第37話 遠い記憶
「そろそろみんなのところへ戻ろうか」
アスティはそう言って、空になった瓶を捨てるために、マルタの店へと足を運んだ。
「し、知らないよ! 本当だ!!」
突如、店の中からマルタの叫び声が聞こえた。アスティが店の中を覗くと、床に尻餅をついたマルタに向けて剣先を突きつけている長い髪の女が立っていた。
「なにしてるんだ!!」
「なんだお前は?」
女はアスティを一瞥する。
「俺はその人の知り合いだ。剣を納めろ、人に剣を向けるなんて非常識だ」
「……私はこの男に話を聞こうとしただけだ」
「話?」
女はアスティを無視して、マルタに向き直ると更に剣をマルタの顔に近づけた。
「お前が王都から運んだ荷物はどこだ、答えろ」
「ヒィ! 勘弁してくれ、俺は何も知らないよ! あの荷物も途中で無くしちまったみたいで、どこに行ったかもわからないんだ!」
マルタは頭を抱えてうずくまり叫んだ。
「デタラメをいうなら容赦はしないぞ」
女は持っていた剣を握り直し、さらに脅しをかける。
「嘘じゃない。その荷物のことなら俺が知ってる」
アスティが答えた。
「お前が?」
「ああ、中身は薬だろ」
「……」
女は表情を変えず、アスティの言葉を待った。
「その荷物を運んだ馬車に一緒に乗っていたから、知ってるんだ。荷物は無くしたんじゃなく、奪われた」
「誰に奪われた」
「詳しくは分からないけど、道中で妖魔に襲われたんだ。たぶん、その時に荷物も盗まれたんだと思う」
「他には」
「他?」
「石は見なかったか。これくらいの黄色い宝石だ」
「黄色い宝石……あ!」
「見たのか!!」
女は初めて表情を変え、聞き返した。
「確か教会に居た男が持っていたのを見た気がする。けど教会は火事になって、そのまま全部、灰になった」
「火事だと?」
「嘘じゃない! 確かめたいなら、北の教会跡に行けばいい」
「……なるほど。ではそこへ行って確かめるとしよう。情報提供感謝する」
「ま、まて!」
そう言って、立ち去ろうとした女をアスティが引き止めようとした瞬間、女はアスティに向けて剣を振り下ろした。
「うわ!」
ガキンッと金属の擦れる音が響く。
アスティは咄嗟に自分の持っていた剣の鞘で女の攻撃を防いだ。剣を抜く暇はなかったのだ。
女は不敵な笑みを浮かべて言った。
「なんだ、立派な剣をぶら下げているからどれだけの強者かと思ったが、その程度か」
「なっ…?!」
「邪魔をしたな」
女は羽織っていたマントを翻し、アスティの横を通り過ぎた。アスティはその翻ったマントに描かれた赤い星の紋章を見て目を見開いた。
「――その紋章、まさか! ま、まて!」
アスティは女の後を追って店を飛び出したが、すでに姿はなかった。
「……っ!」
突然、ひどい耳鳴りと目眩に襲われ、アスティは膝をついた。視界はひどくぼやけ、ハッキリとしない。霞む視界の中に誰かの背中が見えた。それが誰なのかはわからない。ただ、その背中に描かれた赤い星が脳裏に焼き付いて離れなかった。
『ハルト? それがお前の本当の名か』
記憶の中の男が何かを言っている。
『じゃあアスティって名前はもういらないね』
隣にいた誰かがそう言った。
『いや、そんな事ないだろ。ハルトだろ? なんか、俺の名前と似てるな……。お、ハルハイトってどうだ? うん、いいな! よし、今日からお前はアスティ・ハルハイトだ。全部やる。この名前も、この剣も全部お前にやる』
そう言って男は持っていた剣を小さな手に押し付けた。
『だから全部持っていけ。そして取り返せ。全てを。お前が奪われた全てを取り返しに行け!』
言葉が出なかった。伝えたい事がたくさんあったはずなのに、何故か一言も言葉を発することが出来ずただ、受け取った剣を強く握りしめる事しか出来なかった。
「――っ」
「アスティ? 大丈夫?」
「え?」
ミレイユの言葉にアスティは我に帰った。
「さっきの女の人、何だったの?」
「ご、ごめん。ちょっと気になる事があるから、先に戻るよ!」
「え、ちょ、ちょっと!」
ミレイユの呼び止める声が聞こえたが、アスティは立ち止まらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます