第3章【2】
討伐隊は食糧も充分に持参していた。だが男たちに料理の心得はなく、ベアトリスとレイラが調理場に立つことになった。ニーラントも手伝いに来たが、ベアトリスのお付きである彼は料理の経験はなく、食材を運ぶ係になった。
悪役令嬢がヒロインと並んで料理なんて、とベアトリスは溜め息が止まらなかった。あまつさえレイラは楽しそうだ。
「ベアトリス様、料理がお上手なんですね」
感心したようにレイラが言う。ベアトリスには前世の記憶があるため素人ながら多少なりともできるが、普通の侯爵令嬢は料理などしない。包丁を握ったことすらないだろう。
「こんなの
「ゾンビも倒せるし、お料理もできるし、ベアトリス様は完璧なご令嬢なんですね。憧れちゃいます」
「お世辞は結構よ」
「お世辞なんかじゃありません! 私、ベアトリス様がいてくださってよかったって思ってるんです」
「私がいなければあなたも無駄死にしていたでしょうからね」
「本当にそう思います」
悪役令嬢として嫌味を言っているつもりのベアトリスが、
「私、自分が本当に役に立てるのかなって不安だったんです。でも、ベアトリス様が強化魔法を教えてくださって、私の力でも誰かを守ることができるんだって初めて思ったんです」
「攻撃系の魔法も使えないのに、安心するのは早いのではなくて?」
「あ、確かに、そうですよね。私、頑張ります!」
ベアトリスは思わず真顔になった。嫌味にはエイムアシストが効いていないようね、と無意味なことを心の中で呟く。それとも、レイラが底抜けな能天気なのだろうか。
「調子はどう?」
調理場にヴィンセントが顔を出す。ヴィンセントはこの先、魔法でゾンビと戦ってもらわなければならないため、ベアトリスは休息の指示を出したのだ。
「ベアトリス様のおかげで順調です!」
「そう。ベアトリスが料理ができるなんて意外だなあ」
「民の上に立つ者はなんでもできるようにならないといけないのよ」
民の上に立ったとしても、貴族の令嬢が料理をすることはない。料理には料理の専門家がいる。それはヴィンセントにもわかっているだろうが、現状は明らかな非日常。ベアトリスに料理の心得があることで助かると思っていたのは彼も同じことだろう。
「可愛い女の子ふたりの手料理を振る舞ってもらえるなんて光栄だ。楽しみにしてるよ」
「はい! 期待していてくださいね!」
意気込んで包丁を持った手を握り締めるので、危ないわ、とベアトリスは顔をしかめる。すみません、と言いつつ、レイラの表情は穏やかだった。
レイラがスープを煮込むことに集中し始めると、ニーラントがベアトリスに身を寄せる。
「現時点では、レイラ嬢は誰のルートに進んでいるんですか?」
「わからないわ。物語としてはまだ序盤だし、はっきりと決まっていないのかもしれないわね」
「そうですか……」
「レイラさんが誰に惹かれるかは重要なことだし、慎重に見守りましょう」
「はい」
ゲームのように好感度が数値で確かめられたら話が早かったのだが、とベアトリスは考える。しかしここは現実だ。レイラが誰にも惹かれなかったとしても、それは責められることではない。人間の心は物語通りとはいかないのだ。
* * *
食事の時間は隊員たちも朗らかだった。セーフハウスというゾンビが絶対に入って来ない場所という安心感と、ベアトリスとレイラの料理に喜んでいるようだ。
食事を終えると、さて、とベアトリスは立ち上がる。
「ニール、素材回収に行きましょう」
「はい」
道中でも弾を拾いつつ来たが、クリーチャー戦でだいぶ消費してしまった。回復薬も充分に確保しておきたいところだ。
「どこへ行くんだい、ベアトリス」
ベアトリスがライフルを背負い、ニーラントがハンドガンのマガジンを確認していると、クリストバルが声をかけて来た。
「素材を採りに行って参ります」
「素材?」
「弾薬や回復薬の材料ですわ」
「ふたりで行くつもりなのかい?」ヴィンセントが言う。「外は危険だよ」
レイラとラルフも案ずるように頷いたので、ベアトリスは肩をすくめる。
「殿下の討伐隊と合流するまで、ニーラントとふたりでしたのよ。素材回収はこの建物の周りですし、問題ありませんわ」
数々のゾンビを沈めて来たベアトリスとニーラントには、いまさら素材回収など苦戦することではない。何より、セーフハウスの周囲に湧くゾンビは数がさほど多くない。いまさらふたりでは危険ということもないだろう。
