第35話 彼女の嘘と

「ちょっと待って! 急にどうしたの?」


 ミレイユはアスティの腕を掴み、不安げな表情を浮かべた。


「マイルズも教会に行ってたの?」

「え?」

「さっき、部屋でそう言ってたでしょ? 教会で何かあったの?」

「……」


 アスティは何と答えればいいのか分からず、黙り込んでしまう。


「……教えてくれないのね」

「ご、ごめん。俺もよく分からなくて……」


 アスティが謝ると、ミレイユは一呼吸置いた後、首を振った。


「……私の方こそ、ごめん」

「なんで君が謝るの?」

「これ、私の悪い癖なの」

「クセ?」

「そう、何でも知りたがって首を突っ込まずにはいられない性格。マイルズにもよく言われるわ。ミレイユは何でも知りたがるねって」


 そう言いながらミレイユは肩を竦めて笑う。


『―――メモの切れ端が入っていたんだが、君は気づかなかったか?』


「そうか、あの時……」


 アスティはレインの言葉を思い出し、小さく言葉を漏らした。


「どうしたの?」

「ミレイユ、君はあの手紙の事を知っていたんだね」

「……え?」



 アスティ達が部屋を出ていった後、マイルズは観念した様な表情で、レインに向き直った。


「それで、俺に聞きたい事ってなにかな?」

「ああ、これだ。この王都印が入った薬瓶。これについて知っていることを全て話してもらいたい」


 レインが腰に下げた鞄から、小さな小瓶を取り出して、机の上に置いた。


「……それを聞いて、どうするんだい?」

「別にどうもしないさ。ただ、オレが知りたいだけだ」


 レインは悪びれる様子もなく言い放つ。その堂々とした態度にマイルズは思わす面食らう。


「ミレイユも相当な知りたがりだけど、君も負けず劣らず好奇心が強そうだ」


 マイルスはそう言って少し笑った。


「すまんが、ワシにも分かるように説明せしてくれんか?」


 二人のやりとりを見ていたエシルが口を挟んだ。


「ああ、そうだな。順を追って説明すると……、これは先日、北の廃倉庫で拾った薬瓶だ」


 そう言って、レインはテーブルに置いた小瓶を指さした。


「中身は空だが、ラベルに書いてある通り王都製の薬だ」


 エシルが椅子から立ち上がり、机に置かれた小瓶をまじまじと覗き込んだ。


「そして、こっちは町はずれの教会で拾った薬瓶」


 レインは懐から割れた小瓶を取り出すと、机に置いた小瓶の横に置いた。


「割れてしまって中身はないが、これもラベルを見る限り同じ王都製の薬。つまり花葬病を治療するための薬だ」

「花葬病の薬じゃと!? 花葬病の薬はまだこの町で作りはじめたばかりじゃないか! 王都にそんなものあるわけが……」

「その薬は本物です。花葬病の薬は既に王都では作られていたんです」


 エシルの言葉を待たず、マイルズが答えた。


「これはマイルズが用意したものか?」

「いや、俺じゃない。それは、俺の兄が独自に入手した物です」

「兄?」

「俺には二歳上の兄がいるんだ。……兄弟仲はあまりよくないんだけどね」


 マイルズは苦笑いを浮かべる。


「兄は父が残した研究成果から、魔物の存在を知ったらしく、有事に備えて色々と準備をしてたらしい」

「魔物の存在を知っていたなら、領主に相談したりすればよかったんじゃないか?」

「……兄は人助けをしようと思って、その薬を準備してた訳じゃない。目的は金儲けの為です」


 マイルズは吐き捨てるように言った。


「花葬病が再び流行り出したときに、いち早く薬を売り捌こうと考えていたみたいです」

「それは、本人から聞いた話か?」

「前々から兄の計画には気づいていました。だから俺はずっと兄を監視していて……。俺は教会に先回りして薬を廃棄しようとしたのは俺です。兄はアレを街で売り捌こうとしていました」

