第4章【5】
「ま、そんなことはどうでもいいわ。素材回収に行きましょ」
話を無理やり切り替えるベアトリスに、ニーラントは不満げな表情のまま立ち上がる。それを見計らったように、クリストバルとレイラが歩み寄って来た。しかし、ふたりともどこか様子がおかしい。互いを見ようとせず、視線が宙に彷徨っている。
ベアトリスはニーラントに耳打ちした。
「私の婚約話が来たようね」
「なんというタイミング……」
悪役令嬢ベアトリスは、この婚約話に気を良くして全力でレイラに自慢と嫌がらせをするのだ。一切、侯爵令嬢は平民のレイラにとってとてつもなく高い壁だろう。
「ベアトリス様!」レイラが気を取り直すように言う。「今日は何を探したらいいですか?」
「そうね……。クリーチャー戦で使うためにショットガンの弾を確保したいわ。それと同時に、銃器部隊はライフルが標準装備だから、ゾンビ戦ノートためにライフルの弾も欲しいわね」
「ライフルは赤、ショットガンは青! ですね!」
「よく覚えていたわね。感心だわ」
上から目線を意識して言うベアトリスに、レイラは素直に嬉しそうな笑みを浮かべる。想いを寄せるクリストバルを取られそうになっている、つまりライバルであるベアトリスを、レイラは敬遠してもおかしくない。もしここでベアトリスがその話をすれば、レイラの心は負の感情に動くだろう。だが、現時点でベアトリスはクリストバルとの婚約話を知らされていない。いまここでその話をするのはあまりに不自然である。
クリストバルが部下と民に声をかけてからセーフハウスを出ると、殲滅したばかりだと言うのにゾンビが湧いている。物語は後半に差し掛かって、難易度が上がっているのだ。
クリストバルが銃で戦い、レイラは祈りを捧げる。光魔法の発動までにはまだ時間がかかり、時折にニーラントが加勢した。
「そういえば、サブマシンガンが手に入ってないわね」
ゾンビを殲滅すると、ベアトリスは思い出して言った。
「サブマシンガン、ですか?」
「短機関銃ね。威力は低いけど連射ができるから、ゾンビに囲まれたときや近接戦で便利なの。そうだわ、レイラさん。あなたが見つけてごらんなさい」
意地悪く笑って言うベアトリスに、レイラは少し怯んだ。
「私、いままでほとんど勘で探していましたから……。目的の物を確実に見つけるというのは……」
「だから、探査魔法を使ってみなさいと言っているの」
レイラがきょとんと目を丸くするので、ベアトリスはわざと大げさに溜め息をついた。
「言ったでしょ? 光魔法には探査魔法がある。いままではそれに付随するスキルで……そうね、勘のようなもので探していたかもしれないけど、目的の物を探せるようになりなさいと言っているのよ」
「えっと、どうしたら……」
「自分で考えてごらんなさい」
ベアトリスは、ついとそっぽを向く。教えてやることは簡単だが、それではレイラの成長に繋がらない。レイラには探査魔法を使うだけのレベルがある。あとは自分でその方法を見つけるだけだ。
「……光魔法は、祈り……」
極小さな声で呟き、レイラは両手を組む。静かに目を閉じると、光が彼女を包み込んだ。レイラを中心に波紋となり、辺りに満ち溢れていく。いっそう強くなった光は天を突くように空へ舞い上がり、一筋の光が南側の地に落ちた。目を開いたレイラは、光の着地点を指差す。
「あちらに何かあります!」
自信満々なレイラに、ベアトリスはひとつ息をついた。
「何かでは困るのよ。だけど、まあ及第点といったところね。向かってみましょう」
レイラは嬉しそうに微笑む。褒められた、というような表情だ。ベアトリスには決して、褒めたつもりはない。
着地した光は柱となって輝いている。それを目安に向かっていると、当然、ゾンビは湧いて来る。クリストバルも討伐にはすっかり慣れた様子で、ひとりでも確実に仕留めていく。レイラも魔法レベルが上がり、苦せずして光魔法を発動した。ベアトリスとニーラントは、取りこぼしの始末を担った。
クリストバルとレイラは息がよく合っている。想いを寄せ合うふたりが共闘する姿は美しい。もし王宮に国王と侯爵が揃うことがなければ、ベアトリスとの婚約話も持ち上がらず、クリストバルは迷いなくレイラにプロポーズしたことだろう。ベアトリスとの婚約話が持ち上がったことで、ふたりのあいだに身分という壁が高く立ち上がった。状況がふたりの味方をしなかったのだ。ベアトリスにクリストバルと結婚するつもりは毛頭ない。身分としては釣り合うし、幼い頃から付き合いがあるという点で選ばれただけだ。セラン侯爵家はこの国で確固たる地位を築いている。その侯爵家の後ろ盾があれば、王家の立場は揺るぎないものとなるだろう。そのために都合がよかった、というだけだ。
