第6話 邂逅

「ヴェン君とアルフレッド君はどうやって知り合ったんですか?」


翌日、戦闘科に向けて解放された訓練場に向かう途中でミナ嬢がそんなことを言い出した。


「よく聞いてくれた! 俺とヴェンはね、前世で固い絆で結ばれててね──」


「偶然だ」


なるべく早く馬鹿の口を閉じさせる。叶うことのない望みだが少しは人目を気にしてほしい。廊下ですれ違う連中が「そうなの?」みたいな顔して振り返ってるぞ。まったく魔導師ってやつは。


「成り行き、行きがかり上、不幸な事故ってとこだな」


「ひどいよ! 俺が狼でヴェンは村を守る戦士だったじゃないか!?」


この前はドラゴンだったけどな。おまえは夕飯のおかずを盗むドラ猫がせいぜいだ。


「狼……戦士……」


ミナ嬢もすぐ影響されるんじゃない。


「ちょっとしたトラブルがあってな、それにこいつが首を突っ込んできたのさ」


「そりゃあ前世の友達のピンチだからね! 駆けつけないわけにはいかないよ」


「トラブル……ですか」


少しだけミナ嬢の顔色が曇る。そういえば、昨日も誰かに絡まれたとか話していたな。今はあまり楽しくない話題かもしれない。


「その頃のヴェンは尖ってたからね。前前世はシーザーだっけ?」


シーザーとは全身が針だらけの魚だ。良かった、ドラゴンのおまえとは仲良くやれそうにない。


「一年のヴェンはまだ跳ねっ返りなだけの熱い青年だったのさ。今みたいに擦れてなかったよ」


「そうなんですか」


「擦れて」のところを訂正してもいいんだぞミナ嬢。


「今はそれくらいじゃ怒らないけど、当時はヴェンの異名をコソコソ言うやつらがいてさ、それを聞く度に飛び掛かっていったのさ。終いには学院長にも喧嘩吹っ掛けてたっけ」


ああ、ぶん殴りに行ったさ。さらっと言いやがったからなあのババァ。


「ええっ!? ヴェン君、あまり危ないことをしちゃダメですよ」


常識人からの心配。これが一番心にくる。


「ミナ嬢はしばらく経ってから入学したもんね。すぐの頃は結構噂になってたんだよ」


「そうなんですね……」


ミナ嬢は途中で編入したのか。『未満ノーリーチ』のことを知らなかったのも頷ける。


「それでいつもの様に暴れるヴェンを僕が止めに入ったのさ。それが今世での最初の出会いさ」


最初で最後の出会いにしたかったが、ミナ嬢と引き合わせた一点を見れば最良の出会いとも言えるのが口惜しい。


「俺と揉めたやつ、仲裁に入ったおまえみて青ざめてたぞ? いったい何をしたらああなるんだ、入学して一ヶ月やそこらで」


侮りきっていた顔が見事に色を変えたからな。人間の顔があんなに鮮やかに色を変えたのを見たのは後にも先にもあれだけだ。


「彼は前世の僕がよく食べてた虫だよ」


「なんでも前世で片付けるな」


「ぷっ──!」


くだらない会話に吹き出すミナ嬢。マナが見える云々があるにしろ、この年頃の少女は笑顔が似合う。馬鹿話をしているうちに間も無く訓練場に到着しそうだ。そう思ったとき、


「コンサグラドさん」


俺たちとすれ違うように訓練場から出てきた一団の一人が声をかけてきた。


「エルサさん……」


温度の感じない声色は意図的なものなのかはわからないが、コロコロと笑う少女から笑顔を奪ったことは非常に罪深い。


「やぁ、フラクレス嬢!」


アルフレッドが口にした聞き馴染みのある家名。そこでようやくミナ嬢に声をかけた人物に目を向けた。腰まで届く手入れの行き届いた銀色の髪に、品がある程度に高い鼻、切れ長の目、蒼い瞳。しゃなりと立つ姿は血統書のついた猫を思わせる。


「コンサグラドさんは、訓練場に?」


なるほど。戦闘科のトレンドはアルフレッドの無視……と。一瞥もなくアルフレッドを切り捨てる姿は好感が持てた。


「は、はい。色々な確認も兼ねてまして」


「そう」


結局、交わされた言葉はそれだけだった。銀色の髪をなびかせ、銀の猫は去っていく。去り行く姿はやはり貴族のそれだ。


「いやぁ、フラクレス嬢はクールビューティーって感じだね!」


「無視を無視……だと?」


知らない間にアルフレッドはまた進化を遂げていた。それにしても、


「フラクレスのお嬢様か、昨日ミナ嬢にちょっかいをかけたのは」


「知ってるの、ヴェン君?」


ミナが身を乗り出すが、身長差から背伸びをしているようになってしまっている。


「俺は帝国の出だからな。むしろコンサグラドよりもあっちじゃ知られた名さ」


守護者フラクレス。建国から帝国を支えてきた大貴族だ。ジア国の盾がコンサグラドなら、帝国の盾がフラクレスだ。兵と共に戦場を駆け回る逸話は枚挙に暇がない。しかし、


「態度は貴族らしいが、ミナ嬢に悪意を持ってるようにも見えなかったが」


俺の言葉にミナ嬢が身長以上に小さくなった。


「エルサさんは何も悪くありません……。私の問題ですから」


ミナ嬢はぎゅっと口元を結んだ。どうやら藪をつついてしまったようだ。この話を詳しく聞いて良いものか悩んでいると、俺の逡巡を察したアルフレッドが口を挟んだ。


「ヴェンにもいずれわかることだから、話しても良いんじゃない?」


「……」


殊更、真面目くさってミナ嬢を促すアルフレッド。俺の知ってる数少ないアルフレッドの癖だが、物事を先に進めたいときによくこの顔をする。人間の機微が理解できないこいつには葛藤や迷いが退屈なのだろう。


「無理する必要はない。いずれわかるなら、いずれで構わん」


気にならないと言ったら嘘だが、どちらかと言うとミナ嬢のメンタルの方が優先だ。そういったゴタゴタより俺には彼女が持っている唯一無二の異能の方がよっぽど大切なのだから。


「ヴェンったらのんびり屋だねー、僕だったら今すぐ知りたいと思うんだけど」


赤茶けた瞳の奥も笑っている。それならそれで構わないらしい。執着がないアルフレッドらしい割り切りの良さだった。


「い、いえ。大丈夫です、話せます!」


「本当か?」


「はい。アルフレッド君の言うとおりいずれ分かることですから──」


雨の降り始めのようにミナ嬢は半年程前のことを話し始めた。

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