第3話 天啓
「それでね──」
睨みつける俺にエイナーは戦闘科の試験内容を大ざっぱに説明した。
進級試験自体はトーナメント方式のパーティー戦らしい。トーナメント成績が評価の全てということはないだろうが、年二回の試験の重要度は高い。研究科の年一の成果発表みたいなものだと考えれば、誰もが血眼になっていることがわかる。パーティー編成も学生同士に任せられているらしく、他者から評価を勝ち得て優秀なパーティーを結成することも試験の一環だとか。
「大雑把な内容は把握した。だが、俺が知りたいことはそんなことじゃない」
アルフレッドはわざと肝心なことは話していない。美味しいものは最後に食べるのがこいつの癖だ。
「なぜミナ嬢は誰とも組めないんだ」
そもそもの疑問だ。戦闘科序列上位のアルフレッドがミナ嬢と組むのはわかる。だが、見た目通りの幼さで飛び級で学院に入るほどの才女が組むもう一人が見つからないというのは変な話だ。数合わせで俺に頼むにしろずいぶん段階をすっ飛ばしているような気がする。
俺の質問にアルフレッドは困ったように笑った。
「あー、ヴェンは戦闘科一年の試験見ていなかったのかぁ」
「興味がないからな」
こちとら研究科だ。切った張ったに興味はない。自慢じゃないが神秘溢れるオーライム学院で俺の知ってる場所は自室と教室と研究室ぐらいだ。二年になって授業が免除になってからは自室と研究室の往復しかしていない。
「あははっ、だろうね。えーっとね……実はそこでミナ嬢がちょっとした事故を起こしちゃったのさ」
「事故?」
「撃ったのさ、味方を」
「それは──」
魔導師のタブーの一つだ。
詠唱一つで奇跡を起こせる魔導師にとってマナのコントロールは死活問題。ましてやミナ嬢も見た目通りなら後衛だろう。誤射をする味方というのは背中にいつ爆発するかわからない爆弾を抱えるようなものだ。確かに、それなら拒否をされる理由もわからなくもない。
「しかし、それだけじゃ──」
「誤射じゃないのさ」
訝しがる俺の言葉を不穏な発言が遮った。
「は?」
「本人がそう言ってた」
待て待て待て。おまえはそんなトリガーハッピーな子リスを俺のところに連れてきたのか?
「借りと釣り合いがとれないぞ。そんなの命がいくらあっても足りやしない」
「悪気は無かったと思うよ?」
余計にタチが悪いわ──! それをそのまま口に出そうとしたとき、アルフレッドがいつもの胡散臭い笑顔をしていることに気がついた。
「──おい、まだ何かあるんだろう? もったい振るな」
俺の言葉にアハハと笑うアルフレッド。いいからさっさと話せ。
「いやね、ミナ嬢は隠してると思うだけど──見えるんだよ、マナが。それも日常的に」
♢
空気が音を立てて固まった。
「おまえ──っ!?」
ほとんど怒鳴りながらも慌てて周りを見渡すと、幸運なことに研究室は俺たち二人だけになっていた。
「それがどういう意味か分かってるのか?」
ぐっとアルフレッドに顔を寄せる。野郎に顔を近づける趣味はないが、今誤魔化されるわけにはいかない。
「ミナ嬢が言った通りさ、誤射じゃない。理由があるのか、それ以外は何も話さなかったけど。たぶん、ミナ嬢は魔法が暴発することがわかったんじゃないかな。事実、ミナ嬢が背中側から撃ったにも関わらず、撃たれた人の怪我はお腹側だ」
まるで事件のあらましを説明する探偵のようだった。ならば俺は犯人のように話すが、それだけでは証拠にならない。
「収束したマナ同士が同調したんじゃないか?」
つまり誤射か先か、暴発が先か。
「それもあるね」
アルフレッドは気にもしない。キザったらしく立てられた指が目の前で揺れた。
「もう一つの理由は、ミナ嬢が飛び級なこと」
俺はもう息を殺して探偵の推理を聞くしかない。
「ミナ嬢は優秀さ。髪の色を見てわかるように僕らとは違い、マナとの親和性も抜群」
俺の目の前には赤茶けた頭があり、アルフレッドの目の前には黒い頭がある。
間をとってアルフレッドが「でも」と続けた。
「──それだけだ。優秀な魔導師ならいくらでもいる」
ここは天下のオーライム魔道学校。その点は確かにアルフレッドの言う通りだ。実際の戦闘科の様子は知らないが、いくらミナ嬢が優秀とはいえどよほど頭一つ抜ける何かがなければあの幼さで入学が許されるとは考えづらい。
「最後の一つは、僕の勘さ」
それきりアルフレッドは黙り、俺の判断を待った。探偵の推理は終わったらしい。俺はどうするかと問いかけているんだろう。しかし、そんなことは時間の無駄だ。
「天啓──」
気がつけば、俺を椅子を蹴って立ち上がっていた。
「へ?」
頭の中で歯車が激しく回り出していた。ついに神が俺にチャンスを運んできた。ようやくこの時が来た、魔導の歴史が動くときが。待っていたぞ、この時を待ち望んでいた。幸運の女神が横切るこの時を──っ。
「引き受ける、引き受けるぞアルフレッド!」
研究室に俺の声が響き渡る。口角が吊り上がり、体温が上がる。アルフレッド、愛すべき悪友。おまえは快楽主義の性格ゴミクズ男だが冷徹な分析──いや解剖のできる男だ。自分すら冷徹に手術台にのせられるお前は間違えない。よくぞ、よくぞ連れてきてくれた、今日ほどおまえという性格クズと出会えたことを感謝した日はない。
「いやぁー、ヴェンが引き受けてくれて僕も嬉しいよ。──これで少しは世の中が面白くなる」
アルフレッドが何か言っていたがもはやどうでも良かった。俺の頭の中では今後やるべきことが渦を巻いて湧き出ていたのだから。実験、そして検証、そしてまた実験。ハネムーンの予定のようだ!
興奮で部屋をグルグル周りはじめた俺を、アルフレッドはニコニコと眺めていた。
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