徐々に光の柱が近付いて来る。それは、一軒の大きな屋敷を差していた。
「あれは、ジャクシー子爵の邸宅だわ」
ジャクシー子爵の邸宅にはゲームでも立ち入ったことがある。だが素材回収に行っただけで、重要なアイテムがあったという記憶はない。
子爵という爵位を持ちながらジャクシー子爵が
レイラは迷いなく建物の中に入って行く。確かな足取りで進んで行きながら、レイラは的確にアイテムを見つけた。ベアトリスの記憶通り、ライフルの銃弾とショットガンの銃弾が発見される。だが、ジャクシー子爵邸にはこれ以上のアイテムはなかったように思う。
「こっちです」
レイラは迷いなく建物の奥に入って行く。館の中はめちゃくちゃだが、ゾンビの姿はない。
「この辺りだと思うんですが…」
ひとつひとつ部屋を覗き込んでいたレイラが、ややあってひとつの部屋を差した。
「ここです!」
それはコレクションルームのようだった。壁一面にコレクションケースが並んでおり、置物やコイン、銃などが並べられている。
「没落しかけているというのに、立派なコレクションを作る余裕はあるのね。良いことだわ。お父様にもご報告しないとね」
ベアトリスを振り向いた三人が表情を固めた。
銃の棚を見ると、その中に目的の物があった。
「……緊急事態よ」
――ガシャン!
「拝借しましょう」
ライフルのバットストックで豪快にコレクションケースを割ったベアトリスに、三人は何も言うことができなかった。ベアトリスはそんな三人の様子は気に留めず、目当てのサブマシンガンを手に取った。
「よくやったわね、レイラさん。これでまた戦いが有利になるわ」
「はい……! お役に立ててよかったです!」
レイラは安堵を湛えて明るく笑う。今回ばかりは及第点とは言えないだろう。 しかし、ステータスウィンドウを見ると弾が装填されていなかった。コレクションのひとつとして置かれていたものなので当然と言える。
「サブマシンガンを手に入れたのだから、弾もその辺に落ちているはずだわ」
「え?」
クリストバルとレイラが揃って首を傾げるので、おっと、とベアトリスは口に手を遣る。
「なんでもありません。独り言ですわ」
ほほほ、とわざとらしく笑うベアトリスに、クリストバルとレイラは不思議そうに顔を見合わせる。それからハッとして、どちらからでもなく顔を背けた。
(……おやおや。私の婚約話だけでこじれる程度の関係だったということかしら)
レイラがクリストバルの好感度をどれほど上げているのかはわからない。クリストバルの好感度を順当に上げることができているのなら、クリストバルから婚約――現時点では未満――の解消の申し出があるはずだ。
「……! これは……!」
コレクションケースに置かれたもうひとつの物に、ベアトリスは思わず声を上げる。三人がきょとんと彼女を見遣った。
「
「は、はい……!」
悪役令嬢だということを忘れてしまうほど、ベアトリスは興奮していた。
「んー……三個か……。ニール、ひとつ持っておきなさい」
「よろしいのですか?」
「あなたはいまのところハンドガンだけだもの。心許ないわ。使い方は手榴弾と同じよ。いざというときに使いなさい」
「承知しました」
「……レイラさんもひとつ持っておきなさい」
「えっ、私ですか……?」
「光魔法があるとは言え、あなたは丸腰だもの。本当に困ったときに使いなさい」
「はい、ありがとうございます……!」
「殿下は私がお守りしますので、残りのひとつは私が持っておきますわ」
守る、という言葉にだろうが、クリストバルは一瞬だけ複雑な表情になった。だが、ベアトリスの戦闘能力の高さを知っているため、何も言うことができないようだ。
「本当はマグナムがあればよかったのだけれど……」
「さっ、探してみますか!?」
ベアトリスに褒められたことで、レイラは自信を持ったようだった。
「いいえ、今日はいいわ。探査魔法は魔力を大きく消費するし、もう止しておきましょう。今日は充分な成果を得られたもの」
レイラが頬を染めるので、しまった、とベアトリスはようやく気が付く。悪役令嬢が手放しで褒め称えてどうするの、と。だが、ベアトリスが悪役令嬢らしいことを言おうとするより先に、クリストバルが口を開いた。
「本当にすごいよ、レイラ。ベアトリスが求めていた物をこれほど的確に探し出すなんて」
「いっ、いえ……たまたまということもあるかもしれませんし……」
レイラの赤かった頬がさらに紅潮する。耳まで真っ赤だ。
