第9章【2】

 放課後、生徒会室には現生徒会メンバーに加え、ドロテア、リティカ、セシリアが集まっていた。三人ともどこか緊張した面持ちだ。

「ここに呼ばれたということでわかっているだろうが、きみたちに生徒会に加入してもらいたいと考えている」

 穏やかに言うアルヴァルドに、最初に辞儀をしたのはドロテアだった。

「謹んでお受けいたします」

 それに続き、セシリアとリティカも辞儀をする。

「謹んでお受けいたします」

「精一杯、務めさせていただきます……!」

 リティカの表情は硬い。生徒会室には、フェリクスの姿もあるからだ。先の失態をまだ引き摺っている様子で、怯えるまではいかないもの、ちらちらと横目で盗み見している。フェリクスには特に何かを言うつもりはないようだった。

「よかった。手続きはこちらでしておくから、次回から生徒会の仕事に取り掛かってもらうよ。今日は顔合わせだけで解散にしよう」

 生徒会メンバーの自己紹介が終わると、ドロテアはさっそく仕事について先輩たちに訊いていた。その傍ら、リティカとセシリアは壁際で何か内緒話をしている。リティカの顔色は悪く、イリーはリッツと顔を見合わせた。声を掛けようと近付くと、セシリアは困ったような表情でイリーに身を寄せる。

「やっとここが現実だという実感が湧いてきたみたいです」

「それはよかった、のかな。さっきのリティカの言動は褒められたものではなかったからね」

 おそらくリティカはそれを気にしているのだろう。入学早々、上級生の気分を損ねてしまった。ここが現実となったことで、ゲーム通りとはいかないのだ。

「でも、フェリクス様のために逆ハーレムを狙ってみなさんの関係値を壊すほど悪い子ではないはずです」

「私にもそう見えるよ」

 イリーは攻略対象と悪役令嬢との最高の友情エンドを迎えられたと思っている。それを掻き乱されては困るのだ。

「私は、親友枠としてリティカを支えたいと思っています。ドロテア様が破滅しないように」

「私たちも、攻略対象のみなさんがリティカに惹かれないよう気を付けておくよ。一緒にドロテアの破滅を防ごう」

「困ったことがあったら頼ってね」

「はい。ありがとうございます」

 イリーはまだ、続編の各ルートの結末エンディングを知らない。おそらく、リティカはそれを熟知しているだろう。リティカはドロテアを破滅させる方法を知っている。破滅を防ぐ方法も知っているはずだ。イリーには、リティカがヒロインを全うしようとしないことを願うばかりだ。



   *  *  *



 寮に戻ると、リッツが紅茶を淹れてささやかなお茶会が始まる。イリーはこのゆったりした空気が好きだった。

「リティカにも、イリーの『聖女』のような特性はあるの?」

 ソファにもたれて落ち着いた頃、リッツがそう問いかけた。

「そうだね。私は聖属性の魔法を持っているけど、リティカは光属性の魔法を持っているんだ」

 イリーに答えに、リッツは目を丸くする。

「光属性は血筋によって得られる魔法よ。フェルバレート子爵家は光魔法を得られるような家系ではないわ」

「そう。階級の低い子爵家の娘が光魔法を持っている、という点が特性なんだ」

 ヒロインは特別な女の子だ。その存在は特異なものであるが、それが攻略対象との恋を燃え上がらせる要因となる。子爵家の娘が王太子と婚姻すれば、それはまさにシンデレラストーリーである。

「それに対して、ドロテアは生まれつき闇属性の魔法を持っているんだ」

 リッツの表情が曇る。

 闇属性は、光属性に相反するもの。光魔法が人々を照らす魔法だとすれば、闇魔法は人々を呪う魔法。後天的に会得することもできる魔法で、フローティアがその良い例である。

「ラフィット侯爵家は真っ当な家系のはずよ」リッツが険しい表情で言う。「なぜ闇魔法なんか……」

「そこが争点になるんだ。物語を知れば、悪役令嬢だから、で片付けられるんだけど」

 闇魔法を持つ者はさほど多くないとされているが、生まれつき闇魔法を持っているとなれば、多くの場合では公にしないだろう。ラフィット侯爵家もドロテアの闇魔法のことをひた隠している。この世界ゲームの知識がなければ、イリーでも知り得なかっただろう。

「ドロテアは闇魔法を持つことで疎まれ、責められ続けてきたんだ。そこに光魔法を持つヒロインが現れて、コンプレックスが刺激されてしまう。そうして、悪役令嬢になってしまうんだ」

 前作ヒロインイリー悪役令嬢フローティアも相反する存在だ。イリーが前世の記憶を持っていなければ、いま頃、フローティアは破滅している。それが乙女ゲームというものなのである。

