第1章【3】

 休憩してひと呼吸をつくと、さて、とベアトリスは立ち上がった。

「そうと決まれば、家探やさがししましょう」

「え、家探やさがしですか?」

「ええ。セーフハウスにはアイテムボックスがあるはずよ」

「アイテムボックス……空間魔法ですか?」

「そのたぐいだと思っておいて間違いはないわ」

 建物の奥に入るベアトリスにつづきながら、ニーラントは不思議そうな表情をしている。アイテムボックスは空間に干渉する魔法で、さほど高度な魔法ではなく誰でも使える。だが、セーフハウスにあるアイテムボックスは、仕組みとしては同じだが少々違う。

 奥の一室に目的の物を発見し、これよ、とベアトリスはニーラントを振り向いた。

「これがアイテムボックスよ」

「……ただの箱に見えますが……」

 ニーラントが不思議に思うのも無理はない。アイテムボックスは彼の言う通り、ただの箱なのだ。

「アイテムボックスは各所にあるんだけど、その中身はすべて繋がっているの。その点は空間魔法と同じね。使用方法も同じよ。中に物を入れておけばどこでも取り出せるの」

 サバイバルホラーゲームにおいて、アイテムボックスは重要な役割を担っている。操作キャラクターは持てる荷物に上限があり、持ち運ぶ物を厳選しなくてはならない。だが、またアイテム探しをするのは一苦労だ。そこでアイテムボックスを使用することで、同じアイテムをまた探しに行く手間を省くのだ。すべてのアイテムボックスは繋がっており、どこのアイテムボックスを開いても同じ中身となっている。

「何かしまってあるのですか?」

「私は何も」

 そう言いながらアイテムボックスを開くベアトリスに、ニーラントはまた首を傾げる。箱の中を覗き込んだベアトリスは、思惑が当たり顔を上げた。

「チートが味方してくれたわね。素材が入ってるわ」

「素材、ですか……」

 ゲームでは通常、アイテムボックスは何も入れなければ空だ。だが、ここでもベアトリスにチートが与えられているらしい。アイテムボックスの中には、いくつかの素材が入っていた。

「ガンパウダー、ハーブ……ハンドガンの部品もあるわね」

 チュートリアル直後にしては充分すぎる素材だ。これだけあれば装備を整えることもできる。さらに、アイテムボックスのそばには「作業台」もあった。

「ハンドガンを貸して。改造して強化しましょう」

「銃の改造ができるのですか?」

「見てなさい」

 ベアトリスが作業台にハンドガンと部品を置くと、ハンドガンが自動的に解体される。素材の部品が組み込まれ、再びハンドガンへと姿を戻した。これで改造が完了している。

「これで強化完了よ」

「……どういうことですか、いまのは……」

「それは私に訊かれても困るわ」

 武器と部品を「組み合わせる」ことで強化が終わる。ゲームでは当然のシステムだが、実際に仕組みを問われると説明ができない。ゲームでは一瞬で終わるが、ゲームの登場人物が自分で組み合わせて改造しているとも思えない。いわゆる「そういうもの」である。

「今回は威力を上げておいたわ。エイムアシストが効くから、上げるのはこの先も威力を中心にしてよさそうね」

「そうですか……」

「ありがたいことにハーブも入ってるから、調合して回復薬にしてしまいましょう」

 ベアトリスは作業台に置かれていた瓶にハーブを入れる。それは瞬きのあいだに粉末へと変貌を遂げた。それをふたつ用意して、同じ瓶に詰め込めば一瞬で液体になる。回復薬の完成だ。

「ひとつ飲んでおきなさい。体力を消耗したでしょう」

「ありがとうございます」

 回復薬は怪しい緑色で、ニーラントは少しだけ飲むのを躊躇った。それから意を決して一気に煽る。それを飲み干すと、ニーラントは渋い顔をした。

「酷い味ですね……」

「やっぱり美味しくないのね。まあ、良薬は口に苦しって言うじゃない。体力が尽きて倒れるよりはマシでしょう」

「……そうですね」

「弾丸は道中で拾った物があるし、ガンパウダーは温存しておきましょう」

 キッチンのテーブルに着いて休憩しているあいだ、ベアトリスは物思いに耽った。自分に与えられたチートスキルは三つ。エイムアシスト、クリティカルヒット、それからアイテムボックスへの自動供給だ。チートスキルは前世で読み漁っていた異世界転生もののラノベに欠かせない要素。悪役令嬢であるベアトリスにチートスキルが与えられたのは不思議だが、自分がこの世界を救うために遣わされたような気がした。民を救うだけの力があることは、とても誇らしいことだった。