「もっと誇ってもいいと思うよ。きみの魔法はとても役に立つんだ」
「……ありがとうございます」
頬を染めて俯くレイラに、クリストバルは優しく微笑む。先ほどまでのぎくしゃくとした空気が晴れ渡っていた。
「……ニール」
「はい」
「私たちは何を見せられているのかしら」
「ハッピーエンドのためです。我慢しましょう」
ベアトリスは溜め息をつく。それからひとつ咳払いをした。
「そろそろセーフハウスに戻りましょう。レイラさんは回復薬をお飲みなさい。途中で魔力切れを起こして役立たずになるのだけは勘弁願いたいわ」
「はい! ありがとうございます!」
先を歩き出したベアトリスとニーラントのあとに続きながら、レイラとクリストバルは互いに微笑み合っている。とんだ茶番だわ、とベアトリスはまた溜め息を落とした。
「お嬢様」ニーラントが声を潜めて言う。「目的はレイラ嬢がクリストバル殿下の好感度を上げることですよね?」
「そうね」
「どう考えても、レイラ嬢のお嬢様に対する好感度のほうが上がっているような気がしてならないんですが……」
「気のせいよ。ヒロインが悪役令嬢に対して好感度なんて持つはずがないでしょ」
悪役令嬢はヒロイン――プレイヤー――に嫌われ、憎まれ、恨まれ、そうして破滅してゆく。それが乙女ゲームの仕組みだ。そうしてヒロインと攻略対象の恋心は燃え上がり、愛が深まり、結ばれる。悪役令嬢はそのための立役者である。それが悪役令嬢の役割であり、運命だ。
(……だって)
ベアトリスは心の中で呟く。
(運命は変えられるって、ゲームの抑制力に勝てるって、死なずに済むなんて思って、結局のところで負けてしまったら、絶望するのは私じゃない)
それなら希望など初めから持たなければいい。いずれ打ち砕かれる希望なら、期待しないほうが心が傷付かずに済む。だから、ベアトリスは悪役令嬢の役割を全うするのだ。
「帰り道はサブマシンガンの弾を探してください。灰色の箱に入っているはずですわ」
「わかりました! 必ず見つけます!」
意気込むレイラに小言を吐きながらついた帰路、そのやる気に見合うだけの成果をレイラは生んだ。彼女が最も多くサブマシンガンの弾を発見したのだ。ゾンビの集団に囲まれた際に充分に応戦できるほどの弾を確保することができたが、ベアトリスは手放しに褒めることはしなかった。
* * *
セーフハウスに戻ると、ベアトリスは真っ直ぐ作業台に向かった。拾って来たハーブを合成して回復薬を作る。マジックパックにいくらでも入るし、多めに持っておいて悪いということはないだろう。ついでに、ガンパウダーと火薬を組み合わせてショットガンの弾を作った。
あとは、とアイテムボックスを覗き込んで、あ、と思わず声を上げる。
「どうしましたか、お嬢様」
ニーラントが慌てた様子で駆け寄って来た。
「チートスキル様様だわ。ハンドガンのパーツがあったわよ」
「ハンドガンの強化ができるということですね」
「そういうことね。ラルフのハンドガンは強化してあるし、あなたのハンドガンを強化しましょう」
「はい」
ニーラントがいつまでも初期装備のハンドガンでいるのは心許ないが、彼は後衛で援護するだけ。ベアトリスが持っているライフルを渡してもいいが、できればショットガンの弾は温存したい。ラスボスとの戦いのため、多めに確保しておきたいところだ。
「ロングマガジンが見つからないのは痛いわね……」
「そんなに重要なのですか?」
「装填数が上がれば、リロードの回数が減る。それだけ隙を減らせるってことよ」
ゲームではロングマガジンもマグナムも実装されていない。だが、いままでの武器はゲームとは違う位置で発見して来た。ゲームでは、ジャクシー子爵の邸宅でサブマシンガンは発見できない。そもそも、ニーラントを連れて教会を出るときにハンドガンとナイフに加えてライフルも手に入れたのはゲームではあり得なかったことだ。初期装備はハンドガンとナイフのみ。ベアトリスがシナリオ外の行動を取ることにより、アイテムの入手場所も変わるのかもしれない。
「威力を上げておいたわ。ハンドガンの弾はいくらでも手に入るから、弾を節約する必要はないわ。遠慮なく使いなさい」
「承知しました」
次のセーフハウスで民の救出は最後だ。そのあとにはイェレミス研究所でのボス戦が待っている。いまの持ち物でも充分だが、欲を言えば手榴弾と
あとは、銃器部隊にショットガンを温存してライフルを使うよう指示を出して、レイラに
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