第六章
第33話 二つの月が沈むころに
二人は人目につく街道を避け、林の中を足早に進んだ。空に浮かんだ二つの月が辺りを照らし、暗い林の中でも迷う事はなかった。
レインが後ろからついてくるアスティに声をかける。
「ところで、お前が教会で見たという人物は見つかったのか?」
「いや、焼け跡にはもう誰も。……でも」
アスティは歯切れ悪く答えた。
「顔を見たのか?」
「……ああ。ほんの一瞬だったけど、ハッキリと覚えてる」
アスティはジッと正面を見つめたまま答えた。
「そうか、ならば話は早いな。街に戻って本人に直接話を聞こうじゃないか」
何かを察したレインはそれ以上の追求はせず、また前を向いて歩調を早めた。
「そうだ。レイン、焼け跡でこれを見つけたけど……」
アスティはそう言うとズボンのポケットから割れた小瓶を取り出した。
レインは足を止め、それを受け取る。
「これは……。王都製の薬か」
割れた小瓶を月明かりに照らし、貼り付けられたラベルを確認する。
「他のは爆発で粉々になってたけど、それだけはまだ形がわかるくらいには残ってたから持ってきたんだ」
レインは「ふむ…」と言葉を漏らすと、再び歩き始めた。
「どう思う?」
「あの司祭の口振りからすると、王都と繋がっていたとは考えにくい。むしろ、王都からの積み荷を奪って何かに利用しようとしていたんだろう」
「何かって?」
「多分あれだ。あの人狼の少年がいただろう。彼の身柄と引き換えに奪った薬を渡す取引をしてたんじゃないか」
「ああ、ソラの家族の! 確かあの二人は誰かに連れ去られたんだよな……ん? 人狼って?」
アスティが首を傾げる。
「アスは見ていなかったか? あの少年の大きな獣の耳を。アレは獣人の子供。人狼種だな」
「へー、そういうのもいるのか」
「あの司祭は獣人の子供をどこからか引き取って育てていたようだったからな」
「なるほど。だからあのシスター達にも獣の耳が生えていたのか」
アスティは教会での出来事を思い出しながら、うなずいた。
「初めから利用するつもりで、獣人の子供を集めたのか、あるいは獣人を育てた人間だから利用されたのか……。真相はもう分からないがな」
「利用するって何に?」
「司祭が持っていた卵殻石と呼ばれる魔召石の事だ。アレは神獣を呼び出すための道具だ。石の種類にもよるが、あれは特に獣人を好む」
「……そうなんだ」
アスティは分かったような分からなかったような曖昧な表情で言葉を返した。
「しかし、ソラが双子だったとはな。あの姉妹が司祭の手に渡らなかったのは幸いだったな」
「なんで?」
「女子の双子はこの国では特別に意味のあるものなんだ。特に教会にとっては貴重な存在だ」
「双子が? 教会とどんな関係が?」
「女神アリアテレーゼは神の使いである神獣を召喚するため、自分の侍女として仕えていた双子の姉妹を生贄として差し出したんだ」
「え?」
「神話だ。ただのお伽話。だが、女神教にとっては信じるべき逸話だ。だから、昔の女神教徒は双子の姉妹を様々な儀式で生贄として使用して来た……。と言っても何百年も前の話だがな。それ以来、双子の姉妹が生まれたら引き離して別々に育てるか、家の中に隠してしまうとか……、とにかく人目を避けるようにして育てるのが当たり前になっていったんだ。誰だって可愛い我が子を生贄にしたいとは思わないだろう?」
「それは、そうだけど……。何というか、ひどい話だね」
「ああ、本当にな。昔は今では想像も出来ないほど信心深い信者が大勢居たからな。中には未だにそれを信じてる者もいる。あの司祭も随分と女神教の毒気にやられていた様だが……」
「あの二人、あのままじゃ危険なんじゃないか?」
「いや、大丈夫さ。女神教徒でもない一般市民にとっては双子の姉妹になんの意味もない。少し珍しいな、位の認識だろう」
「……ならいいけど」
少しも納得をしていない表情のアスティにレインは苦笑する。
