第36話 秘めた思い
「ミレイユ、君はお父さんの手紙に隠されていたメッセージ……。あの図鑑に気づいたんじゃないか?」
「……アスティ、急にどうしたの? 一体何の話?」
「さっき、レインが君に父親の手紙のことを聞いたとき、君は気づかなかったといったけど、もし本当に気づいていなかったとすれば、君はその内容を知りたいと思うはずだ」
「……」
「でも君は手紙について深く言及しなかった。それは、君が手紙の内容をすでに知っていたから……」
アスティはそこまで言って、言葉を詰まらせた。
『―――箱の中身を見るためには、外箱を壊さなければならない』
レインの言葉が頭をよぎる。その言葉の意味までは理解できなかったが、このことが彼女を傷つける要因になりうることを予感していた。
「……もし私が父の手紙を知っていたとして、どうして嘘をついたって思うの?」
ミレイユはまっすぐな目でアスティを見た。
「確証はないんだ。ただずっと違和感みたいなものがあって……」
「違和感?」
「あの花……」
「花?」
「君のお父さんが作ったミレイユ・フラワーはネフコルギザァトが咲かせた花とよく似ているけれど……」
アスティはゆっくりと記憶をたどりながら語った。
「君の家にあるミレイユ・フラワーは、それとは花弁の枚数が違ってたんだ」
ミレイユは大きく目を見開く。
「驚いた……」
「え?」
「花弁の枚数なんて覚えているのは、私だけだと思っていたから……」
「ああ、俺は君の家でお父さんの研究ノートを見たから覚えていたんだ。お父さんが作ったミレイユ・フラワーは花弁が五枚なのに、ミレイユが出荷していた花は花弁が六枚だったから、少し不思議に思ってたんだ」
アスティがそう言うと、ミレイユは肩を竦めて笑った。
「もう貴方に嘘をつくのはやめるわ」
「え?」
「だって直ぐバレちゃうんだもの」
「ミレイユ……それじゃあやっぱり……」
「ねぇ、喉渇かない?」
「え、うん」
「じゃあ、ちょっと外へ行きましょ。ここからなら、マルタさんのお店が近いから、そこで飲み物を買いましょ?」
「ああ、わかった」
アスティは言われるままにミレイユの後を追った。
マルタの店は本当に近くにあり、二人はそこで飲み物を買った。アスティはついでにマルタに挨拶をしようと思ったが、店主は店先に出ていない様だった。
「マルタさんいなかったね」
二人は店の横で水の入った瓶を煽る。冷えた水が喉を通ると、アスティは一気に飲み干した。自分でも気づかないくらい喉が渇いていたようだ。その様子を横で見ていたミレイユがクスクスと笑った。
「……どこから話そうかな」
ミレイユが手に持った瓶を見つめてつぶやいた。アスティは何か気の聞いた言葉を掛けようと頭を働かせたが、何も思い浮かばず黙ってミレイユの言葉を待った。
「私が父の手紙のメッセージに気が付いたのは、二年くらい前かな? 父が亡くなってからずっと手つかずだった部屋を片付けているときに見つけたの」
ミレイユの言葉をアスティはただ黙って聞いている。
「そして、あの本や研究ノートを見て、初めてミレイユ・フラワーが生まれた本当の経緯を知ったの」
ミレイユは隣に並んだアスティの顔を見上げた。
「父からは、母が私のために作ってくれた花だと聞いていたから、それを知った時は本当にショックだったわ……」
「……」
「父の書斎にあった黒い棚をみた?」
「え?」
「見たでしょ?」
ミレイユはそう言っていたずらっぽく笑う。
「あ、えっと、その、ご、ごめん」
アスティは勝手に棚の中をのぞいたことを素直に謝った。
「いいのよ、謝らないで。逆に驚いたでしょ? 私も怖くてずっと忘れようとしてたから……。アスティが泊まる部屋に置いたままにしていたこともすっかり忘れていたわ」
アスティは思い出す。黒い棚の中にあった瓶の中身を。
「あれ、母の指なの」
「え……」
「父が母の指を切り取って残していたみたいなの。何を考えてそんな事をしたのかは未だに理解できないけど、でもあれはたしかに母の指よ。そして、そこから生えていた花は本当にミレイユ・フラワーにそっくりだった……」
「……」
「ミレイユ・フラワーは父がとても大事にしていた花だし、私自身も自分の分身みたいな花だと思っていたから、大切にしようって思っていたんだけど……、あの指を見つけてから、どうしても母を死なせた花を思い出してしまって……」
ミレイユは目の前の建物の窓に飾られたミレイユ・フラワーを見上げて、一瞬だけ切なそうな表情を見せた。
「それでね、半年くらい前かな? 街中のミレイユ・フラワーが枯れるって事件があったの。原因は分からないんだけど、私はある意味これはチャンスだ!って思って。前々から少しずつ研究してた花をね、ミレイユ・フラワーの代わりとして街に出荷したの。花壇やお庭で育てられてるものにまではなかなか手が回らないけど、それもいつか新しい花に変えられたらいいなって思ってるの」
ミレイユは少し照れくさそうに笑って、ささやくように言った。
「あのね、これは、まだ誰にも言ってない事なんだけどね、私、あの花をこの街から無くしたいと思ってるの」
「そうなんだ」
「ふふふっ!」
ミレイユは無邪気に笑って、手に持っていた飲み物を一気に飲み干した。
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