「なるほど、マイルズが教会にいた理由はそれか」

「じゃ、じゃが、なにも薬を廃棄しなくてもよかったんじゃないか?」

「そ、それは確かに軽率な行動だったかもしれません……。でも、どうしても兄の思い通りにはしたくなくて……」


 エシルの質問に、マイルズは言葉を詰まらせた。


「ふむ、君にも色々と事情があるようだな。ところで先程、父の研究成果と言っていたが、それは何だ?」


 レインは特に気にした様子もなく、さらりを話題を変える。


「あ、ああ、俺の父は歴史学者をしていたんだ。その父がこの街の歴史を調べている時に偶然あの魔物に関する文献を発見したらしい。父が調べた限りでは、この街は元々あの魔物を封印して外へ逃がさない様にするために作られた檻だったそうだ。でも大昔の大戦でその事実を知る人間も居なくなり、壁は完成する前にその意味を失ってしまった」

「あの中途半端に作られた壁はそのなごりという訳か」


 レインは顎に手を当て、納得したようにつぶやいた。


「父が実際にあの魔物を発見していたかどうかは分からないが、街で病が発生した時の状況などを考えると……あの魔物はこの街の地下に封印されていたんじゃないかと思います」

「なんと……」

「当時は俺も幼かったから、ミレイユの父親が薬を完成させたんだと思っていたけど……実際に薬を手に入れたのは、俺の父だった」


 マイルズは床に視線を落とし、そう言った。


「どういう意味だ?」


 レインが聞き返す。


「そのままの意味だよ。説明しても信じては貰えないだろうけど……。父は奇跡のような力を使って花葬病の治療薬を手に入れたんだ」

「なんじゃ、意味が分からんぞ?」

「……デミウルゴスの書を使ったのか?」


 レインの言葉にマイルズは驚き顔をあげた。


「君は、あの本の事を知っているのか……」

「噂程度にはな」

「……さすがは魔導士、博識だね」

「しかし、あれは禁書だ。一般人がそう簡単に手に入れられる品では無いはずだが――」 


 レインは先日会った少女が所持していた本の事を思い出していた。


「父があの本をどこで手に入れたのかは分からない。だだ、父はこの街の歴史研究者だったから、その過程で偶然手に入れたんじゃないかと思っている」

「その、デミなんとかの書とはいったいなんなんじゃ?」


 エシルが口を挟んだ。


「簡単に説明すると、自分の命を素材にしてなんでも作り出すことができる魔法の書物だ」

「なんと! そんな本が存在するのか!?」


 レインの言葉にエシルは興味深そうに眼を瞬かせた。


「ああ。俺も昔、神都の宝物庫に保管されていると聞いた事がある」

「それで、その『なんでも』とは?」


 エシルが食い気味に問いかける。


「言葉通り『なんでも』だ。この世に存在しないと言われる物でも、森羅万象ありとあらゆるものが作れるとされている。ただしその品質は使用者の素養に大きく左右され、創造には自身のエレメントを対価とする」

「エレメント? あっ、あの、命の源と呼ばれるものか?」

「ああ、そうだ。だから使用はほぼ一度限り。使えば使用者は自身のエレメントを失って死ぬことになるからな」

「死!?」


 エシルは驚きの声をあげ、勢い余って椅子から転げ落ちそうになる。


「そんな恐ろしい本が存在していたとは……。まさかお前さんの父は知らずに本を使ったのか?」


 マイルズはエシルの言葉に首を振った。


「その時の父は既に病に侵されていて、いつ死んでもおかしくない状態だった。だから、最後の望みをかけてあの本を使ったんだと思います」

「なんと……」

「けれど父が命懸けで手にした薬はたったの一瓶だけでした」

「たった一瓶だけか?」

「父の素養では、それが限界だったんでしょう」 


 マイルズは自虐気味な笑みを浮かべる。


「そ、それで、おまえさんの父親は……」

「薬を作り出して、そのまま息を引き取りました」


 エシルは言葉を失う。


「だけど、父が命をかけて作ったその薬で、俺と兄は感染せずにすんだんだ。残りはもうわずかだったけど、ホフキンスさんはその薬を元に研究を進め、薬の製造法を確立させた。だけど、薬の製造法は分かってもこの小さな街の設備じゃ薬を量産することは出来なくて……。だから、ホフキンスさんは王都からの支援を乞うために何度も手紙を送っていたんだ。でも結局、王都からの支援は受けられなかった」

「そうじゃったのか……」

「そんな風にして時間だけがどんどん過ぎていって、塩水の延命効果も虚しく、街の死者も増え続ける一方だった……。そんな時、ホフキンスさんは別の方法で病を抑える方法を考えついたんだ」

「別の方法?」

「ああ、魔物の毒胞子を無効化することができる花をつくった。――それがミレイユ・フラワーさ」

「ああ、この花か」


 レインは窓際に置かれた鉢植えの花を見ていった。


「そう、その花は解毒作用を持つ香りを放つことで毒胞子の効果を弱め、ネフコルギザァドの動きをも抑えた。町中に飾られた花は全部あの魔物を鎮める為に置かれていたものなんだ」

「確かに当時、あの花が病を遠ざける効果があると噂になって、瞬く間に町中に広がって行った記憶があるな……」

「その噂を流したのも、花を街中に広めたのも、当時ホフキンスさんの手伝いをしていた俺と兄なんだけどね」

「そうじゃったのか……。その事をミレイユは?」

「ミレイユは何もしらない。……当時はまだ幼かったし、ホフキンスさんからも彼女には真実を告げないように口止めされていたからね」


 そう言ってマイルズは悲しそうに首を振った。


「ミレイユの母親はその後どうなったんだ?」

「……え?」

「確か、前にエシルの店で聞いた話では娘を亡くした親に焼き殺されたと言っていたが」

「そ、それは……」

「嘘なのか」

「嘘?」


 マイルズは俯いたまま口を開こうとはしなかった。


「ふむ……。マイルズの話では、あの花が咲き続けている限り、この街で花葬病は起こらないはずだろう?」

「そう言われれば、そうじゃな」

「だが、花葬病は再び流行りだした。このことについて、君はどう考えている?」


 レインは俯いたままのマイルズに質問を投げかける。


「……半年ほど前に、街のミレイユ・フラワーが枯れるという現象が続いたことがあったんだ」


 マイルズは俯いたまま、静かに口を開いた。


「その時は、肥料が良くなかったとか、日照不足のせいだろうって話になって、特に気にしていなかったんだけど……それからしばらくして、ミレイユが言ったんだ。家で育てているミレイユーフラワーが数日前に殆どが枯れてしまったって……」

「なんと!」

「原因はわからないけど、今ある花を株分けして、また一から育てるから、しばらくはミレイユ・フラワーの供給が減るって言われて、俺はそこで危機感を覚えて、兄に相談したんだ。兄は自分が何とかすると言っていた。多分すぐに王都から薬を取り寄せる手配を始めたんだと思う。もしもの時に備えて……」

「なるほどな。ようやく話が繋がったか」

「うん? どういうことじゃ?」


 エシルはレインを見て首を傾げた。


「まず、この薬を取り寄せたのはマイルズの兄だと分かった。何者かがこの街に危害を加えようとしたのではなく、マイルズの兄が元からあったこの街の危険性に備えてとった行動だった。まぁ、それは金儲けの為でもあった訳だが……」


 マイルズもエシルも黙ってレインの話を聞いていた。


「そして、その薬を運んだのがアスティの乗った馬車だった。だが、その薬は兄の元へは届かなかった。なぜなら、それは道中、女神教会の司祭によって襲われ荷を奪われたから。そうこうしている間に街で花葬病が蔓延しはじめ、焦った兄は強硬手段に出て、教会へ乗り込もうとした。そこをマイルズに先回りされ、薬は教会ごと燃やされ粉々になってしまった……という訳だ」

「な、なるほど、よーわかった」


 淀なく話し終えたレインにエシルは関心する。


「ところで君はなぜ、教会を爆発させた?」

「そ、れは……」


 突然話を振られたマイルズは動揺をみせる。


「いくら兄のやり方に腹が立ったとはいえ、教会を爆破させるのは、いささかやりすぎじゃないか?」

「……そ、」

「――俺たちがまだ中にいた事を、君は知っていただろう?」

「…………」


 マイルズは一瞬何かを言いかけたが、それはそのまま沈黙へと変わった。

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