第3章【1】
セーフハウスを出発したあとのゾンビ戦で、討伐隊はしばらく苦戦していた。ゾンビと戦った経験などなく、他の魔獣と違って体を一発でも打撃てば倒れるわけではないという特殊な戦争に手間取っているようだった。それでも、ベアトリスとニーラントの戦いを見て吸収し、次第にコツを掴んでいった。
本当はレイラの光魔法を使えばゾンビは苦せずして倒せる、とベアトリスは考える。だが、それを誰にも言わなかった。初めからレイラを当てにして、自分たちで戦う術を身につけなければ、レイラが魔力切れを起こした際に撤退することになる。いま、ベアトリスの手元に魔力の回復薬はない。レイラは光魔法を発現させたばかりで、まだ魔力のコントロールも上手くいかないはずだ。討伐隊にゾンビ戦に慣れさせる必要があった。
レイラはクリストバルとラルフ、ヴィンセントが守っている。ラルフは銃、クリストバルとヴィンセントは剣と魔法で討伐した。さすが攻略対象というだけあって、その戦闘は安定したものだった。
そうして教会が近付いて来たとき、ベアトリスは足を止める。道の中央に、ゾンビ三体ほどの体躯の大男が斧を手に立っていた。
「あれは?」
クリストバルが声を潜めてベアトリスに問いかける。
「ゾンビが進化したクリーチャーですわ。騎士と魔法使いには退避を。銃器部隊を前に出してくださいませ」
ベアトリスに頷きかけたクリストバルが、部下たちを振り返る。頭の中に直接に声を届ける伝達魔法でベアトリスの指示を伝え、銃器部隊の十人がベアトリスのそばに寄った。
「私が合図したら、一斉射撃を始めて。ニール、ついて来なさい」
「はい」
ベアトリスとニーラントは、クリーチャーが別方向に視線をやった瞬間を狙い、建物の陰から横転した馬車の陰へと滑り込む。スカートの裾が少し裂けたが、いまはそんなことを気にしている場合ではない。
息を潜め、エイムアシストを頼りに照準を合わせる。そして馬車の陰を飛び出し、一発をクリーチャーの頭に撃ち込んだ。クリーチャーがベアトリスに気付き咆哮を上げると、銃器部隊が一斉に展開し射撃を開始した。十人の銃撃を受け、クリーチャーはめちゃくちゃに斧を振り回しながらベアトリスに向かって来る。だが、ベアトリスはすでにショットガンを構えている。貴重な一発。外すわけにはいかない。
(……エイムアシストに感謝ね)
ふっと笑い、撃ち放つ。重い一撃を頭に食らったクリーチャーは、バランスを崩して倒れ込んだ。その体が塵となって消えていくと、銃器部隊がわっと歓声を上げる。
「随分と硬いんですね」
ハンドガンをリロードしながらニーラントが言った。
「そうね。小ボスといったところかしら。クリーチャーは厄介よ」
「ベアトリス」
クリストバルとレイラが駆け寄って来る。討伐隊はすでに隊列を立て直し、建物の陰に身を潜めていた。さすが鍛錬を積んだ精鋭たちだ、とベアトリスは感心する。
「クリーチャーというのは?」
「ゾンビはたまに共食いをします。そうして進化したものがクリーチャーですわ。クリーチャーに剣戟は効きません。ご覧の通り、体が硬いのです。これからいくらでも出て来るでしょう。今回と同じように戦っていただければ問題ありませんわ」
銃器部隊の戦いは上々と言える。十人で撃ち込んでもあれだけ耐えたということは予想外だが、これだけの人数が揃っていれば負けることはそうそうないだろう。
「ベアトリス様、お洋服が……」
裂けたスカートを見て、レイラが心配そうに言った。
「私の服の心配だなんて、さすが光の魔法使いは余裕があるのね」
上流階級の淑女の服装にしては足を露出しすぎているが、いまは替えの服がない。普通の令嬢であれば羞恥のあまり隠れる状態だろうが、前世の記憶があるベアトリスにはあまり気にならないことだった。
「でも……」
「教会で着替えを探すわ。それでいいでしょ」
溜め息混じりに言うベアトリスに、レイラは心配そうに頷いた。この状況で服の心配をできるとは、なかなかに豪胆なのかもしれない。おそらく、ヒロインであるためゾンビへの恐怖が大きくならない補正がかかっているのだろう。
「とにかく、教会はこの先です。急ぎましょう」
ベアトリスは逸る気持ちを抑えつつ歩き出す。クリーチャーとの戦闘のあとであるため、銃器部隊は多少なりとも体力と気力を消費しただろう。その上に駆け足にさせるのは酷というものだ。ベアトリスもそこまで鬼ではない。
低い唸り声に振り向くと、一体のゾンビが一団に向かっていた。その視線の先にはレイラがいる。光の魔力に引きつけられたのだろう。ベアトリスがライフルを構えるより一瞬だけ早く、ラルフがハンドガンでゾンビを撃ち抜いた。ゾンビの手は地に落ちる。ベアトリスのチート能力であるエイムアシストの恩恵を受けたようだが、ラルフの能力値が上昇した証明だった。
「レイラ、大丈夫か?」
「ええ、平気よ。ありがとう、ラルフ」
レイラが穏やかに微笑む。ほっと安堵した表情だ。
ベアトリスはニーラントの腕を引き、耳元に口を寄せる。
「ラルフの能力値が、好感度を上げる基準を上回ったようよ」
「ラルフさんがひとりでゾンビを倒せるようにならなければ、ラルフさんの好感度が上がることはないということですか?」
「概ねそんな感じね。この先、ラルフの好感度は問題なく上がっていくはずよ」
ラルフは幼馴染みという点で好感度が上がりやすくなっている。最短で「聖なる祈り」の発動条件を整えることを狙うなら、ラルフとレイラの仲を取り持つことが肝要になるだろう。
