第4章 クラリスと生徒会の仕事【1】
新学期が始まって数日後。僕はアラベルとともに生徒会室に向かっていた。生徒会入りが決まり、その説明会のような場に参加することになっている。アラベルは少し緊張した様子だった。
「僕、上手くやっていけるかな……」
「大丈夫だよ。僕も一緒にいるし」
「うん……そうだね。頑張るよ」
アラベルは自信がないようだが、やる気がないわけではない。むしろ気力は僕よりあるはずだ。アラベル自身も高い能力を持っていることに間違いはないが、自信のなさが下方修正してしまっているように感じられる。とは言え、自信はつけようと思ってつけられるものではない。これは生徒会の仕事を着実にこなして行くしかないだろう。
生徒会室を訪れると、すでにリーネ・トライトンの姿があった。彼女も生徒会入りが決まったらしい。
室内には他に、ジークハイドとふたりの男子生徒、ふたりの女子生徒が待ち受けていた。
「三人とも、よく来てくれたね」
優しい声が言う。この眩いほど輝く笑みの持ち主は、レイデン・スルトレート王太子だ。美しい金髪と青い瞳が高貴さを醸し出し、いかにも王子様という雰囲気である。
「生徒会は生徒の学園生活を管理し、風紀を正すのが仕事だ。模範的な学生を目指してくれ」
レイデンがちらりと横目で僕を見遣る。模範的の正反対を行くラゼルには警戒しているようだ。
「では、生徒会メンバーを紹介するよ。私はレイデン・スルトレート。生徒会長を務めている。彼は二年のジェマ・ローダン。僕の護衛騎士だ」
レイデンの紹介で、そばにいた茶髪の男子生徒が軽く会釈する。軽く釣り上がった眉が凛々しく、紫色の瞳が生真面目さを表している。ジェマ・ローダンも攻略対象のひとりで、通常ルートではジェマルートが一番に好きだと妹が熱く語っていた。
「彼女は二年のエゼリィ・ノーウェー侯爵令嬢。僕の婚約者だ」
エゼリィ・ノーウェー嬢は気の強そうな表情で、探るように僕たちを眺めている。敵か味方か見極めているような緑色の瞳に、プラチナブロンドのウェーブのかかった長髪が、取っ付きにくさのようなものを感じた。
「彼女は一年のクラリス・ローダン。ジェマの妹だ」
クラリス嬢は紫色の瞳を細めて優しく微笑む。ジェマとは対照的な柔和な雰囲気が感じられた。長い茶髪を浅葱色のリボンでまとめているのが可愛らしさを演出している。
「彼は二年のウィロル・オーズマン。それから彼女は二年のマチルダ・オーズマン。双子だ」
「よろしく」
ウィロルとマチルダの声が重なる。男女の違いがあるため顔立ちの雰囲気は違うが、湛えた笑みの穏やかさがよく似ていた。ウィロルは赤茶色の髪を短く整え清潔に、マチルダは同じ色の長髪をポニーテールにしている。生徒会メンバーで最も取っ付きやすいのはこの双子のようだ。
リーネに対してジークハイドとアラベルも紹介されたが、僕が聞く必要はないため適当に流した。
乙女ゲームの面で考えると、エゼリィが悪役令嬢に当たる登場人物だと思う。だが、悪役は悪役令息であるラゼル・キールストラ。エゼリィはせいぜいライバルキャラといったところだろうか。
ジェマの婚約者がいないような気がする。記憶は定かではないが、確か婚約者がいたはず。まだ婚約していないのだろうか。
ウィロルとマチルダについては、本当に覚えていない。名前があるならモブではないのかもしれないが、妹の熱弁にも登場した記憶がない。忘れているだけだろうか。ヒロインの友人として存在するキャラクターなら、影が薄い双子だったのかもしれない。
だが、双子が主人公の作品も様々なコンテンツで見かける。女性キャラクターのほうがヒロインだったりすることもある。もしかして、マチルダがヒロインという可能性もあるのか?