「……私も行こう」と、クリストバル。「戦い方を教えてくれ」
「私も行きます! みなさんのお役に立ちたいです!」
意気込んでいるレイラの気合いは充分に伝わって来るが、ベアトリスは小さく息をついた。
「殿下は構いません。ですが、レイラさん。あなたは足手纏いよ」
「…………」
「光の魔法を使いこなせないあなたは邪魔になるわ」
「戦いの中で身に付ければいい」
レイラを庇うように言うクリストバルに、ベアトリスは目を細める。
「お考えが甘いですわ。ゾンビとの戦いは命懸けのこと。一瞬の判断ミスが命取りになります。自力で戦うことのできない者を連れて行くのは危険ですわ」
クリストバルとレイラは口を噤む。やる気は買うが、それだけでなんとかなる世界ではない。
「……ですが、経験を積まなければ魔法を使いこなせないのは確かですわ」
この「ラブサバイバル〜暁の乙女〜」はサバイバルホラー乙女ゲームであるため、レイラのレベル上げも重要な要素だ。経験値が充分でなければ、攻略対象のプロポーズを受けても「聖なる祈り」を発動することはできない。そもそも、プロポーズされるためには最低限必要なレベルがある。
このゲームの特徴として、光魔法を使わなくても攻略対象が敵を討てば経験値が入るようになっている。物語冒頭では使える魔法が少なく、レイラ自身が戦いに参加できる機会が多くないためだ。
ベアトリスはレイラに向けてステータスウインドウを開いた。レイラは到底、充分とは言えない。これまでクリストバルはあまり戦いに参加せず、その成果のほとんどは討伐隊によるもの。攻略対象以外がゾンビを倒しても、レイラの経験値にはならないのだ。
「仕方ありません。殿下とレイラさんにもご同行いただきましょう。はい! 頑張ります!」
「ただし」
びし、とベアトリスが人差し指を突きつけると、レイラは目を丸くする。
「絶対に私より前に出ないこと。最低限これだけは守りなさい」
「わかりました。お約束します」
もしかしたら、ベアトリスとニーラントの戦績も、レイラの経験値に加算されるかもしれない、とベアトリスは考える。ゲームではベアトリスが戦うことはなかったため、それは判然としないが。
戦闘シーンにベアトリスの姿はない。イベントが発生するとひょこっと出て来るのだ。レイラを役立たずだ足手纏いだと言うが、実際はベアトリスのほうがそうだろう。
「それなら俺も行くよ」
ラルフが真剣な表情で言う。ヴィンセントにもそのつもりがあるようだ。
「いいえ、今回は四人で行くわ。素材回収はゾンビと戦わない可能性も大いにあるけれど、大人数で行けば周囲のゾンビを引き寄せるかもしれないわ。無駄な戦いは無駄な労力になる。四人で行くのが最適よ」
ふたりがクリストバルとレイラを案じていることはよくわかるが、人数が多ければ多いほど立ち回りが難しくなる。簡素に済ませたい素材回収では、少人数で行くのが最善だ。
クリストバルが部下たちの前に立った。
「みなはここで体を休めていてくれ」
「外へ行かれるおつもりですか、殿下」
騎士のファルハーレンが声を上げる。クリストバルは強く頷いた。
「私もお供させてください」
ファルハーレンが剣を手に立ち上がるので、クリストバルはベアトリスを見遣る。ベアトリスは首を横に振った。
「騎士を連れて行くと、魔法使いが必要になるわ。最小限の人数で行きたいの。大人数でいては目立つし、素材回収にそう何人も連れて行きたくないのよ」
「しかし……!」
「私の戦いぶりは見たでしょう。あなたの護衛がなくとも、私はクリストバル殿下をお守りできるわ。それに、私だけで戦ったほうが早いのよ」
「…………」
ベアトリスがどれだけゾンビ戦の実力を持っているかは、ここに来るまでの戦闘でわかっているはずだ。王子が危険な場所へ赴くのに護衛騎士が同行しないわけにはいかないだろうが、ゾンビ戦ではベアトリスがいれば充分だ。
「クリストバル殿下とレイラさんは私が守ってみせるわ」
このときニーラントは、悪役令嬢とは思えない力強さだ、とそんなことを考えていた。いまの彼女には、説得力も加わっている。
ファルハーレンは返す言葉もないといった様子で俯き、絞り出すように言った。
「お願いいたします」
