舞っているのではないかと思う。

「似た者同士、何か感じるものがあるんじゃないか?」ジークハイドは肩をすくめる。「目的が不明なのは確かだ」

「そうかな……」と、アラベル。「友達になりたいと思っているのも確かなような気がするけど……」

「こんなやつと友達になりたいと思う人間がいるか?」

 ジークハイドが僕を指差すので、僕とアラベルは揃って苦笑いを浮かべた。ラゼルの本性に気付いていたジークハイドは、いまだ僕に多少なりとも警戒しているようだ。

「兄さんはラゼルに厳しいね。仲良くなりたいと思うけどな」

暢気のんきなやつだ」

 呆れたように溜め息混じりに言うジークハイドに、アラベルは困ったように笑う。

 ジークハイドとアラベルは、まだそこまでリーネに接近されていないように思う。レイデンは自ら気にかけ、ジェマにはそれとなく近付いている。顕著に接触を図られているのは僕だけのようだ。ラゼルを含めた逆ハーレムルートを狙っていると仮定すると、ラゼルを落としてから、という順序立てをしているのかもしれない。そのほうが後々スムーズになるだろう。ヒロイン補正があれば、きっとレイデンやジェマを落とすことも容易い。そうなれば、ジークハイドとアラベルも陥落すると思われる。言い方は悪いが、ラゼルを落とせばあとはどうとでもできる、といった具合ではないだろうか。というのも、僕の想像でしかないが。できるだけ接触は減らしたいが、もし僕と同じ転生者なら早めに確かめなければならない。仕掛け時を慎重に見極めなければ。





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