「ドロテアもいまは穏やかだけど、この先、リティカの行動次第で変わるかもしれない」

「イリーのときより難しい話に感じるわ」

 リッツは眉をひそめる。実際、その通りだ、とイリーは考える。貴族はすべからく魔法を持っている。属性はそれだけ重要な付属品になるのだ。

「フローティア様は、アルヴァルド殿下への恋心からヒロインに嫉妬するようになるのよね」

「うん。それがフローティア様に闇を引き寄せた。ヒロインの聖属性はただの設定のようなものだよ」

 闇に対抗し得るのは、聖なる力、そして光。ヒロインと悪役令嬢の対比だ。ここが現実となったイリーにとって、それはとても残酷なものに思えた。

「ドロテアは生まれながらに闇の魔法を持っていて、リティカは光の魔法を持っている」

「きっとドロテアは、リティカが光の魔法を持っていることに気付いているでしょうね」

「だから、このまま放置していたら、ドロテアは悪役令嬢になってしまう。続編の情報がほとんどないのが口惜しいね」

 前世のイリーが生を終えたのは、続編の発売前。まだ情報が公開されたばかりの頃だった。ヒロインと悪役令嬢の設定は知っているが、物語がどう進行するかは知り得なかった。

「ドロテアとリティカも友達になれたらいいのだけれど」

 希望を捨て切れないリッツの言葉に、イリーも小さく頷く。ゲームでこそヒロインと悪役令嬢と分類されているが、彼女たちもこの世界に生きる人間のひとり。ふたりがどう望むかはわからないが、きっと物語をぶち壊すこともできる。イリーはそう信じていた。



   *  *  *



 翌日の生徒会室。リティカは暗い顔をしていた。

 気遣いつつも声をかけられないイリーとリッツのもとに、セシリアが歩み寄って来る。

「リティカ、ドロテア様を破滅させるんじゃないかって不安になっているんです。リティカの行動次第で、ドロテア様は悪役令嬢になってしまうんですよね」

「そうだね……」イリーは頷く。「ふたりは友達になれないのかな」

「それもリティカ次第、ですよね。リティカは、ドロテア様を破滅させたくないと思っています」

 リティカは底抜けに無邪気だが心優しい少女だとイリーは思っている。自分がヒロインであることは自覚しているが、だからと言って好き勝手に振る舞い、イリーたちの関係を崩そうという気はない。続編の悪役令嬢ドロテアが破滅した場合どうなるのかをイリーは知らないが、きっと残酷な運命なのだろう。

「親友枠の私の役目ですよね。リティカとドロテア様の仲をなんとか取り次いでみます」

「そうだね。私たちも協力するよ」

「ありがとうございます。イリー先輩とフローティア様のように、リティカとドロテア様も良い関係を築いてほしいんです。何より、私もドロテア様とお友達になりたいです。ドロテア様は素敵なお方ですから」

 セシリアの表情は明るい。破滅がドロテアに付与された運命なら、ヒロインとその親友が揃っていればきっと回避できる。セシリアはそう信じているのだ。

「リティカに、思い詰めないでなんでも相談して、って伝えて。すべてを知っている者同士、協力し合おう」

「はい。ありがとうございます」

 そこへ、ドロテアも生徒会室に入って来た。その表情は明るさこそないもの、穏やかなように見える。心の中を覗き見ることは不可能で、これから少しずつ紐解いていくしかない。イリーはそう考えていた。

 生徒会メンバーが集まると、新メンバーへの説明が行われた。リティカの表情も幾分か明るくなって、生徒会の仕事に真剣に向き合っているようだ。攻略対象たちに必要以上に接触する様子は見られず、ドロテアに対してヒロイン補正を働かせるつもりもないようだった。

 イリーとリッツに、フローティアにも仕事が割り当てられ、みなそれぞれいつもの位置に着いていた。

「あ、あの……ラフィット様。お隣、よろしいですか?」

 不安そうな表情をしながら、リティカがドロテアに言う。その調子、とイリーは心の中で拳を握り締めた。

「ええ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 ドロテアの隣に腰を下ろすリティカは、緊張した面持ちだ。反対側にセシリアが着くと、少しだけ安堵したように見える。

「……リティカさん、とお呼びしてもよろしいかしら」

「はっ、はい! もちろん!」

「そちらのあなたは、セシリアさんとお呼びしてもよろしいかしら」

「はい、もちろん」

「これからよろしくお願いしますわ。新入生同士、助け合って参りましょう」

「はい! 頑張ります!」

「ありがとうございます、ラフィット様」

 イリーはリッツと微笑み合った。リティカにドロテアを破滅させる気がなければ、彼女たちはきっと良い友人関係を築ける。あとは、ドロテアの心をいかに救えるかにかかっているのだろう。

「わたくしのことも、どうぞお好きなように呼んでくださって構いませんわ」

「あ、ありがとうございます、ドロテア様!」

「よろしくお願いします、ドロテア様」

 ちらりとフローティアを盗み見ると、三人の姿を眺めて優しく微笑んでいる。イリーとフローティアの友人関係の築き方が特殊であったことはイリーも自覚しているが、こうして、彼女たちは少しずつ友人になっていく。きっとフローティアにも、それがわかっているのだ。ドロテアが闇の魔法を持っていることは知っているだろう。だが、それでも彼女たちは良い友人関係を築ける。イリーとリッツ、フローティアのように。



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