「さて」ベアトリスは立ち上がる。「そろそろ行ける?」

「はい。だいぶ回復しました」

「じゃあ次のセーフハウスに向かいましょう。今日はそこに泊まるわ」

「承知しました」

 次のセーフハウスまではさほど離れていない。道中はゾンビが出て来るだろうが、日が暮れるまでには――という表現はいまは正しくないが――辿り着けるだろう。

 セーフハウスを出ると、さっそくゾンビが湧いていた。

「後ろから現れたら頼むわ」

「承知しました」

 ベアトリスは前方の四体に次々と銃弾を撃ち込んだ。ハンドガンより威力の高いライフルは、クリティカルヒットに成功すれば一発で脳天を貫く。だが、ゲームで慣れていても実際に銃を扱ったことはないため、ヘッドショットも必ず狙えるというわけではない。エイムアシストである程度の照準は合うが、クリティカルヒットが確実に出せるまでにはまだ経験値を積む必要がありそうだ。

 ニーラントの援護射撃もあり、あっという間にゾンビを撃退する。その跡に、銃弾の箱が落ちていた。

「ライフルの弾だわ。ついてるわね」

 ハンドガンの弾はいくらでも手に入る。だが、チュートリアル直後であるいまは、ライフルの弾の出現率はそう高くない。早めにヘッドショットに慣れて、ライフルの弾を節約したいところだ。

「武器が強くなると、弾も手に入りづらくなるのですか?」

「基本的にそう思っておいて間違いはないわ。だけど、物語が進むにつれて手に入る量も多くなっていくから、それほど心配は要らないわよ」

「なるほど」

 ニーラントもこの世界の仕組みに慣れてきたようだ。「そういうもの」だと理解したらしい。

 建物や瓦礫の陰に隠れてゾンビに警戒しつつ、セーフハウスを目指して進んで行く。ステルスキルを駆使し、エイムアシストとクリティカルヒットを活かして戦って行くと、ベアトリスもニーラントも次第に銃の扱いに慣れていった。

「お嬢様、ひとつ気になることが……」

 ゾンビを倒し道の安全を確認してから歩き出したとき、ニーラントが遠慮がちに言った。

「何かしら」

「攻略対象というものがよくわからないんです」

「ああ……。要は恋のターゲットよ。仲良くなって、最終的に恋仲になるのが目的って感じかしら」

「物語では主人公の男の子と女の子は自然と仲良くなるような印象がありますが……」

「そこが乙女ゲームの醍醐味よ。何もしないと恋仲にはならないの。まずは四人の攻略対象に出会って、それからイベントを通して好感度を上げていくの」

「四人もいるのですか!?」

「ええ。乙女ゲームは、複数人の男の子の中から仲良くなりたい男の子を選ぶの。この世界は気を抜くと出会えない攻略対象もいるから、そこが攻略し甲斐があるって感じかしらね」

 乙女ゲームと言えば学園ものが定番だろう。攻略対象の中にはその国の王子や階級の高い貴族がおり、悪役令嬢はその婚約者である場合が多い。大抵、普通にストーリーを進めていけばすべての攻略対象に出会えるはずだ。だがこの「ラブサバイバル〜暁の乙女〜」の厄介なところは、自分から出会いに行かなければルートに入れない攻略対象がいる、というところだ。サバイバルホラー乙女ゲームという特殊な世界観であるため、一筋縄ではいかないのだ。

「王道は幼馴染みルートね。幼馴染みは元々繋がりがあるから、好感度が上がりやすくなっているわ。他には王子や王子の騎士、魔法使いがいるわ。魔法使いはヴィンセントね」

「えっ、ヴィンセント様が……?」

 攻略対象のひとりである魔法使いヴィンセントはセラン侯爵家と関わりのある貴族の家で、ベアトリスもニーラントも何度か会ったことがある。特に懇意にしているというわけではないため、ヴィンセントもベアトリスの印象はそう濃くないだろう。

「恋をすると『聖なる祈り』を発動できるんですよね」

「そうね。最終的な条件は、攻略対象からのプロポーズよ」

「ヒロインは貴族のご令嬢なのですか?」

「いいえ、平民よ。身分の差を乗り越えていくのが燃えるのよね」

「はあ……なるほど……」

 王子だけでなく、騎士も魔法使いも階級の高い貴族だ。ゾンビの出現がなければヒロインが出会うことはなかっただろう。もし何かのきっかけで出会っても、恋仲には発展しないだろう。それが乙女ゲームだと話が変わってくる。通常であれば高い壁である身分の差を、選択肢ひとつで簡単に越えてしまうのだ。だが、選択肢を間違えたその先に待ち受けているのはバッドエンディングだ。

 このゲームにはグッドエンド、バッドエンド、メリーバッドエンドの三種類のエンディングが用意されている。悪役令嬢ベアトリスはどのエンディングでも変わらず破滅するため、ヒロインがどのエンディングに向かおうが心持ちは変わらない。