教会へ辿り着くと、ベアトリスはクリストバルの討伐隊を離れた場所で待機させる。一度に大勢が入っては驚かせてしまうためだ。
ニーラントが少しだけ扉を開くと、中で人々が怯えるのが聞こえて来る。ベアトリスは隙間に声を滑り込ませた。
「撃たないで! 私よ!」
「……ビビ?」
母の声が聞こえた。ベアトリスが教会内に入って行くと、わっと泣き出す民があった。ベアトリスがこの状況でも無事に生きて戻ったことに安堵したのだろう。父母が彼女に飛びついて来た。
「ビビ! ああ、生きていたのね!」
「たったふたりで助けを呼んで来るだなんて、何を考えているんだ!」
父母は顔をぐちゃぐちゃにして涙を流す。書き置きを見て、ベアトリスの安否を案じていたのだろう。もしかしたら、すでに死んだと思っていたのかもしれない。
「お父様、お母様。ご心配をおかけしてごめんなさい。でも、助けを呼んで来たわ」
ベアトリスの声で教会に入って来たクリストバルに、父母は目を丸くする。それから、顔をぐちゃぐちゃにしたまま最高位の辞儀をした。
「クリストバル王太子殿下、このような場所においでくださるとは……」
「無事で何よりです、セラン侯爵。民を避難させるため、王宮の討伐隊が来ています」
クリストバルに促されて姿勢を戻した父母は、お見苦しいところを、と恥じながら顔を拭う。レイラがそれを微笑ましく見守っているので、ベアトリスは思わず
「私たちがここに辿り着けたのは、ベアトリス嬢のおかげですよ」
「ベアトリスが……」
父母が、信じられない、というようにベアトリスを見遣る。それはそうだ。ベアトリスは昨日まで普通の侯爵令嬢だったのだから。こんなライフルを背負ってぼろぼろの服を纏った、いかにもサバイバリストな令嬢では決してない。
「お父様、お母様。私は他の民を助けに行きます」
「待って、ビビ」母が言う。「何も、あなたが行くことはないでしょう?」
「そうだ」と、父。「殿下の討伐対にお任せしなさい」
ベアトリスは緩やかに首を振った。
「失礼ながら、殿下の討伐隊がここに辿り着けたのは、殿下の仰った通り、私が率いたためよ。ご様子を窺うに、おそらく私がいなければ全滅していたんじゃないかと思うわ。信じられないと思うでしょうけれど、私にはゾンビの知識があるわ。私は、それを民のために役立てたいの。民を守るのが、貴族の務めでしょう?」
父母は言葉に詰まる。民を守るのが貴族の務めであることは重々承知しているが、状況が尋常ではない。まして、ベアトリスにゾンビと戦う力があるなど信じられるはずがない。
ベアトリスは、優しく父母の手を取った。
「私は必ず生きて戻るわ。どうか私を信じてください」
「……本当に? 約束できる?」
不安げな母に、ベアトリスは力強く頷く。
「もちろん。私は死なないわ。絶対に」
ゲームの抑制力で悪役令嬢に仕立て上げられ、それにより死ぬ可能性は捨てきれない。だが、そんなことを言えるはずがない。たとえ約束を破ることになっても、ベアトリスにゲームの抑制力に勝つことはできないだろう。
母はベアトリスと同じ紫の瞳に涙を浮かべつつ、わかったわ、とひとつ頷いた。
「あなたを信じるわ。あなたは旦那様と私の子だもの。きっとやり遂げるわ」
「ありがとう、お母様。王宮で必ずまたお会いしましょう」
「ええ。あなたの帰りを待っているわ」
民を王宮に送り届けるために、騎士が三人、魔法使いが三人、銃器部隊から七人の隊が組まれた。民は口々にベアトリスの無事を祈ってくれ、ベアトリスは必ず帰ると約束する。そうして民を見送ると、少し寂しいような気持ちになった。
「ベアトリス。後発隊はすでにこちらに向かっている」
クリストバルの言葉で、ベアトリスは頭を切り替える。
「ありがとうございます。今日はここで休みましょう。次にご案内するセーフハウスにも民がおります。忙しないですが、もうひとつの後発隊のご準備もお願いいたしますわ」
「わかった。ひとつ後発隊をこちらに向かわせるたびに次の準備をしておいたほうがよさそうだね」
「お願いいたします」
クリストバルに頷きかけたベアトリスのもとに、レイラが駆け寄って来た。
「ベアトリス様、お着替えを探して来ました」
そう言って彼女が差し出したのは、綺麗な浅葱色のワンピースだった。
「あなた、勝手に教会を物色して来たの?」
「ベアトリス様とご両親のお邪魔をするわけにはいかないと思ったんです」
そういう意味じゃないけど、とベアトリスは溜め息をつく。
「まあ、ありがたく受け取っておくわ」
「はい!」
レイラが明るく微笑むので、ベアトリスは目頭をつまんだ。
奥の部屋に入って着替えを済ませると、どこに行っても自分にぴったりの服があることに首を傾げる。ゲームの抑制力か、それともチートスキルのひとつなのか。どちらにせよありがたいことである。
男性が入って来ないよう見張りをしていたレイラが、パッと表情を明るくした。
「とってもお似合いです! これで次の戦いに挑めますね!」
「あなたの服は無事のようね。いえ、あなたは戦っていないから当然だったわね」
「はい! 次からは戦えるように頑張ります!」
気合いの証で拳を握り締めるレイラに、ベアトリスは天を仰いだ。
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