レイデンが僕とアラベル、リーネを順番に紹介する。リーネは人懐っこい笑みを浮かべていた。
リーネがヒロインだという確証があるわけではないが、とりあえず暫定ヒロインということにしておこう。
リーネがラゼルを狙っているなら、レイデンとジェマが攻略される可能性は低いのだろうか。しかし、逆ハーレムエンドを目指している可能性もある。ラゼルを攻略しようと思ったら逆ハーレムエンドは狙えないと妹が言っていたような気もする……。
「今日からさっそく仕事をしてもらう」と、レイデン。「ラゼルはクラリス、アラベルはエゼリィ、リーネはジェマから教わってくれ。ウィロルとマチルダはそれぞれのサポートを頼む」
僕とアラベル、リーネが揃って頷くと、それぞれ別の机に着いて仕事が開始された。僕の正面に座ったクラリスは、とても優しく微笑んでいる。
「よろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ」
レイデンとエゼリィは僕に警戒している気配があったけど、クラリスはそれを懐いていないか、かなり薄いように思える。
エゼリィは気が強そうで、アラベルが少しだけ心配だ。
クラリスは生徒会で担っている仕事を、懇切丁寧に教えてくれた。そんなに難しい仕事はないようで、ラゼルより少し低くなった僕の能力でもこなせそうだ。何よりクラリスの説明はわかりやすい。
「何か心変わりがあったのですか?」
ペンのキャップを閉めたクラリスが、穏やかに微笑んで言った。
「心変わり?」
「前期はあれほど授業をボイコットしていたのに、こんなに真面目に仕事をしてくださるなんて」
エゼリィは美女という雰囲気だが、クラリスは美少女という言葉がよく似合う。少し垂れ目気味なのが幼さを醸し出しているのかもしれない。
それにしても、ラゼルがサボり魔だということは、きっと生徒会メンバーはみんな知っているようだ。心変わりと言えばまさに心変わりだけど、ほとんど初対面であるはずのクラリスに指摘されるとは。
「夏季休暇中、魔法の訓練をしたら全然できなかったんだ。不真面目すぎたと思って……」
「あら……」
「一応はキールストラ家の一員だし、その名に恥じないように努力しないといけないと思ったんだ」
「素晴らしい向上心ですわ。同じ学年ですし、実習は同じ班。これから一緒に学んでいきましょうね」
「うん。よかったらいろいろ教えてほしいな」
「もちろんです」
クラリスがこれほど好意的に接してくれるとは思っていなかったが、できればクラリスとエゼリィとも良好な関係を築いておきたい。味方は多いに越したことはないだろう。エゼリィはともかく、クラリスは仲良くしてくれそうだ。
ジェマには婚約者がいたと思ったけど、この場にいないということは気のせいだったのかな? この場合だと、クラリスがライバルキャラということになるのだろうか。
「はぁい、おふたりさん。調子はいかが?」
マチルダが明るく笑って歩み寄って来る。ポニーテールのよく似合う活発な少女のようだ。
「ラゼルさんは向上心があって、これからが楽しみです」
「そう。きっと生徒会の大事な戦力になるわね」
「頑張るよ」
どうやらマチルダも味方についてくれる可能性が高いようだ。
問題は、ウィロルとマチルダのことをちっとも覚えていないというところだ。双子なんて特徴的な登場人物なら、なんとなくでも覚えていそうなものだけれど。とりあえず敵ではないようだし、とりあえず保留ということにしておこう。
もしかしたらリーネがモブでマチルダがヒロイン、なんてこともあるのだろうか……。モブが光の魔法を持つ平民の女の子っておかしいけど。まあリーネが暫定ヒロインでいいか。
* * *
仕事を終えて生徒会室をあとにすると、ドアのそばにリーネの姿があった。リーネは僕に気付いて、パッと表情を明るくする。
「ラゼル様、寮までご一緒してもよろしいですか?」
「寮まで? 男女で分かれているんだから、一緒に帰ってもしょうがないんじゃない?」
学生寮は男性寮と女性寮があり、入り口からすでに分かれている。それぞれ男子禁制・女子禁制で、敷地内に踏み込むことさえ許されていない。ここから一緒に帰ったところで数分で別れることになってしまう。
「これから一緒に生徒会でお仕事をするのですし、ラゼル様とも親睦を深めたいんです」
「一年生同士、アラベルと仲良くしたほうがいいんじゃないの?」
ヒロインと隠し攻略対象である悪役令息と親睦を深めるより、同級生と仲良くしておいたほうが仕事や勉強がやりやすくなるのではないだろうか。と思って言ったが、リーネはあざとく上目遣いで僕を見た。
「ラゼル様は私がお嫌いですか……?」
ザ・ヒロイン! 僕は陰キャだけど、あざと系女子にキュンとくることは残念ながらないな。偏見かな。
「好きでも嫌いでもないかな」
「そうですか……。それなら、これから私のことを知っていただきたいです!」
リーネがどういうつもりなのかはわからないが、ラゼルを破滅に導くヒロインだからと言って、特に冷たくする必要もないように思う。冷遇して傷付ける必要もない。何より、これ以上に突っ撥ねるのは可哀想だし。
「親睦を深めるかどうかはともかく、女子寮の入り口までならいいよ」
「わあ、ありがとうございます!」
そういえば、貴族というものは勝手にファーストネームで呼んではいけない、みたいなしきたりがあったような気がするけど、ラゼルはリーネにそれを許可したのかな。もしかしたら「いいよ(どうでも)」みたいなことだったのだろうか。
リーネは自分のことを話すより、僕の話を聞きたがった。もっと自分をアピールして来るのかと思っていたが、純粋に僕に興味を惹かれているような雰囲気だ。僕の話を聞き出して、どう攻略していくかを見極めている、というふうにも考えられる。なぜラゼルに固執しているのかはわからないが、目的がなんなのかはっきりしないうちは心を許さないほうがいいだろう。
ヒロインに攻略されるのを阻止するというのも、なんだかおかしな話だ。リーネが可愛らしい女の子であることに間違いはない。場合が場合なら、そういうことになって悪い気のする男子はいないはず。場合が場合なら、だ。
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