 そう話すと、ニーラントはまた顔をしかめた。

「悪役令嬢が救われる道はないのですか?」

「あるわ。逆ハーレムエンドよ」

 思い出して言ったベアトリスに、ニーラントが表情を明るくする。

「それはどういったエンディングですか?」

「すべての攻略対象がヒロインを好きになるエンディングね。四人の攻略対象がヒロインにくっついて来るから、ベアトリスはゾンビ化せずに済むわ」

「それ……泥沼になりませんか?」

「現実だったらそうなるでしょうね。この世界のヒロインは狙わないエンディングだと思うわ」

 逆ハーレムエンドは、ゲームにおいては最も平和的なエンディングだ。四人の攻略対象がヒロインに付いて討伐隊に参加するため、戦いがかなり優位に進む。ベアトリスも救われ、討伐隊の強化により最も犠牲者の少ないエンディングとなっている。

「……ん?」ニーラントが首を傾げる。「でも、四人ともヒロインが好きになったら、全員がプロポーズするのですか?」

「逆ハーレムエンドは『聖なる祈り』の発動条件が少し違うの。逆ハーレムエンドに入ると、ヒロインの『祈り』がゲージになって貯まっていくのよ。それが満タンになると発動できるわ」

「それはどうしたら貯まるのですか?」

「ゾンビを倒して経験値を稼いだり、攻略対象とのイベントをこなしたりすると貯まるの。ゲージが出たら逆ハーレムルートに入れたという証明になるわね」

 ニーラントが背後を振り向いてハンドガンを構えるので、ベアトリスもそちらに視線を遣った。三体のゾンビのうちの一体の頭にハンドガンの銃弾が命中し、激しく血飛沫が上がった。クリティカルヒットだ。ベアトリスはエイムアシストの効果を頼りに他の二体を撃退した。

「クリティカルヒットが出せたわね。あなたも戦いに慣れてきたじゃない」

「はは……なんとかなりましたね……」

 辺りにもうゾンビの気配はなく、ふたりは再び歩き出す。難易度がノーマルであるため、ゾンビの出現率がさほど高くないのがせめてもの救いだ。

「ちなみに」と、ニーラント。「他の三つのエンディングはどんな内容ですか?」

「グッドエンドでは、ゾンビを殲滅して、攻略対象とヒロインは結婚するわ。メリーバッドエンドでは、ふたりは惹かれ合うけど身分の差を越えられなくて離れ離れになるの。バッドエンドでは、攻略対象が死ぬわ」

「…………」

 ニーラントが絶句するので、ベアトリスは肩をすくめる。

「どうしてそんな重要なことを教えてくれなかったんですか……」

「だって、私がいたらどう考えたってバッドエンドにはならないもの」

 肩にかかる髪を払いながら言うベアトリスに、ニーラントは苦笑いを浮かべた。

「確かに、お嬢様なら防げるかもしれませんね」

「悪役令嬢の役目には、バッドエンドを回避することも含まれていると私は思っているの。恋路を邪魔することでふたりの恋心は燃え上がるし、ヒロインの考えを否定することで正しい選択肢へ進ませる。そうやってグッドエンドに導くのよ」

「……その代償に、お嬢様は死ぬということですか?」

「私ひとりの命で大勢を救えるなら安いものでしょ」

 物語をグッドエンドに導いたとしても、悪役令嬢もそうなるとは限らない。大事な者たちのために生き延びたいが、悪役令嬢の命がグッドエンドのために必要なら捧げなければならないだろう。自分の命で民を救えるなら本望だ。

「ゾンビ化を防ぐ手立てはないのですか?」

「基本的には噛まれないことね。それから、光の強化魔法で防げることもあるわ」

 光魔法は聖なる力。闇の存在であるゾンビに強く、強化魔法を掛けることでゾンビ化に耐性がつく。ゾンビ化を防ぐことができるはずだが、ヒロインにそれが望めるかと言うと怪しいところだ。ヒロインは物語序盤では光の魔法を使いこなせておらず、レベルも低い。序盤でモブキャラが大勢やられてしまうのは、サバイバルホラーゲームとしては避けられないことなのかもしれない。

「噛まれなければいいんですね」

「あら? 守ってくれるの?」

「当然じゃないですか。お嬢様をゾンビ化させるわけにはいきません」

「ありがとう。でも私のほうが強いから大丈夫よ」

 ニーラントが複雑な表情になるので、ベアトリスは肩をすくめて見せた。それが事実であることは、これまでの戦闘を見てニーラントも重々承知しているだろう。だが、ひとりでも味方がいるというのは心強く感じられることだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る