第5話 ヴェン君とエイナー君

「さぁさぁ、さっそくスケジュールを立てようじゃないか! おや、ミナ嬢はなんだか気合いが入ってるようだね! フラクレス嬢に虐められた傷は癒えたみたい、良かった良かった!」


研究室に入るなり捲し立てるバカ。こいつのせいでしっとりした空気が逃げてしまった。こっちはいつミナ嬢に実験の話を持ちかけようと悩んでいるというのに。


「ありがとう、エイナー君」


バカにえへへと無邪気に応えるミナ嬢。手に収まりきらないマグカップは再び湯気が立てている。


「ヴェンもやる気になってくれたようで何よりだよ」


扉の外で盗み聞きしてたんじゃないだろうなこいつ。睨みつけてみるが、髪と同じ色をした瞳は真意は読み取らせない。そりゃそうだ、俺如きに見破れるほどこいつの面の皮は薄くない。

機嫌良くピーチクパーチク囀るアルフレッドに促され、ミナ嬢が口を開く。


「クライ君は知らないかもしれませんが──」


そう前置きしてミナ嬢は今後のスケジュールを話し始めた。それはいいのだが、


「ミナ嬢、クライ君ってのはやめてくれ。学年も一緒なんだ、ヴェンでいい」


「わ、わかりました。では……ヴェン君!」


自分で提案したことだがそんな一生懸命に呼ばれると気恥ずかしい。ミナ嬢には父性を掻き立てる才能があるようだ。素直な性格に人攫いにでも遭わないかと余計な心配までしてしまいたくなる。どうにか表情だけは崩さずに頷いておいた。


「俺もアルフレッドでいいよ、もしくはアル!」


「はい!はい!」と挙手するアルフレッド。こいつには余計な事をする隙間を見逃さない才能がある。


「ありがとうございます、エイナー君!」


「あれ?」


おまえ戦闘科でいったい何をしたんだ。

笑顔でちゃんと反抗期なミナ嬢のスルーにちょっと引いてしまう。


「もういいだろ、エイナー君。ミナ嬢、先を頼む」


視界の端で「ひどいよっ!」とハンカチを噛むエイナー君を無視する。ハンカチを噛んで黙ってくれるならずっと噛んでいてもらいたい。


「はい、まずこのパーティーでの戦い方を確認したいと思います。基本的には前衛をエイナー君、後衛を私とヴェン君──」


ミナ嬢、名前を呼んだあとに「大丈夫?」と見ないでいい。再びむっつり頷く。


「──を基本にしていきたいと思います。前衛の数に違いは出るかと思いますが、三人パーティーなのでどこも似たような布陣だと思います。エイナー君には向こうの前衛を抑えてもらって、私は魔法で面制圧を目指します」


いやはや、戦闘科ってのは頼りになるな。子どもにしか見えないのに(実際子どもなのだが)スラスラと役割分担を話すミナ嬢に素人の俺は感心してしまった。


「ヴェン君には飛び道具で相手の魔導師、後衛ですね。詠唱を邪魔してもらいたいです。向こうの前衛はアルフレッド君が──」


「ちょっといいだろうか」


「あ、ご、ごめんなさい! 勝手に決めちゃって──!」


俺の無粋な横槍にミナ嬢がまた小動物に戻ってしまった。慌てて言葉を手繰る。


「いや、そういうわけじゃなく──」


「言わなくてもわかってるよヴェン! 賛成さ、もちろんヴェンには前衛でばったばったと──」


おまえは何もわかっていない。言ってもおまえはわかってくれない。


「黙れアホ。ミナ嬢、役割に関しては何の問題もない。ただ手法についてはアテがあるからちょっと待ってほしいという話をしたかった。どこかでシュミレーションをやるつもりなら、その時に実物で説明する」


馬鹿を制して、必要なことだけ伝える。ミナ嬢は関心したように頷いていた。ぜひとも扱い方の参考にしてもらいたい。


「わかりました! 他には──」


その後は俺もアルフレッドも口を挟まず、ミナ嬢によるパーティーの基本戦術や優先順位の話で場が流れていった。


一生懸命説明するミナ嬢には悪いが、俺は別のことを考えてしまっていた。


──実験ができる。


こればかりは仕方がない。職業病だ。ニヤつくのだけ必死に我慢した。

戦闘は論外だが、パーティーという合法的な理由で魔導師の力を借りられることが正直嬉しくて仕方ない。しかもマナが見える優秀な魔導師ときた。いつか実験を手伝ってもらうことを抜きにしても、こんな機会も早々ない。


大袈裟な仏頂面を作りながらも、俺の頭の中は遠足前の子どものようにはしゃぎまわっていた。

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