「そう案ずるな。行き先だって分かってる。俺の信頼する人物のところへ行くように伝えたからな。そこなら俺たちといるよりも安全だ」
「そっか」
アスティはようやく納得したかのように、表情を緩めた。
「ようやく着いたな」
いつの間にか浮かんでいた月も沈みきり、徐々に登り始める日の光が2人を静かに照らし始めた。街を取り囲むように作られた塀を見上げながら、レインはアスティに質問した。
「ところで、これどこから入るんだろ?」
二人が辿り着いたのは街の裏手側らしく、街への入り口はぐるりと大回りしなければならない。
「あそこから入れそうだ」
レインが指差した先には壁にそって作られた細い階段があった。
階段を登った先には小さな鉄の柵があり、鍵はかかっておらず、二人は難なく街の中へ入る事ができた。
「こんなに簡単に入れて大丈夫なのかな?」
扉の先は細い路地になっていて、そこを抜けると市場へと通じていた。
「表門には魔物の侵入を拒む術を施しているだけで、人々の往来は制限していないようだったから、あの裏口も住人が普段から利用しているんだろう」
「なるほど、出入口がひとつしか無かったら不便だもんな。……んー、でも何ていうか、この街ってなんだか不思議な作りをしているよね」
「ああ、オレも違和感を感じてはいる。街の半分は立派な壁で閉じているが、街の南側は丘になっていて、そのまま外に通じているしな」
「半分しか囲われてないなんて変だね。途中で作るのをやめたのかな?」
「……ここに街が出来た経緯を調べれば分かるかもしれないな。後でエシルにでも聞いてみよう」
「そうだね。丘はミレイユの家がある場所だから、あの辺が安全なのかも気になるし……」
「それで、まず最初に会いに行くのは誰だ?」
アスティは少しだけ間を置いてから、決心したように答えた。
「マイルズに会いに行こう」
市場から大通りへと出た所で、聞き覚えのある声に呼び止められ、アスティは振り返った。
「あ、ミレイユ!」
「噂ををすれば、だな」
レインも振り返り、呼び止めた人物を確認して言った。ミレイユが小走りで二人の元へ駆け寄ってきた。そして、キッ眉を釣り上げ口を開いた。
「もう! 二人ともどこに行ってたの? 出掛けて行ったまま帰ってこないから心配してたのよ!」
「ご、ごめん。ちょっと教会に用があって……」
「教会?」
「街外れの教会だ」
「ああ、あの……」
ミレイユは口元に手を当て、言い淀んだ。街に住む人間なら教会が無人になっている経緯も知っているのだろう。
「それで? 教会で何をしてきたの?」
興味ありげに質問を続けるミレイユに対し、どこまで説明するべきか迷いながら、アスティは答えた。
「えっと、人助け、かな?」
ミレイユは一瞬キョトンと目を丸くして、その後、小さく吹き出した。
「人助け? ふふ、二人とも本当に優しいのね」
「優しい?」
レインが眉を潜める。
「困ってる人を放って置けないのは、二人が優しいからでしょう?」
「オレはともかく、コイツはお人好しなだけだ」
「は? なんで俺だけ?」
「そもそもオレが教会へ行ったのは、調べ事のついでだ。ソラを助けたいと言ったのはお前だろう?」
「それはそうだけど……」
「ん? ソラって誰?」
またも二人の話に興味を持ったミレイユが質問をする。
「……いや、その話はまた後にしよう。今は先にやるべき事がある」
レインは脱線しかかった話題を強引に終わらせると、アスティに目配せした。
「ああ、そうだった。ねぇ、ミレイユ。マイルズがどこにいるか知らないか?」
突然、話題を変えられたミレイユは少しだけ戸惑った様子を見せた。
「え? マイルズなら街の警護に行ってると思うけど……。あ、もしかしたら簡易施設で看護の仕事を手伝っているかもしれないわ」
「そうか。では、そこへ行くとしよう」
「あ、私も一緒に行くわ」
ミレイユは慌てて、二人の後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます