第21話 悪夢再び
「ずいぶんと探したよ。まさか未だこの街にいるなんて思わなかったから、見つけた時は正直驚いたけどね」
トリオンは笑いを堪えるように顔を歪ませ、隣を歩くリソラに向かって言葉をかけた。
「……」
逃げられないようにキツく腕を掴まれたリソラは視線を逸らし返事は返さなかった。そんなリソラの態度など気にもとめず、トリオンは話を続ける。
「でも見つかってよかったよ。君たちのせいでこちらの計画にもずいぶんと支障が出ていたからね。これでようやく遅れを取り戻せる」
トリオンの後ろには二人の男たちが付いて歩き、それぞれがリサラとアークを逃さないように捉えていた。
リソラはなんとか逃げ出そうと考えたが、助けを求めようにもすれ違う人もおらず、こんなに目立つ集団にも関わらず、誰にも声をかけられることはなかった。
結局、逃げる事が出来ないまま例の倉庫に逆戻りした三人はそれぞれ縄で縛られ床に転がされた。
「それで、あの壁をぶち破ったのはどっち?」
木箱を椅子がわりにしたトリオンは双子に向かって問いかけた。
「双子だから二人とも魔法がつかえたりするのかな?」
「わたしよ! 私が魔法で壁を壊したの!」
リサラはそう答えた。
「へぇ、君が……。ただの世間知らずのお嬢さんかと思ってたけど。意外だね」
トリオンはリサラに値踏みするような視線を向ける。
「ホントよ! 本当に私がやったの!」
リサラはトリオンに向かって必死で訴えた。
「二人とも魔法なんて使えないし、倉庫の壁を壊したのは私よ! 壁を壊した弁償でも、謝罪でもなんでもするから、この二人は逃してあげて!」
トリオンはリサラの訴えを聞き終わると、静かに立ち上がって近づき、リサラの首に手をかけた。
「正直に話してくれて嬉しいよ。聞き出す手間も省けるしね。でも、見逃す事は出来ないんだ」
「リサ……!」
「な、なにするの!?」
身を捩って逃れようとするリサラを強引に抑え込んだトリオンは、リサラの首に黒い首輪を装着させた。
「それは、魔術師用の拘束具だ。高価なものだから、ひとつしか入手できなかったけど……。君しか魔法が使えないならちょうどよかった」
「な……!?」
リサラは驚き、声を失う。そんなリサラを満足気に見下ろし、トリオンは腰を上げ、手下達に指示を出した。
「おい、お前等! すぐに出発の準備だ。これから教会に向かう」
「へい!」
アークを縛り付けていた男がトリオンに質問する。
「この双子はどうします?」
「……双子の処遇については後回しだ。先にガキの取引を終わらせる」
「じゃあ、どこかの部屋にぶちこんどきますか?」
「いや、また逃げられたら面倒だ。一緒に馬車に乗せろ。連れて行く。絶対目を離すんじゃないぞ」
「へい!」
手下たちは勢いよく返事を返すと、それぞれ出発の準備を始めた。
「この街も今、少しごたついててね。俺たちも早く計画を遂行させないと色々不味いんだ」
そういってトリオンは緑色の小瓶を胸ポケットから取り出だすと、布に液体を染み込ませた。
「君たち二人にはしばらく大人しくしておいてもらうよ。先にこの少年の件を終わらせないと行けないからね」
不気味な笑みを浮かべたまま、トリオンは薬品を染み込ませた布をリサラの鼻と口を覆う様にして被せた。
「なにするんのよっ…やめ…っ! んー! んーっ……」
「リサ!」
「…やめろ! リサを離せ!」
リソラとアークは必死で叫んだが、数秒も経たないうちに、リサラは意識を失い、トリオンの腕に倒れ込んでしまった。
「リサ! やだ! リサに何をしたの!?」
「安心しなよ。眠らせただけだ……。さぁ、次は君の番だ」
「……っ!」
トリオンはリサラを床に寝かせると、側にいたリソラの方へと歩み寄った。
「んぎゃあああああああっ!」
リソラが薬品を嗅がされる直前、凄まじい悲鳴が倉庫内に響き渡った。
「こ、こいつ……! 俺の指を嚙みちぎりやがった!!」
悲鳴をあげながら床を転がった回った男はアークに向かって叫び散らした。男の指からは大量の血液が溢れ、ボタボタと床を汚した。
アークは口に咥えた指を床に吐き捨てると、トリオンに向かって飛びかかった。
「…二人に触るな!!」
トリオンに飛びかかる寸前で、身体に巻かれた縄を引かれ、床に転がされたアークは、なおも激しく暴れ周り、捕らえようとする男の腕に噛み付こうともがいた。
激しい攻防に、アークの被っていたターバンは外れ、その顔が露わになる。
それは普段の無表情な彼からは想像もできないほどの怒りに満ちていて、その目は赤く鈍い光を放っていた。そして、その頭には灰色の大きな獣の耳が2つ生えているのが見えた。
「……ア、アーくん」
リソラはアークの姿に驚き、言葉を失う。
「おい、何やってる!? そいつは人狼の子供だ。舐めてかかると腕を食いちぎられるぞ!!」
「おい! コ、コイツ……! 暴れるなっ! くそっ! ガキのくせになんて力だ!」
「なにやってる!! 早くとりおさえろ!」
手下達が、指を食いちぎられた男に加勢し、アークは次第にその動きを封じられていった。
「……んぐ!」
アークの姿を目の当たりにして茫然としていたリソラは、背後から近づいてきたトリオンに掴まれ、薬品を染み込ませた布で口を塞がれてしまった。
「…ソラ!」
アークがロープを掴んだ男達ごと引きづり、トリオンに襲いかかった。
トリオンはアークに噛みつかれる寸前で身逸らしたが、その拍子に床に転がっていた瓶で足を滑らせ床に尻餅をついた。
「…ソラ逃げて!」
リソラはアークの言葉で我に帰り、一瞬の隙を付いて走りだした。
「……っち!」
リソラを取り逃したトリオンは舌打ちをする。アークを取り押さえるのに必死になっていた男たちは、リソラを追う事が出来なかった。
トリオンはふぅと一息つくと、尻についた砂を払い、手下達に指示を下した。
「……仕方ない、助けを呼ばれる前にさっさとここを立ち去るぞ!」
数人ががりで捕らえられたアークの縄はさらにキツく縛られ、動きを完全に封じられてしまった。
「よくも俺の指を……、こ、殺してやる!」
指を食いちぎられた男がアークに殺意を向ける。
「おい、勝手な事をするな。そいつは大事な取引材料だ」
「……くそっ!」
しかしすぐにトリオンに止められ、男は血だらけの腕を抱え、悔しそうに歯ぎしりをした。
トリオンがアークを睨みつけるとアークも怯む事なく、睨み返した。
「よくもやってくれたな、小僧」
「……」
「まぁ、いい。双子は片割れがいなけりゃ商品価値もねぇ。仕事が片付いたらその女は処分する」
トリオンは乱暴にそう言い放つと、足早に倉庫を後にした。
「…なっ! 離せ! おい、リサに触るな!」
「うるせぇなぁ! このガキが!」
男が倒れたリサラを担ぎ上げるのを見てアークは再び暴れたが、今度はすぐに猿轡を噛まされ、口をふざがれてしまった。
「…んー! んー!!」
アークが必死でリサラの名前を呼んだが、リサラが目を覚ますことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます