第34話 守られた外箱
「ミレイユは相変わらず朝が早いね。花を届けにいってたの?」
大通りを歩きながら、アスティが話しかける。
「……ううん。花屋は当分お休みする予定。みんなまだ花が怖いみたいで……。注文も今は全然ないから、今日はマルタさんのお手伝いをさせてもらってたの」
ミレイユが表情を曇らせたのを見て、アスティは慌ててフォローする。
「そうなんだ。……でもアレはミレイユフラワーのせいじゃないって分かれば、またみんな花を買いに来てくれるよ」
「ええ、そうね。そうだといいけど……あ、そうそう! あの病気から街を救ってくれたのはアスティなんだってマルタさんに話したら、すごく喜んでいたわよ。アスティにも会いたがってたし、また時間が出来たら顔を見せてあげてね」
「マルタさんも無事だったんだね」
「ええ、花葬病にはならなかったみたい。今朝もいつも通り元気に市場で働いていたわ」
ミレイユは可笑しそうに笑った。
「そういえば、街に着く前に黒い狼に襲われたのはマルタさんの荷馬車だったな。今思えば、アレも司祭の仕業だったのかな」
アスティは荷馬車が襲われた時のことを思い出し、レインに話した。
「可能性はあるな。手当たり次第に荷馬車を襲っていたか、その馬車を狙って襲いかかったのかは不明だが、そのどさくさに紛れて積み荷を奪っていった可能性も考えられる」
「まさか、マルタさんの積み荷の中に王都制の薬が?」
「……二人ともなんの話をしているの?」
ミレイユが不思議そうな顔で二人を見ていた。
「ええっと……」
アスティはミレイユに話すべきか迷っていると、レインが横から口を挟んだ。
「詳しい話はマイルズに会ってからにしよう。何度も説明するのは面倒だからな」
「そうなの? わかったわ。それなら早くマイルズを探しましょう」
ミレイユは素直に聞き入れると、少し歩調を早めて、アスティ達の先頭を歩いた。
「……ああ、そういえば、君が倒れている間に病の原因を調べに君の家へ行ったんだ。非常時だったとは言え、勝手に家に入ったのを謝らないといけないな」
「ああ、その事ならマイルズから聞いているから大丈夫よ。お陰で事態も収束したんだし、気にしないで」
「そうか、実はそのことで1つ君に確認しておきたい事があるんだが……」
「え、なぁに?」
顔だけ振り向き、笑顔を見せるミレイユ。
「ホフキンスが君に宛てた手紙があっただろう?」
「え? ええ、あったけど……」
ミレイユは記憶を探るように一瞬、視線を上に向けて答えた。
「その中にメモの切れ端が入っていたんだが、君は気づかなかったか?」
「メモの切れ端が? そんなの全然気がつかなかったわ」
ミレイユは特に気にする様子もなく、答えた。
「そうか、ならばいい」
レインの質問の意図がわからず、首を傾げたミレイユは思わずアスティの顔を見る。アスティにもレインの質問の意図が分からなかったので、曖昧な笑顔を返す事しかできなかった。
施設の中へ入ると、入り口付近に備え付けられたテーブルでお茶を飲んでいたエシルが三人に気がつき、声を掛けた。
「やっと戻ってきたか。遅かったの」
「なんだ、まだいたのか」
レインの言葉にエシルは声を荒げた。
「なんじゃ、その言い草は! お前たちが帰って来ないから心配して家に帰らずここで待っていたと言うのに!」
「別に子供じゃないんだ。わざわざ、俺たちの帰りを待たなくても……」
「ワシから見たらみんな子供じゃ! ……全く、昔っからお前さんは捻くれて可愛気がないのぉ」
怒るエシルに対して、めんどくさいなぁと愚痴をこぼすレイン。そんな2人のやりとりが可笑しくて思わず笑いそうになったアスティは慌てて口元を手で覆った。レインにバレたら後が怖いと思ったからだ。
「エシルさん、マイルズは来てる?」
「マイルズ? ああ、さっき手伝いに来てくれたよ。今は奥の部屋におるじゃろう」
「そうか。……ミレイユ、すまないがマイルズを休憩室まで連れてきてくれないか?」
レインがミレイユにマイルズを呼んでくるように指示をした。
「え? ええ、いいけど……」
「頼んだぞ」
ミレイユは一瞬なにかを言いたげな雰囲気を見せたが、すぐに態度を変えマイルズを探しに行った。
「俺たちも移動しよう。エシルも一緒に来てくれ」
「なんじゃ? 一体何事じゃ?」
「花葬病の原因を突き止めようと思ってな」
「なんじゃと!?」
エシルは小さな目を大きく見開いた。
「エシルは立会人だ」
・
・
・
休憩室に入るとレインは備え付けられた椅子に座って深く息を吐いた。
「アスティ、オレはここに来て正直迷っている」
「迷う?」
アスティも壁に置かれた椅子を人数分、引っ張り出してその一つをエシルにすすめた。
「オレはただ、事の真相を知りたいだけだ」
「それは俺も知りたいけど」
「だが、全てを明らかにすると言うことは、必ずしも正義じゃない」
「正義?」
アスティは首を傾げる。
「箱の中身を見るためには、外箱を壊さなければならない」
「意味がよく分からないんだけど……」
「外箱…、それはつまりミレイユの事だ」
「え?」
突然ミレイユの名前を出され、アスティは混乱する。
「もしもお前が、あの娘の傷つくところを見たくないと言うのなら、このまま二人でこの施設から立ち去るといい。オレの考え通りならマイルズに話を聞けば大体のことは把握できる」
「ちょ、ちょっと待って……、なんでミレイユ? 話が全然理解できないんだけど」
「それは、彼女が嘘を……」
レインの言葉を遮るように、部屋の扉をノックする音が響いた。
「みんな、マイルズを連れてきたわよ」
そう言いながら扉を開けて中に入ってきたのはミレイユだった。
「やぁ、二人とも無事だったんだね。あれから姿が見えなくなったから心配してたんだ」
ミレイユの後に続いて中に入ってきたのはマイルズだった。少し疲れた様子だったが、いつもと変わらずにこやかな表情でアスティ達に声を掛けた。
「それで話というのは? ミレイユに言われて来たんだけど……」
「ああ、実は君に聞きたいことがあってな」
「僕に?」
「……これの事で」
レインが懐から出した青い小瓶を見てマイルズは動きを止めた。
「それ、は……」
「俺たちさっきまで教会に行ってたんだ」
アスティが答える。
「教会……? そうか、やっぱり、あの仮面の男は君だったのか……」
マイルズはアスティの顔を見て納得したかのように呟いた。
「ど、どうしたの? 教会で何があったの?」
「ミレイユ……」
マイルズは酷く悲しそうな顔でミレイユを見た。
「アス、どうするんだ。残るのか?」
「……」
レインに言われ、アスティはミレイユに一歩近づき声を掛けた。
「……あ、あのさ、ミレイユ」
「ん、どうしたの?」
「マルタさんの店まで案内してくれないかな!」
「え? 今から?」
「うん、今すぐに! 行こうミレイユ!」
「そんな急に……? あ、待ってアスティ!」
アスティは強引にミレイユの腕を引いて部屋を飛び出した。
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