ベアトリスは肩をすくめて応える。
マジックパックに弾薬と回復薬を入れ、四人は教会を出る。すぐ近くに二体のゾンビがいたが、ベアトリスのライフルとニーラントのハンドガンにかかればあっという間だった。
「ベアトリス。素材回収というのは、具体的には何をすればいいんだい?」
クリストバルの問いに、ベアトリスはマジックパックの中から弾薬の箱とハーブ、ガンパウダーが入った小瓶を取り出して見せた。
「主に集めたいのはこの三つですわ。それ以外は私が探しますので、おふたりはこの三つを探してくださいませ」
「わかった」
「わかりました!」
元気よく返事をするレイラに、声が高い、とベアトリスは唇に人差し指を当てた。
「いいこと、レイラさん。強化魔法のときに言ったように、光魔法に必要なのは『心』よ。心で強く祈りなさい」
「はい!」レイラは口元を押さえる。「……ありがとうございます」
それから四人は、ベアトリスの指揮のもと素材を探した。出現したゾンビはクリストバルのライフルをメインに、ニーラントが援護して討伐する。ヘッドショットに苦戦したクリストバルだったが、おそらくベアトリスのエイムアシストが彼にも効き、次第に慣れていった。
レイラはそのたびに光魔法を使おうと試みたが、彼女から溢れた光はすぐに消えてしまう。まだ使いこなすまでは遠いようだ。
こちらに背を向けたゾンビを発見したとき、ベアトリスは言った。
「殿下、ひとつ便利な技をお教えいたしますわ」
「便利な技?」
「見ていてくださいませ」
ベアトリスが離れて瓦礫に身を隠すと、クリストバルとレイラは不思議そうにそれを見つめる。ベアトリスの試みを知っているのはニーラントだけだ。
息を殺して、ゾンビとの間合いをじりじりと詰めて行く。手が届いたその瞬間、ゾンビの頸にナイフを突き立てた。倒れたゾンビは、さらさらと塵になって消えていく。
「これがステルスキルですわ。少人数のときにしか使えない技です。この技を使えば、弾薬を節約することができますわ」
「だから少人数で来たかったのか」
「ええ。奇襲をかけるなら大人数のほうがいいのですが」
素材回収のときはこの四人で来よう、とベアトリスは提案する。素材集めのために弾薬を消費していては意味がない。ステルスキルを活用したほうがいいだろう。
ひとつ戦闘を終えたとき、レイラが小走りでどこかに向かう。慌ててニーラントが追いかけると、レイラは道端にしゃがみ込んでしまった。ベアトリスとクリストバルは顔を見合わせ、彼女に駆け寄る。レイラは、道端から拾った物をベアトリスに見せた。
「ベアトリス様、これ……何かのお役に立つでしょうか」
「……! でかしたわ、レイラさん」
口端をつり上げて言うベアトリスに、レイラはパッと表情を明るくする。ニーラントとクリストバルは、彼女の意図が掴めずに視線を交えた。
「これはガンパウダーと組み合わせることによってショットガンの弾になる火薬ですわ。私ひとりで探そうと思っていたのですが、まさかレイラさんが見つけるなんて」
思わぬ収穫に嫌味を言うことも忘れ、ベアトリスはただレイラを賞賛する。それほどまでにベアトリスにとっては重要な素材だった。我に返ってようやく自分の失態に気付き、しまった、と心の中で呟いた。
「そういえば、後発隊にショットガンを持たせるようにと言っていたが」と、クリストバル。「ショットガンがそんなに重要なのかい?」
「ライフルよりも威力が高く、散弾ですので攻撃範囲も広く、射撃が得意でない者でもヘッドショットを狙いやすくなる魅惑の武器ですわ」
「魅惑の武器……」
「いま、わたくしの手元にあるショットガンはあと二発しかありませんでしたので、弾の補充をしたいと思っていたのです」
「ショットガンの弾はその辺には落ちていないんですか?」
ニーラントの問いに、ベアトリスは小さく頷いた。
「まだそれほど多く手に入る段階ではないわ」
ベアトリスにとって、王宮からの後発隊にショットガンを持たせることができるのは僥倖だった。現時点で入手できる武器の中で、最も有効なのがショットガンだ。そのショットガンを大量に用意できれば、もう怖いものなしだとベアトリスは思っている。
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